表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
4/46

其ノ参 ~嫉妬~

 

 その幼い少年は空に浮かび、土産物屋を後にする少女達を見下ろしていた。

 小さな体を包む灰色の着物、そして長く切り揃えられた黒髪が風を受け、緩やかに空を泳いでいる。長めの前髪から覗く顔は少女と間違わんばかりに美しく、その幼さには不釣合いにすら思える気品を醸していた。

 

「見つけた」


 少年は呟く。

 彼の視線の先には一人の少女が居た。亜麻色の長い髪にウェーブを掛けた、不機嫌な面持ちを浮かべている少女だ。

 一見しただけで、少年には分かる。彼女は、ある人物に対して強い負の感情を抱いているのだと。

 少年の整った顔が、邪悪な笑みに歪む。


「利用させてもらうよ……」


 無邪気な、しかしその裏には冷徹な色を含んだ声を発する。途端――彼の体は空気に溶け入るように薄まり、程なく消えていった。



  ◎  ◎  ◎



 自由行動の時間が過ぎようとする頃、世莉樺達は旅館に戻ってきていた。出掛ける時には持っていなかった買い物袋を、皆その手に下げている。

 朱美や日和が何か話しているのを世莉樺は聞き取る。しかし、彼女は会話に混ざろうとはしなかった。ただ、物憂い面持ちを浮かべつつ、歩を進めているのみだ。


「けどやっぱり、あの神社は凄かったなあ……ね、世莉樺!」


「え……? あ、うん」


 朱美に突然話を振られて、世莉樺は心此処にあらずな返事しか出来なかった。


「もう……柚葉の事なら、気になんてしなくていいんだよ世莉樺」


「!」


 親友に心中を見透かされて、世莉樺は表情に驚きを浮かべる。


「そうだよ、世莉樺は何も悪い事なんてしてないもん。単に柚葉が、世莉樺に好きな男の人取られて逆恨みしてるだけだし」


 続けたのは日和だ。朱美が、


「あの人でしょ? 隣のクラスの……」


四十住宗谷あいずみそうや君。サッカー部のキャプテンで、柚葉の幼馴染」


 世莉樺は、自身の口から語る。

 彼女が四十住宗谷から告白を受けたのは、二年生の初めの頃の事だった。帰り道で彼と遭遇し、別れ際に彼が世莉樺の腕を掴んで引き止め、言ったのだ。「世莉樺、俺一年生の頃からずっと君が好きだったんだ。だから、俺と付き合ってくれないか」と。

 思ってもみない彼の告白に、世莉樺は目を丸くする事しか出来なかった。宗谷とは一年生の頃同じクラスだったものの、『友達』だという関係としか思っていなかったから。まさか彼が自分にそんな感情を抱いていたなんて、世莉樺は全く知らなかったのだ。


「でも、世莉樺は断ったんだよね」


 朱美の言葉に世莉樺は頷く。そう、宗谷からの告白を、世莉樺は『ごめんなさい』の言葉で断ったのだ。

 本音では、素直に嬉しかった。宗谷は一年生の頃から有能なサッカー部員として有名で、多くの男子から一目置かれていただけでなく、その優しい性格から女子達にも人気があった。自分の才能を鼻にかける事なく、誰にでも誠実で紳士的でもあった宗谷に、世莉樺は尊敬のような感情を抱いていた。

 だから、一時は宗谷からの告白を受けようとも思った――しかし、世莉樺にはそうする事が出来ない理由があったのだ。

 告白は受けられない。世莉樺がその意思を伝えた時、宗谷は動揺する様子も、悲しむ様子も見せず、いつもの優しい笑顔と共に、『分かった』とだけ答えた。そして、それ以降宗谷は二度と、世莉樺にその類の話を持ち掛けて来る事は無かった。


「で、小さい頃からずっと宗谷君の事を好きだった柚葉が、それを知った」


「……そう。その頃から彼女、私に辛く当たるようになったの」


 悲痛な面持ちを浮かべて、世莉樺は応じる。

 元は、柚葉と世莉樺は仲が良かったのだ。柚葉も剣道部員で、世莉樺と共に稽古に励んできた同門だった。しかし、彼女が幼い頃から思いを寄せていた宗谷が、何と世莉樺に告白した事。そして、世莉樺がそれを断った事――恐らくそれを知った瞬間に、柚葉の世莉樺に対する認識は完全に変わってしまったのだろう。

 故に世莉樺は、柚葉が変わってしまった事に責任、そして罪悪感を感じていたのだ。


「それに、一月先輩が次期部長に柚葉じゃなくて私を指名した事も、原因の一つだと思う」


 宗谷の件に加えて、世莉樺にはもう一つ思い当たることがあった。

 それは、恐らく誰もが柚葉が次期部長に就くと考えていたにも関わらず、前部長――『一月いつき』という少年が柚葉では無く、世莉樺を指名した事。部内で最も剣道の腕が高かったのは柚葉で、実力のある者が部長に就く、というのが通例だったのだ。しかし、そうはならなかった。

 誰よりも驚いたのは世莉樺だった。何故、実力のある柚葉を選ばずに自分を選んだのか。理由を尋ねても、一月は『部長になるには、柚葉よりも君の方が相応しく思える』という返事をするのみで、明確な理由は分からないままだった。


「部長に選ばれなかった事も重なって、プライドの高い柚葉の自尊心はもうズタボロ。世莉樺に逆恨みしまくり……まるで『嫉妬の鬼』ね」


(鬼……)


 朱美の発した言葉に、世莉樺はどこか引っ掛かる物を感じた。


「一月先輩が何で柚葉じゃなくて世莉樺を選んだのか……分かったような気がしてきたわ」


 呆れる気持ちを押し出すように、朱美は言った。


「!」


 突如、世莉樺の足が止まる。前方から、数人の女子の一団が歩いて来ていた。先頭に、柚葉が居る。


「世莉樺、どうし……」


 朱美の言葉が止まる。どうやら、朱美も柚葉の存在に気付いたようだ。

 柚葉は、友人達と共に笑っていた。昔は世莉樺にも向けられていた――しかし、恐らくもう二度と世莉樺には向けられる事のないであろう柚葉の笑顔には、悪意の欠片も見当たらない。

 しかし、柚葉の視線が世莉樺に向いた瞬間、その笑顔は消える。


「よく平気な顔して私の前に出てこられるわね」


 近付いて来た途端、柚葉は吐き捨てるように言った。


「……ごめんなさい、柚葉」


 柚葉が右手を振り上げたのを、世莉樺は見た気がした。

 次の瞬間、頬が張られて鋭い痛みが世莉樺を襲う。叩かれた部分に手を当てようとしたが、繰り返し柚葉の手が世莉樺の頬を打つ。

 世莉樺への怨みや憎しみが、柚葉の表情を怒りに染め上げていた。


「やめなさい、柚葉!」


 朱美が柚葉の右腕を掴むが、「放せ!」という怒声と共に柚葉は振り払う。


「私の方がずっと前から好きだったのに! 何で宗谷君はあんたなんかに!」


 柚葉の右手がまた振り上げられる。腕で顔を覆い、世莉樺は防いだ。


「何で、何で、何で!」


 壊れたように繰り返しながら、柚葉は世莉樺を叩き続ける。

 世莉樺はただ、反抗もせずに受けているのみだ。再び誰かが柚葉を止めに入ったのが分かるが、意味は無かった。


「それに、何であんたなんかが部長に選ばれたのよ! 私の方が強いのに、どうして!」


 攻撃が一旦止む。柚葉は興奮して荒いだ呼吸を整えつつ、何かに気付いたような面持ちを浮かべた。


「……そうか、あいつが糞ったれな奴だから」


 柚葉の言う『あいつ』が誰を指しているのか、世莉樺は理解出来なかった。

 次の言葉を聞くまでは。


「金雀枝一月……あいつは私の腕を妬んでたんだ」


 柚葉が出した名前に、世莉樺の顔付きが変わった。


「あいつは自分よりも上手い私が邪魔で、憎くて仕方が無かった。だから私を部長に選ばなかった! 私を追い詰めて、絶望させて、笑い物にする為に!」


 怒気に満ちた声と同時に、世莉樺に向けて平手打ちが繰り出される――しかし、今度は世莉樺は柚葉の腕を掴み、それを防いだ。

 柚葉の腕を掴んだまま、世莉樺は柚葉と間近で視線を合わせる。

 数発の平手打ちを受けた頬は赤く変じていたが、世莉樺の表情には威圧的な色が浮かんでいた。柚葉が一瞬、だじろぐのが分かる。


「一月先輩は、そんな人じゃない」


 世莉樺は、柚葉の言葉を否定した。

 柚葉の腕を掴む手に力を込めて、世莉樺は続ける。


「柚葉、私の事が憎くて仕方が無いのは分かる。私は貴方から逃げも隠れもするつもりは無いし、許せないなら今みたいに叩けばいい」


 柚葉に負い目を感じている世莉樺は、柚葉から叩かれるのは仕方が無い事だと感じていた。

 しかし、一月の話は別だ。


「だけど……一月先輩の事を悪く言うのだけは、許さない!」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ