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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ参拾七 ~決別ノ刻 其ノ壱~


 溟海の鬼姫が咆哮し、雷鳴が夜闇を照らし出す――それはまるで、戦いの始まりを告げる鐘のように思えた。

 海中から大蛇の胴体が空に向かって伸ばされ、私や炬白の元へと襲い掛かって来る。


「避けて、危ない!」


 炬白の声とほぼ同時に、私は前方に大きく飛び退いた。

 直後、数秒前まで私が立っていた場所に巨木のように太い大蛇の胴体が叩きつけられる。その衝撃に、神社の水上広場全体が大きく揺れるのが分かった。

 今の攻撃を受けていればどうなっていたか……考えるまでもない。

 炬白が駆け寄り、私に手を差し出してくる。


「気を抜かないで姉ちゃん、一度でも喰らったら終わりだよ」


 彼の手を取って、私は立ち上がる。

 以前とは比べ物にならない程、強大で不気味な鬼を目の前に、自分の身の安全など存在しない事を悟る。肌に触れる空気が異様に重く、そして冷たく感じた。

 無数の見えない眼球が周囲に浮かんでいるかのような感覚、凄まじい殺気にまばたきも出来なくなる。

 私は唾を飲んで、天照を構え直した。

 負ける訳にはいかない。朱美や日和達、他の水鷺嶋の人達を救うのは、今しかない。

 嵐は激しさを増し、無数の雨粒が弾丸のように全身に打ち付けるのが分かる。雷鳴がまた轟き、周囲が眩しく照らされた。


「はあ、はあ、はー……」


 深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

 次の攻撃が繰り出された。溟海の鬼姫が大蛇の胴体を蠢かせて、頭上から私に向かって襲い掛かって来る。私は即座に地面を蹴って前方に飛び出し、攻撃を避ける。

 すぐさま振り返る、溟海の鬼姫もまた、私を振り返っている最中だった。

 その隙を、私は見逃さない。


「はああっ!」


 綺麗だけれど、それでも醜悪さを滲ませる少女の顔を見つめながら、私は天照を振り抜いた。だけど、大蛇の胴体には傷の一つも付かない。

 空に浮かぶ焔咒が、勝ち誇るように言った。


「無駄な事さ、完全体になった溟海の鬼姫の前では、天照ごときの霊力は敵にすらならない!」


 その言葉が嘘偽りではない事は、私が一番よく知っていた。

 天照を構え直す、すると焔咒が更に言う。


「消えろ!」


 その言葉に呼応するかのように、溟海の鬼姫が大蛇の胴体を私に向かって振り上げるのが分かった。

 避けようとした瞬間、私の肩に水上広場の柵がぶつかる。自分でも気付かないうちに、いつの間にか端の場所に移動していたのだ。

 逃げ場がない、これじゃ避けられない……! その時、私の前に白い後姿が現れて、黄金の錫杖が振り上げられた。

 振り下ろされた大蛇の胴体を、白い光の壁が受け止める。

 私に背を向けたまま、彼女は言った。


「大丈夫?」


 私はただ、うわ言のように答える事しか出来ない。


「あ、はい……!」


 彼女が、怜俐さんが錫杖を前方に突き出す。すると溟海の鬼姫の巨体が前方に吹き飛ばされ、大きな水飛沫を上げて海の中に消えていく。

 自分の何倍もの大きさがある相手を容易く蹴散らしてみせた彼女、その力は圧倒的な物なのだと、私の目には映った。

 炬白から聞いた話によると、怜俐さんは炬白のような精霊達(炬白以外の精霊は、私は一人しか見た事が無いけれど)の長で、精霊とは段違いの霊格を持つ神霊と呼ばれる存在なのだという。私も以前彼女の力を目の当たりにしたし、今だって助けてもらった。

 希望が湧いてくる。彼女が味方になってくれていれば、勝てる気がする。

 絶望的ともいえるこの状況の中で、一筋の光が見つけ出せたように感じた。


「姉ちゃん、こっちに」


 いつの間にか側に歩み寄っていた炬白に手を引かれて、私は広場の中央辺りまで移動した。ここなら、どこから襲われても逃げ道を確保出来そうだ。

 

「ちっ、やはりお前が一番邪魔だな」


 憎々し気に吐き捨てると、焔咒が彼の霊具である札を数枚怜俐さんに向かって放った。

 だけどそれも、彼女の持つ錫杖によって簡単に打ち払われ、水上広場の床に落ちる。


「焔咒……!」


 挑戦的に焔咒の名を呼ぶ怜俐さん、焔咒は応じた。


「くく、分かったよ凛姉ちゃん……決着を付けよう。ここでお前を葬ってやる」


 新たな札を取り出す焔咒、対する怜俐さんは私の持つ天照に向かって手をかざし、あの真言を唱えた。


「唵 阿謨伽 尾盧左曩 摩訶母捺囉 麽抳 鉢納麽 入嚩攞 鉢囉韈哆野 吽……」


 精霊が自分の霊具に光を宿す時に唱える、その真言。

 だけど応じたのは怜俐さんの錫杖ではなく、私が持つ天照だった。天照の刀身が、淡い白光を宿したのだ。


「私の霊力を宿したわ、それなら溟海の鬼姫とも渡り合える筈よ」


 怜俐さんはそう言うと、今度は炬白へ告げた。


「炬白、私は焔咒と決着を付ける。貴方は世莉樺と一緒に溟海の鬼姫を倒しなさい」


「分かりました……!」


 ただ私は、炬白と怜俐さんのやり取りを見守る。

 直後、焔咒がまた札を放ち、怜俐さんはそれを先程と同じように打ち払った。会話している猶予は、与えられなかった。

 焔咒を追って走り去る怜俐さんを見ていると、背後から突如、轟音の如き凄まじい水音が上がった。

 驚いて振り返ると、海面から溟海の鬼姫がその身を空に向かって伸ばしているのが見えた。大蛇の胴体と、その先端に付いている少女の上半身。

 耳を裂くような凄まじい咆哮が上げられる、その全身に真っ黒な霧が纏い始め、そして少女の両目が血のように赤い光を放っていた。

 その禍々しい姿に全身が凍り付くような感覚を覚える、瞬きすらも出来なくなる。焔咒は先程までの溟海の鬼姫を完全体だと言っていた、だがまだこんな力を隠していたのだろうか。

 ここからが本番だ、ここからが、本当の戦いだ……私の防衛本能が、そう告げていた。

 恐怖を押し込めて、私は怜俐さんの力である白光を纏った天照を構えた。


「怖がらないで姉ちゃん、オレが一緒だよ」


 炬白がそう告げる。

 弟が、悠斗が私を勇気付けてくれているような気がした。


「うん……!」


 天照を握る両手に、自然と力が籠る。






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