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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ弐拾七 ~焔咒ノ策略~

 溟海の鬼姫は、その大蛇の身を蠢かせ――幾度も攻撃を仕掛ける。その矛先は怜俐、しかし彼女に攻撃は届かない。怜悧が錫杖を構え続ける、ただそれだけの動作で、溟海の鬼姫の攻撃は阻まれ、打ち消されてしまう。

 溟海の鬼姫が、月を掴むように両手を空に上げる。次の瞬間、その周囲に無数の炎の玉が現れた。青い色をした、禍々しい炎だ。


「鬼火……」


 怜俐は囁くように発した。

 次の瞬間、溟海の鬼姫が投げ付けるように両手を振り下ろす。同時に、炎の玉がまるで意思を持つかのように怜悧の元へ飛んできた。

 通常の人間ならば着弾すればひとたまりも無いであろう、仮に精霊であったとしても、霊的な要素を含む攻撃であるため、かなりの痛手に繋がる。

 しかしそれでも、怜悧には通じない。彼女が作る白い光の壁は、鬼火をも受け止め、消滅させていく。


「へえ……まさか、この攻撃も受け止めるとはね。思った以上だよ」


 戦いを傍観するように空に浮かぶ焔咒、彼の瞳を、怜俐は見上げた。

 すると、焔咒はさらに口を動かす。


「くく、流石は破魔の巫女の化身……神霊だけの事はある」


 一瞬、焔咒は不気味に笑みを浮かべた。


「怜俐、いや……」


 その言葉を発する時、もう彼の顔に笑みは無かった。


「凜姉ちゃん」


 ――溟海の鬼姫が叫び声を上げた。

 一際巨大な炎の玉が作り出され、それが怜俐に向けて放たれる。


「っ……!」


 怜悧は錫杖を振るった。同時に炎の玉が炸裂し、周囲一帯に衝撃が走る。それでも、怜俐は傷を負っていなかった。爆心地に居ながらも、彼女はやはり防ぎきっていたのだ。黒い髪や白い着物を靡かせながら、彼女は焔咒を見つめる。

 険阻な面持ちを浮かべながら、彼女は発した。


「焔咒、いいえ……玖來くらい


 焔咒は、視線をどこか遠くへ向けた。そして囁くかのように発する。


「このままじゃ勝負がつかないね……仕方ない、別の手を使う事にするよ」


「別の手……?」


 焔咒は何も返さなかった。代わりに溟海の鬼姫が、無数の小さな炎の玉を作り出し、放ってくる。

 これまでと同様、怜悧は錫杖を用いて光の壁を作り出し、攻撃を防いだ。そして視界が開けた時、それまで溟海の鬼姫の側に滞空していた筈の焔咒の姿は、無かった。

 焔咒は何かを企んでいる。怜悧には容易に想像がついたが、溟海の鬼姫に阻まれ、後を追う事は出来なかった。



  ◎  ◎  ◎



 炬白と共に、戦いの場から逃れた世莉樺。だが水鷺隝には依然、無数の生魂鬼が彷徨っていて、安全な場所など存在しないように思える。しかし生魂鬼は動きが緩慢であり、走れば横を通り抜ける事は容易かった。

 霧が立ち込め、湿気が体中に纏わりついてくる中、世莉樺はひたすら炬白の背中を追い、走り続ける。


「炬白、どこへ行くの?」


「一先ずは……この場から離れる以外にない」


 逃げる事、それが今現在における最重要事項なのだと、世莉樺は悟る。つまり、炬白にも溟海の鬼姫に相対する術は無いのだ。そして霧を掻き分けて走り続ける事数分、足を止めた時、世莉樺は水鷺隝のどこか、海辺の崖にぽっかりと空いた洞穴の中に居た。

 岩壁に背中を預けて、世莉樺は炬白に言う。


「炬白……これから、どうすればいいの……?」


「とりあえず、今は逃げるしかないよ。溟海の鬼姫はオレ達じゃ恐らく手に負えない」


 世莉樺には、絶望的な答えのように思えた。しかし炬白が次に発した言葉で、世莉樺は少しばかりの安堵を覚える。


「だけど、怜俐様が力を貸してくれれば……倒す事も可能だと思うよ」


 炬白の言葉に、世莉樺は思い出した。

 自分達の窮地に現れ、無数の生魂鬼達を一瞬にして蹴散らしてみせた、怜俐の持つ圧倒的な力の事を。正直な所、彼女は炬白以上に頼もしい存在だと思える。

 しかし世莉樺はものの数分その姿を見ただけで、怜悧の事など何も分からない。

 その事を察したのだろう、世莉樺が問うより先に、炬白は発する。


「怜俐様は名のある巫女の化身、オレ達精霊とは段違いの霊格を持った、神霊だから」


 炬白の言葉に、世莉樺は引っ掛かる物を感じた。


「巫女……それってもしかして……?」


 と、その時。

 炬白が突然手の平を世莉樺に向けて、彼女の言葉を制した。


「姉ちゃん、静かに!」


「っ……!?」


 驚きつつ、慌てて口を押さえる世莉樺。

 炬白は警戒するように、洞穴から身を覗かせて周囲に視線を巡らせている。何かを感じ取ったのだろうか。


「この感じ……?」


 世莉樺はただ、黙って炬白を見ている事しか出来ない。

 少しの間周りの様子を伺う仕草を取った後、不意に炬白は、その両手に持った鎖をビンッと張った。そして世莉樺を振り返り、


「ごめん姉ちゃん、ちょっと見てくる」


 この場を離れるという宣告、世莉樺は引き留めた。


「ま、待って炬白! 動くなら一緒に……!」


 と言いつつも、世莉樺は自覚していた。炬白に側に居て欲しかった、今この状況で一人にされる事が怖いのだ。

 恐らく、炬白にはそんな世莉樺の本心は筒抜けだったに違いない。


「大丈夫だよ、ただ様子を見るだけ。すぐに戻ってくるから心配しないで」


 幼い外見と相反するような、大人びていて優しい笑顔を浮かべ、炬白に諭される。

 世莉樺には、返す言葉が無かった。


「……分かった」


 呟くように、そう応じる事しか出来なかった。

 炬白は頷くと、その手に持った鎖をジャラリと鳴らしつつ洞穴から歩み出ていく。洞穴に座り込んで、世莉樺は霧の中に消えていく小さな後姿を見つめていた。

 

「ふう……」


 独りになった途端、疲労が全身を覆い包むのを感じる。もしかしたら、炬白が側に居てくれたお蔭で気が紛れていたのかもしれない。

 汗と霧で額に張り付いた前髪を掻き分け、世莉樺はその右手に握った天照を視線の前に運ぶ。銀色の刃に、彼女の顔が映し出された。とてつもなく、不安な表情をしている。

 

「本当に……大丈夫なのかな……」


 天照の刀身に映った少女も、世莉樺と同じように口を動かした。

 何もかもが、二年前に体験した怪異を超えていた。規模も、恐怖も、全てが。独りになった途端、不安に苛まれ、無意識に洞穴の入口に視線を移してしまう。

 そこにあるのは、霧に覆い包まれた水鷺隝の風景。世莉樺が帰りを切望するあの小さな少年は、そこには居ない。

 ――このまま、炬白は帰ってこないのではないか。


「っ……!」


 頭を過った恐ろしい予感を、世莉樺は必死に打ち消した。

 そんな事はない、絶対に、ある筈がない。両膝を抱えて体育座りをしつつ、必死に自分自身に言い聞かせる。天照を握る右手に、ぎゅっと力が籠っていた。

 炬白が出て行ってから数分が過ぎた、それでも彼は帰ってこない。

 体育座りしたまま、世莉樺は腕の中に顔を伏せる。

 

(炬白……)


 その時、待ち詫びた声が、世莉樺の鼓膜を揺らす。

 

「姉ちゃん」


 世莉樺ははっとして顔を上げる、洞穴の入口を背に立っていたのは、紛れも無い彼だった。


「炬白!」


 弾けるように立ち上がって、世莉樺は彼の側に駆け寄る。


「お待たせ」


 安心感に満たされて、世莉樺は思わず笑みを浮かべてしまう。


「良かった、何だか私……もう炬白が戻ってこないんじゃないかって思い始めちゃってて……」


 炬白は少し世莉樺と視線を合わせた後、答える。


「え? くく、そんな訳ないじゃん」


 そう応じると、炬白は突然踵を返した。腰に掛けられた鎖が空を舞う。


「姉ちゃん、行こう」


 背を向けたまま、炬白は言う。


「え、どこに?」


 戻って来て早々、この場から離れる事を促す炬白。一体どういう事なのだろうか。

 炬白は振り向きもせずに、応じた。


「付いてきて姉ちゃん。そうすれば、分かるから」






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