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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ参拾壱 ~怜俐ノ悲哀~


 狂気に染まる溟海の鬼姫、その鬼神のような顔が迫り来る中、炬白は顔を背け、両目を固く閉じた。

 世莉樺という新たな『部品』を取り込んだ事で、更に力を増した化け物。その攻撃を受ければただでは済まない、文字通り一貫の終わりだ。

 両手足を拘束されている今、炬白は逃げる事も、武器を持って応戦する事も出来ない。

 万事休す。そう思った時だった。


「あっ……!?」


 目の前に突然現れた後姿に、炬白は息を呑む。重厚な白い着物に、腰よりも長く伸ばされた黒髪、その頭に輝く金色の髪飾り。

 そう、彼女が居たのだ。

 炬白が希望を見出すには十分な力を備えた、その少女が。


「怜俐様……!」


 名前を呼んでも、彼女は振り返らなかった。

 その右手に持った錫杖の柄の先を、怜俐は地面に叩きつける。宝珠を模した金属の輪、更にそこに通された十二本の遊環が音を奏で――そして淡い白色の光の壁が、怜俐の前に出現した。

 溟海の鬼姫は、光の壁に激突した。壁が揺れ、周囲に衝撃波が走る。

 怜俐の作り出した壁に、溟海の鬼姫の突進の勢いは殺されていた。世莉樺を取り込んで力を増した化け物の力も、神霊である怜俐には及ばないのかもしれない。

 彼女が、怜俐が居れば安心してもいいのか。それが甘い考えだと思い知るのは、すぐの事だった。


「……私では、止められないかもしれない」


 怜俐が呟いた言葉に、炬白は即座に疑問を投げかけた。


「えっ……どうしてです?」


 炬白には、怜俐の力が溟海の鬼姫を上回っているように思えていた。

 答えは、焔咒が告げた。


「くく、流石だね。気付いたみたいだな」


 炬白は、焔咒を睨み付けた。

 そんな事を意にも介さずに、焔咒は楽しげに言う。


「溟海の鬼姫が真の力を発揮するには、もう一押し必要……そう、『あの場所』に行く事さ」


「あの場所だと……!?」


 それが一体どこなのか、炬白にはまるで見当も付かない。怜俐は何も言わないまま、焔咒を見つめていた。


「今からあそこに来なよ怜俐、そこで全てを終わらせる」


 次の言葉を告げる時、もう焔咒の顔に笑みは無かった。

 あったのは、その幼い外見に見合わない冷酷さ、残忍さ、そして凄まじい恨みを内包した、冷たい表情だった。


「お前への復讐の舞台としては、申し分ない場所だろう」


「……焔咒」


 次の瞬間、焔咒と、そして溟海の鬼姫の姿が徐々に薄れ始め、そして空気に溶け入るかのように消滅していった。別の場所に転移したのだろう。

 怜俐は錫杖を下ろし、光の壁を解いた。そして炬白を振り返って手をかざすと、炬白を捕らえていた木の幹が折れ、彼を解放する。

 自由になった炬白は、怜俐の側に歩み寄った。

 怜俐が先んじて、彼の身を案じる。


「炬白、怪我はない?」


「大丈夫です。ただ縛り付けられていただけだから、何とも……」


 それよりも何よりも、炬白には大事な事があった。


「そんな事より急がないと、すぐに姉ちゃんを助けないと……!」


 炬白にとっての最優先事項は、溟海の鬼姫に取り込まれた世莉樺を助け出す事だった。それに比べれば、自分の事など取るに足らない事。

 怜俐は告げる。


「力を貸すわ。あの溟海の鬼姫はもう、貴方の手に負える存在ではない。それに、『あの場所』に行き着けば更に力を増す……正直私でも、止められるかどうか定かではないわ……」


 胸元で拳を握る怜俐、その面持ちは不安そうで、悲しみすら滲んでいるように思える。しかし次の瞬間には、彼女は神霊としての威厳を取り戻し、凛とした雰囲気をたたえていた。


「それでも私は止めなくてはならない。あの鬼を、溟海の鬼姫を生み出した責任は、私にあるのだから」


 炬白は精一杯、その言葉を否定した。


「いいえ、怜俐様は悪くない。オレが同じ立場になったら……いや、誰でもきっと、同じ思いを抱きます」


 怜俐は、答えなかった。ただ視線を下ろし、心が晴れないような面持ちを浮かべている。

 そんな彼女に、炬白は更に続けた。


「終わらせましょう、全部」


 怜俐は頷く。そして炬白は駆け出した、彼女と共に。






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