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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ参拾 ~水ニ浮カブ戦慄~


 気が付いた時、世莉樺は自分の身に何が起こったのか分からなかった。

 視界がぼやけていて、地に足が付かず、もがこうとした瞬間、手足が自由に動かせない事に気付いた。


(水の中……!?)


 そう。世莉樺は今、濁った水の中に居たのだ。彼女の黒髪や制服が水中で揺らぎ、声を出そうとすると口の中に水が侵入してくる。しかし、不思議な事に息苦しさは感じなかった。

 周りに視線を泳がせる。すると、側に見知った少女が浮かんでいた。


(あれは、柚葉……!?)


 間違える筈はない、あの少女は躑躅宮柚葉だ。

 世莉樺との諍いの果てに旅館を飛び出し、そのまま行方知れずになっていた、世莉樺のクラスメートだ。

 柚葉は意識を失っているようだった。両手足をダラリと下げたまま微動だにせず、世莉樺が手を振って合図しても、何の反応も示さない。ただその口からは空気の泡が漏れ出ていて、彼女が息をしているという事だけは分かった。

 助けなければ。泳ぐようにして、世莉樺は柚葉の方へと向かった。そして彼女は気付く。


「っ……!?」


 柚葉は、縛り上げられていた。

 この水中のどこから伸びてきたのかも分からない黒い糸――いや、あれは人間の髪の毛だ。異様に伸びた髪が、柚葉の両腕両足、そして首に絡みついていたのだ。

 それはとてつもなく不気味で悍ましい光景に思えて、世莉樺は思わず近付くのを躊躇する。

 しかし、即座に彼女は柚葉を助け出すという決意を取り戻した。嫌だなどと言っている状況ではないのだ。


(柚葉……!)


 再び世莉樺は、柚葉へと泳ぎだし始めた。

 距離は少しづつ、しかし確実に狭まっていき、あと数メートルという距離に差し掛かった、その時だった。

 突然、世莉樺の足首を何かが絡めとった。


(!?)


 驚愕しつつ、視線を下に向ける。

 世莉樺の足首には、柚葉を捕らえているのと同じ――あの黒い髪の毛が、絡み付いていたのだ。


(やっ……嫌っ!)


 凄まじい嫌悪感と恐怖が、世莉樺の体を走り抜けた。振りほどこうと身動きしても、浮力の働く水中では半分の力も発揮できない。

 次の瞬間、どこからか伸びてきた髪の毛が更に世莉樺を捕らえた。まずはもう片方の足首、次に右腕、そして左腕……最後に、世莉樺の首が絡めとられる。


「ぶっ……!」


 逃げる事などできなかった。

 世莉樺に許されたのは、苦悶の表情とともに空気の泡を吐き出す事のみだ。

 首に絡む髪を掴み、世莉樺は全身の力を込めて抵抗を試みた。しかし、そんな事は無意味に等しい。


「ぐう、う……」


 髪の毛は、それ自体が命を持っているかのように世莉樺の首を締め付ける。

 その時、世莉樺の眼前に柚葉とは違う、一人の少女の姿が浮かび上がった。巫女装束、そして腰よりも長く伸ばされた黒髪……その名前が、世莉樺の脳裏を掠めた。


(凛……さん……?)


 少女がそう名乗ったわけではなかった。しかし不思議な事に、世莉樺には目の前の少女が、あの土産物屋の冊子で見た悲運の巫女である事が分かったのだ。

 綺麗な顔立ち、その身に纏う巫女装束、そして黒髪……世莉樺が記憶していた『凛』の外見的特徴を、彼女は全て備えていた。

 彼女は、凛は少しの間、俯くように視線を下ろしていた。その長い黒髪が、水の中で蜘蛛の巣のように広がっていた。

 その最中にも、世莉樺は首を絞められ続ける。


「ぐっ……」


 やがて凛は、視線を徐々に上げ始めた。

 そしてやがて、彼女の顔が見える。端正で美しいその顔、しかしその表情には、凄まじい怒り、そして憎しみが内包されていた。

 世莉樺が凛と視線を合わせた、その瞬間だった。


《お前も……私の一部になれ》


 頭の中に浮かんだ、凛の意思。

 それを受け取った瞬間、世莉樺の意識は急激に遠のき、やがて視界が完全な闇に支配された。



  ◎  ◎  ◎



「くく……これで完成だ、溟海の鬼姫の……完全復活だ!」


 勝ち誇るかのように言い放つ焔咒。次の瞬間、世莉樺が姿を消したあの場所、赤い光を放つあの大穴から、化け物は再び姿を現した。

 人間の少女の上半身と、不気味にヌメ光る大蛇の下半身を併せ持つ恐るべき怪物――溟海の鬼姫だ。

 耳を突き刺す咆哮は、先程とは段違いの破壊力を帯びていた。否、それだけではない。その身に纏う禍々しさ、邪悪さ、そして殺気……全てが、極大化しているように感じられた。


「何て事だ……!」


 手足を拘束されたまま、炬白は事態が最悪の状況に陥った事を悟った。

 世莉樺が、取り込まれてしまった。彼女は焔咒の策略によって、溟海の鬼姫を成す一部分となってしまったのだ。

 焔咒の虫ケラを見下ろすような目が、炬白を映す。


「さあて……君ももう用済みだね」


 焔咒が何を考えているのか、何をしようとしているのか。炬白には直ぐに分かった。

 ぞろりと垂れ下がった溟海の鬼姫の髪の隙間から生気の無い瞳が覗き、その視線が炬白に向けられる。


「ぐっ……!」


 炬白は逃げる事も、抵抗する事も出来ない。しかし、ここで朽ちる訳にはいかなかった。自分が救わなければ、世莉樺を救う者は他にいないのだから。

 だが、成す術がない。


「さあ……消えちゃいなよ!」


 焔咒の言葉を合図にするかのように、溟海の鬼姫が大蛇の体を蛇行させ、巨体に見合わない速度で迫りくる。


(っ!)


 固く目を閉じる。それが炬白に出来た、唯一の事だった。






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