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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ弐拾壱 ~鬼狩ノ夜 其ノ八~

 目の前の現実を、私は受け入れる事が出来なかった。

 私の前にもう柚葉は居ない、代わりに……『それ』が居た。『それ』は見た事もない悍ましい姿をしていた。『それ』は私を見下ろしていた。そして、『それ』は間違いなく、私に殺意を抱いていた。

 上半身は間違いなく人間――黒い髪が地面に届く程に伸びていて、白い着物を纏った女の人の姿をしている。だけど……その下半身は、ヌメ光る大蛇そのものだった。女性の上半身と大蛇が合わさった、とてつもなく大きくて、不気味で……『生き物』と呼ぶ事すら躊躇われるその存在。

 ――化け物、正しく化け物だった。私は凍り付いたかのように、身動きが出来なかった。


「姉ちゃん!」


 炬白の声がしても、金縛りは解けない。私に出来た事は、震える声で彼に問う事のみ。


「炬白、あれは……あれは……!?」


 炬白から明確な返答は無く、別の言葉が押し出すかのように発せられる。


「くそっ、止められなかった……だけどまだ間に合う、まだ完全体には……!」


 炬白の声色は、焦りに満ちていた。でも当然の事だと思う。あんな物を目の前にして、平常心なんか保っていられる訳がない。

 その瞬間だった、女性の口が開き、


『――――――――――――――ッ!!!!!』


 凄まじい絶叫を、放ったのだ。

 それは大声などという物を軽く超え、超音波、目に見えない刃物そのものだった。


「ぐっ!」


 堪えきれずに、私はその場にしゃがみ込んで耳を塞ぐ。

 次の瞬間、私は誰かに突き飛ばされた。


「姉ちゃん、危ない!」


 鼓膜を潰されるかのような感覚の中でも、私は炬白の声を聞き取る事が出来た。


「あっ!」


 右肩から、地面に倒れ込む。次の瞬間――私のすぐ隣から凄まじい轟音が拡散した。

 大蛇が、その巨木のような身を叩き付けたのだ。神社の石畳が深く窪んでいて……もし下敷きになっていればどうなっていたか、考えるまでもなかった。

 このまま座り込んでいたら、追撃を避けられない。そう考えた私は立ち上がって――。


「っ……!」

 

 化け物と、下半身が大蛇そのものの女性と、視線が重なった。

 その瞬間に、ある事が頭を過る。見覚えがあった、大蛇の下半身を持つあの女性を、私はどこかで見た事がある……思い出すまで、さほどの時は要しなかった。


 焔咒に見せられた、あの光景――大勢の子供達が火にかけられる、あの残酷な光景の中、男達に頭を踏み付けられながらもがいていた、あの巫女の女性だ。


《許さない……》


 耳に届いた声ではなかった。だけど、私は確かに……化け物が発した意思を受け取った。


《許しはしない……絶対に……!》


 続けて発せられる、憎しみ。

 私に対して向けられた物なのか、違うのかは分からないけれど……背筋が凍り付きそうな感覚に襲われた。

 大蛇の下半身ががズズズッと蠢き、巫女の上半身が揺れる。


《よくも……よくもあの子達を……!》


 冷汗が、頬を伝うのが分かった。凄まじい殺意と憎しみと、怨みが、私の全身を覆い包むかのようだったのだ。

 化け物の側に浮かびつつ、焔咒が嬉々として言う。


「くく、君達の力じゃ……こいつは止められないだろう?」


 この化け物は、焔咒に使役されている……そういう事らしい。

 だけど、それ以上に……私は何かを感じていた。目の前で蠢く巨大で悍ましいその生き物から、大蛇の下半身を除いて、人間そのものである、女性の姿から。

 彼女が発する怨念の裏に、悲しさが滲んでいる……そんな気がして、ならなかった。


「まだ不完全とはいえど、『溟海の鬼姫』の霊力は精霊とは段違いだからね……」


 最強の切り札を繰り出し、勝利を確信している。私には焔咒がそう見えた。

 まばたきも忘れて、ゴクリと唾を飲み込む。そして、手汗の滲む手で天照を構え直す。それ以外に、私に何が出来ただろうか。


「くっ……!」


 炬白が発したその声だけで、彼も私と同じ気持ちなのが分かる。

 勝てる気が、しなかった。何もかもが、二年前の時とは段違いだった。恐怖も、重圧も、何も全てが。


「さあ……手始めに、まずはこいつらを叩き潰せ!」


 焔咒の言葉を合図にするかのように、化け物がその大蛇の下半身を蛇行させる。何メートルもあるというのに、その動きは恐ろしく俊敏だった。

 神社の石畳や灯篭、周囲の木々を蹴散らしながら、化け物が、怨念に満ちた女性の顔が迫ってくる――私は凍り付いたかのように、金縛りにあったかのように、動く事が出来なかった。


「おおおおっ!」


 しかし、炬白は違った。彼は勇ましい声と共に鎖を横向きに振り、化け物に命中させる。

 だが――何の意味も成さなかった。化け物の大蛇の身に鎖が触れたと思った瞬間、紫色の火花が炸裂した。

 そこまでなら今までと一緒だったけれど、鎖は空しく弾き返されて石畳に落下する。化け物は全くの無傷、手傷を負わせるどころか、その突進の勢いを弱める事すらも出来なかったのだ。


「くそっ……!」


 炬白が慌てた様子で鎖を手繰り寄せるのを見て、私はやっと自分が何をすべきなのかを見出した。

 彼を、炬白を守らなければ! そう思って炬白の前に歩み出ようとした瞬間、化け物が大蛇の下半身を私に向けて叩き付けようと、振りかざしてきたのだ。


「……!」


 まるで、巨木が迫ってくるかのような感覚。逃げ場なんて無かった、思い切り身を低くすれば避けられたかもしれないけれど、私にはそんな事を考える余裕は残されていなかったのだ。


「姉ちゃん、伏せて!」


 その声と共に炬白が私の腕を掴んで、強引に引き倒すように私を伏せさせる。

 次の瞬間、嫌な音が私の鼓膜を揺らした。

 

「えっ……!?」


 視線を音の方向へ向ける。

 宙を、黒い何かが舞っている。それが炬白だと気付くのに、一瞬の時も要しなかった。

 

「炬白……!?」


 先程、蛇の下半身を振り抜いた化け物。先程の嫌な音。そして、空高く舞う炬白。

 状況は、すぐに理解する事が出来た。

 ――私を庇って、炬白は化け物の攻撃を正面から受けてしまったのだ。


「あ、ああ……!」


 炬白の小さな体が、サッカーボールのように地面に落下する。うつ伏せの体制で、彼は全く動く事は無かった。

 恐ろしい予感が、脳裏をかすめる。


「炬白……炬白ーっ!」






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