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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ弐拾六 ~怜俐~

 世莉樺と炬白に負い迫ってきたのは、彼らを取り囲んでいた生魂鬼達のほんの一部に過ぎなかった。しかし、それでも二人の逃げ道を遮断し、追い詰めるには十分だった。

 何も成す術がなく、戦意を失った世莉樺は天照を構える事すらも忘れ、ただ固く目を閉じ、両腕で顔を覆い隠す事しか出来なかった。それは、少しでも痛みや恐怖から逃れようと、彼女が無意識に取った防衛反応だったのだろう。

 数秒が経過する、痛みは無い。

 また数秒が経過する、やはり痛みは感じない。

 さらにまた数秒が経過し、世莉樺は何も起こらない事に疑問を抱く。

 両腕を降ろして、恐る恐る前方を見やる。そして、見た事も無い後姿を、世莉樺は目撃した。


「え……?」


 いつからそこに居たのか、ある一人の少女が世莉樺、そして炬白の前に立っていた。顔は見えないが、腰よりも長く伸びた黒髪に、金色の頭飾り、重厚な雰囲気の白い着物を纏っているのが分かる。先程、世莉樺と炬白に迫ろうとしていた筈の生魂鬼が、いつの間にか消えていた。彼女が何かをしたのだと、世莉樺は直感的に理解する。

 黒髪や着物を風に揺らめかせつつ、少女が振り返る。同性の世莉樺でも思わず言葉を失う程、その顔だちは整っていて、美しかった。

 

「れ、怜俐様……」


 炬白に視線を向けると、彼は少女を見つめてそう発した。そこから世莉樺は、突然現れたこの少女が怜俐という名前なのだという事を理解する。

 彼女――怜俐は、その透き通った眼差しで世莉樺を見つめる。思わず、世莉樺はびくりと身を震わせた。しかし怜俐はすぐに、視線を炬白へと移す。


「炬白、その子をお願い」


 そう呟くと、怜俐は焔咒、そして溟海の鬼姫の方へ向いた。

 その時世莉樺はふと、ある事に気が付く。怜俐と溟海の鬼姫、美しい少女と恐ろしい怪物。相対する存在の筈の二つの存在に、どこか繋がる物を感じられたのだ。

 怜悧と溟海の鬼姫が、似ている気がした。


「どうして、こんな事をするの」


 その怜俐の言葉は、焔咒に向けられた物だった。

 焔咒は笑みを浮かべ、応じる。


「くく……やっと会えたね。待ちくたびれてたよ」


 顔を上げる焔咒、その顔からはもう笑みは消え、狂気の眼差しが怜俐を射抜いていた。


「消してやる」


 溟海の鬼姫が雄叫びを上げ、同時に生魂鬼達が一斉に襲い来る。標的を絞ったかのように、全個体が怜俐へと向かっていた。

 思わず世莉樺は、怜俐の後姿に向かって叫ぶ。


「危ない!」


 それが無用な警告だと思い知ったのは、その後すぐの事だった。

 怜俐が見えない月を掴み取るように、その右手を高く掲げる。次の瞬間、その手の中に黄金の錫杖が現れた。彼女がそれを地面に付いた瞬間、杖の輪型部分に掛けられた十二の遊環が音を奏でる。

 有声杖、鳴杖とも呼ばれ、遊行僧が携帯する法具の一種――そして怜俐が持つそれにも恐らく、人智を超えた力が宿されているに違いなかった。怜悧が目を閉じ、その言葉を呟いた瞬間、世莉樺が幾度も見た光景が、そこにはあったのだから。


「唵 阿謨伽 尾盧左曩 摩訶母捺囉 麽抳 鉢納麽 入嚩攞 鉢囉韈哆野 吽……」


 炬白が、彼の霊具である鎖に光を宿す時に唱えるそれと、全く同じ呪文。しかし怜俐のそれには、まるで聖歌でも歌唱するかのような美しさ、耳心地の良さが内包されているように思えた。

 呼応するかのように、怜俐が持つ錫杖に光が宿される。

 炬白のそれは、紫色。二年前に世莉樺が出逢ったもう一人の精霊の少女、千芹のそれは、青色。

 そして、怜俐の錫杖に宿されたのは、一切の穢れを取り払ったかのような、純白だった。見ているだけで我を忘れてしまうかのような、淡く美しい白光だ。

 目に見えない力に撫でられるように、怜俐の黒髪や白い着物が靡き始める。その光景は神々しく、世莉樺は思わず目を奪われた。


 そして、怜俐が再び錫杖を地面に付く。その瞬間、波紋が広がるかの如く彼女の周囲に白光が拡散した。世莉樺もその煽りを受けたものの、髪や衣服が靡いただけで何ら影響はない。

 しかし、彼女達を取り囲んでいた生魂鬼達は、溶け入るかのように一瞬で消滅した。何十体、何百体も居た敵が、ものの一瞬で蹴散らされたのだ。


(まさか……)


 世莉樺はただ、言葉を奪われる。

 人間離れする程に美しく、神々しい雰囲気。さらに今しがた見せた、鬼を払い除ける圧倒的な力。紛れもなく彼女も、怜俐も精霊なのだと分かった。それも、炬白とは別格の力を有する存在なのだ。


「忌々しい……!」


 焔咒が呟くと、その隣で蠢いていた溟海の鬼姫が怜俐へと襲い掛かる。怜俐はその場から動く事なく、錫杖を構えた。

 溟海の鬼姫の片手が怜俐に届こうとした瞬間、白光の壁がそれを阻んだ。


「私が遺した鬼、今こそが清算する時……!」


 錫杖を片手に発せられた怜俐の言葉には、決意めいた意思が宿されているように感じた。

 その後も溟海の鬼姫は何度も、怜悧に攻撃を仕掛けようとするが、やはり怜俐にその手は届かない。

 炬白と世莉樺に背を向けたまま、彼女は言う。


「炬白、行きなさい!」


 はっとしたような面持ちを浮かべて、炬白は返答する。


「はい!」


 直後、世莉樺は炬白に腕を掴まれた。


「姉ちゃん、行こう!」


「えっ、ちょっ……!」


 返事をする間も与えず、炬白は駆け出す。子供に引き摺られるソリのように、世莉樺も駆け出した。周囲を取り囲んでいた生魂鬼はもう居ない、炬白は、怜悧と溟海の鬼姫が居る場所とは別方向に向かっている。

 数分走り続けて、炬白はようやく手を放してくれた。走りながら、世莉樺は炬白に問い掛ける。


「炬白、さっきの怜悧さんって……あの人も精霊なの?」


 炬白は全く後ろを振り返らずに、答える。


「確かに近いけれど……あの人は違う」


 彼は続けて、発した。


「あの人は……怜俐様はオレ達精霊の長。『神霊』なんだ」






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