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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ参拾八 ~決別ノ刻 其ノ弐~


 海中からその身を突き出す溟海の鬼姫、私は瞬きもせずに身構えていた。一度襲い掛かってくれば、一瞬で距離を詰められて殺される。あの大蛇の体で撥ね飛ばされたり、海の中に引きずり込まれる……自分が死ぬ時の状況は、幾らでも頭に浮かんでくる。

 だけど負ける訳にはいかない。私が負ければ、誰も皆を救えない。そう自身に言い聞かせるうちに、恐れの感情は少しずつ薄らいでいった。

 深く息を吸い、そして吐く。剣道の試合の前にいつも行う、私なりの精神統一の方法だ。

 側に居た炬白が、あの真言で彼の持つ霊具に紫色の光を宿した。私が持つ天照の白光と共に、二つの武器が暗い水上広場に光を放つ。

 咆哮を上げながら溟海の鬼姫が海中に潜った、次の瞬間だった。


「来る!」


 炬白の声と同時に、海中から大蛇の胴体が現れる。巨木のような太さを持つそれは、叩きつけるように私と炬白の元へ迫って来た。

 横へ飛び退く、直後に後方から凄まじい轟音が鳴り渡った。後ろを振り返ると、先程まで私と炬白が立っていた場所が破壊されている。水上広場の床板が瓦礫と化して、下の水面が見えていた。

 この水上広場は堅牢な作りになっていると聞いた事がある、でもあれ程の衝撃には耐えられないのだろう。


「くそ、急いで決着を付けないとまずい」


 炬白が鎖を両手で張りつつ、私を向いた。彼はその言葉の意味を告げる。


「このまま攻撃され続けたら、足場が無くなる……!」


 彼の言う通りだった。

 私達と違って、相手は水の中でも活動出来るのだ。足場を失うという事は、私達の負けと同義と言って間違いないだろう。

 ならば、相手が地上に姿を現した時に攻撃するしかない。

 次の攻撃は、炬白に向けて繰り出された。

 海中から飛び出した溟海の鬼姫が、炬白へと迫ったのだ。鎖を振るって炬白が迎撃するけれど、容易く弾き飛ばされてしまう。


「くっ!」


 次の瞬間、溟海の鬼姫の両手が炬白の首を掴んだ。同時に彼の手から鎖が滑り落ちて、紫色の光が消滅する。

 助けなきゃ! 無我夢中で駆け出した私に、大蛇の胴体が振るわれる。

 避ける暇は無い、そう判断した私は直撃の寸前に身を後方に避け、出来得る限り衝撃を受けないようにした。

 凄まじい痛みが腹部に打ち付け、私の体は後ろに吹き飛び、水上広場の柵に背中から打ち付けられる。


「ぐあっ!」


 苦い液体が込み上げて、溢れた涙に視界がぼやける。

 でも、私は直ぐに炬白の事を思い出した。

 彼は今窮地に陥っている、助けられるのは私しかいない。痛みに悶えている暇など無いのだ。

 腹部を押さえつつ、いつの間にか落としてしまっていた天照を拾い上げて、私は炬白の元へ駆け出す。何度も転びそうになったけど、それでも私は止まらない。


「炬白!」


 私の声に振り向いたのは炬白だけではなかった、溟海の鬼姫までもが私を見る。

 赤く光った瞳が間近で見えて、すごく不気味だった。

 でも私は構わずに天照を振り上げて、炬白の首を掴んでいるその腕を切り付ける。以前と同様、刃はまた弾かれると予期していた。

 しかし、効果は劇的だった。

 天照の刃が触れた瞬間、炬白の首は解放され、そして溟海の鬼姫はその身をよじらせ、苦し気な声を辺りに吐き散らしたのだ。まるで、傷を負った猛獣のように。

 私は炬白に駆け寄り、彼を助け起こす。


「炬白、大丈夫?」


 首を押さえながら、炬白は応じた。


「ごほっ、何とかね……ありがとう姉ちゃん」


 立ち上がると、炬白は彼の鎖を拾い上げた。


「効いたみたいだね、姉ちゃんの攻撃……流石、怜俐様の霊力だ」


 私は天照を見た。刃に纏っている白い光は、怜俐さんの力。

 神霊である彼女の力を宿しただけで、それまで通じなかった攻撃が通じるようになった。これなら、あの恐ろしい鬼にも勝てるかも知れない。

 突如、口の中に何かが込み上げて、私は咳き込んだ。

 鉄のような味――手を口に当ててみると、予想通り赤い液体が手の平を染めていた。


「姉ちゃん、血が……!」


 先程受けた一撃の影響に違いなかった。

 まだ腹部の痛みは引いていないけれど、休む猶予など与えられない。

 私は口の周りに付いた血を拭って、炬白に応じた。


「大丈夫だから……!」


 溟海の鬼姫が咆哮した。

 今までのそれよりも大きくて禍々しく、耳を塞ぎたくなる程の咆哮だ。そこには、手傷を負わされた事への怒りが滲んでいる気がした。


「気を付けて!」


 炬白がそう言った直後、溟海の鬼姫は再び飛沫と共に海中に姿を消した。そこからどうなるかは分かっている、海中から私達に奇襲攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 前、後ろ、右、左……どこから来るのかは想像も付かない。もし視界の外から来られれば、避ける事は不可能かも知れない。

 すると、炬白が私の後ろに立った。


「後ろお願いね、姉ちゃん」


 私の不安を察して、背中を預けてくれたのかも知れない。

 私は頷くと、周囲に気を配った。ふと、焔咒と交戦する怜俐さんが見えたけれど……今は気にしている場合じゃない。

 どこから来る、一体どこから……周りに視線を巡らせるけれど、暗い海の景色が見えるだけで、溟海の鬼姫の気配は全く掴めなかった。

 少しの間の沈黙が流れる。だけどそれは、予期しようのない形で破られた。

 足元が、揺れ始めたのだ。


「はっ……!?」


 揺れの原因が、単なる地震ではないとすぐに分かった。

 考えが甘かった、いや、考えても予想出来る筈が無かった。溟海の鬼姫が襲ってくるのは前からも後ろからも、右からでも左からでも無かったのだ。

 海中を泳いで水上広場の下に回り、床板を突き破って真下から襲い掛かる。そんな攻撃を仕掛けて来るなんて、想像出来る筈も無かった。だから、対処も遅れてしまう。

 足元の床板が突き破られた、そう気付いた時にはもう遅く、逃げる事など出来なかった。

 

「うっ!」


 床板の破壊に巻き込まれた私は、そのまま背中から後方に倒れ込む。その最中に溟海の鬼姫の大蛇の胴体が視界に映る。

 炬白が走り寄って来た。


「姉ちゃん、手を伸ばして!」


 炬白に言われるまま、彼の手を取ろうと私も手を差し出す。だけど、あと僅かの所で届かなかった。

 重力に従って、私の身は引き込まれるように後ろへ向かう――次の瞬間、バシャン、という水音と共に全身が冷たさに覆い包まれる。

 海の中に落ちたんだ、私はそれを理解した。






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