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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ拾九 ~鬼狩ノ夜 其ノ六~

「っ……?」


 空気を染める気味の悪さ、肌を撫でる悪寒。思わずオレは焔咒から視線を外し、その源を見やる。

 そこには姉ちゃんの後ろ姿と、それまでよりも遥かに大きな黒霧に包み込まれたあの人――躑躅宮柚葉が立っていた。


「くく、さて……これで第二段階。もうじきだね」


 オレは両手で鎖を張り、空を舞う焔咒を見上げた。するとあいつは笑みを浮かべて、オレを見下ろしてくる。

 

「こんな事をして、一体何になるんだ?」


 まともな答えなど期待していなかったが、どうしても問わずにはいられなかった。

 焔咒から返事は無かった。あいつはただ、邪悪な笑みを浮かべているのみだ。オレは声を荒らげて、返答を促す。


「溟海の鬼姫を復活させて……何をするつもりだ、焔咒!」


 まるで溶けるかのように、焔咒の表情から笑みが消えていく。まるで別人になったかのように、冷酷な面持ちが浮かび上がった。

 そしてゆっくりと口が開かれ、ようやく答えが発せられる。


「決まってるだろ炬白……『復讐』だよ」


「何……?」


 ――『復讐』。

 焔咒は確かに、そう告げた。同時にオレは何か、脳裏に引っ掛かる物を感じる。

 しかしそれ以上はもう、考える猶予は与えられなかった。焔咒の両手に、数枚の呪符が出現したからだ。あいつは攻撃を繰り出す気でいる、オレは身構えた。


「ほらあッ!」


 怒声と共に放たれる、赤い光を纏う呪符。数は全部で四枚、その全てがまるで吸い込まれるかのように正確に、オレに向かってくる。

 即座に回避するという判断を下し、後方へと飛び退く。数秒前までオレが立っていた位置に呪符が命中し、爆風と共に神社の石畳を深く抉った。

 

「くく、安心するのはまだ早いよ」


 焔咒の言葉の意味を、即座に理解させられた。

 放たれた呪符を避けたと思った直後、前後左右、上、まるでオレを囲い込んで逃がさないように、何枚もの呪符が滞空していた。手から離れた呪符も自在に操る事が出来る、焔咒の能力だ。

 逃げ場が無かった、焔咒の呪符はオレの鎖と同じ、霊具だ。

 通常、人間界のいかなる道具を用いても精霊は傷つけられない。つまりオレ達は包丁で刺されても、銃で撃たれても死ぬ事は無い。けれど、霊具の場合は話は違う。鬼や、霊的な力を宿した道具による攻撃ならば、オレ達精霊は人と同様に傷つくのだ。


「くっ……!」


 回避するという選択肢を即座に放棄し、オレは焔咒の攻撃を防ぐという方針を固める。

 円を描く形で鎖を回して、前方から迫り来る呪符を可能な限り弾き飛ばす。そして、後ろからの呪符をどうにか回避する――つもりだったが、それは叶わなかった。

 

「うぐっ!」


 背中に数枚、呪符が着弾したらしい。

 腹部まで突き抜けるような痛み、焔咒の霊力が相当な物だという事が伺える。追撃を警戒して、すぐさま視線を焔咒に移した。


「残念だけど炬白、君の力では俺は止められないよ」


 オレを見下ろしながら、そう言い放つ焔咒。

 不思議だった、立て続けに攻撃を繰り出せば勝ちは見えているのに、何故そうしないのか。


「まあ、君を消し去るのもいいけれど……俺にとって重要なのは、あそこに居る君の大事な人だからね」


 焔咒の言葉が誰の事を指しているのか、考えるまでも無かった。


「姉ちゃんに何の用がある?」


 焔咒と姉ちゃん、オレが思う限りでは二人には何の関連性も見当たらなかった。焔咒が姉ちゃんを狙う動機なんて……そう思った時、頭に引っ掛かる物を感じた。


 “くく……後はもう一つの『器』を手に入れるだけ……”


 焔咒がさっき言っていた、あの言葉。まさか……?


「……姉ちゃんを、鬼の器にする気か?」


 焔咒は、何も返さなかった。だけどその表情に邪悪な笑みが浮かび上がって、やっと分かったかと顔が言っている。

 あいつの目的が、これではっきり分かった。

 ――もう、容赦は出来ない。


「あれれどうしたの炬白、そんな怖い顔しちゃって」


 沈黙という形で焔咒の言葉を跳ね除けて、オレは鎖に指を添える。


「阿毘羅吽欠裟婆呵……!」


 鎖に纏う紫色の光が、増幅する。

 オレは次の瞬間、空を漂う焔咒に向けて、全身の力を込めて鎖を振るった。


「っと!」


 余裕の声とともに、間一髪で避けられる。だがまだ終わらない、オレはそのまま体を一回転させて、その勢いも上乗せして追撃を繰り出す。

 焔咒の表情に驚きが浮かぶ。驚きに最初の一撃よりも速く、そして重い攻撃――今度は、命中した。


「ぐうっ!」

 

 確かに手応えを感じた。紫色の火花が炸裂し、焔咒の身が石畳に叩き落とされる。

 オレは、あいつに立ち上がる猶予も与えるつもりは無かった。即座に鎖を手繰り寄せ、振り回して勢いを付け――走り込んだ勢いと全身の力を乗せ、振り下ろす。

 驚愕に染まった焔咒の顔を見たと思った瞬間、鎖が着弾し、轟音と共に砂煙が舞い上がって、石畳が抉り取られる。

 今の一撃をまともに受けていれば、致命傷にも匹敵するはず。オレは鎖を手元に引き戻し、前方を注視する。

 砂煙の中に、ゆらりと人影が浮かび上がった。


「これほどの力を使ってまで、あの子を守りたいんだね……炬白」


 砂煙の中から、焔咒が姿を現した。先程の攻撃は避けられていたのか、或いは防がれたのか。


「言ったはずだ。姉ちゃんには手を出させない」


 鎖を構え直しながら、オレは続ける。


「それに焔咒……君の力をもってしても、姉ちゃんを鬼に取り込ませる事は容易じゃない筈だ。姉ちゃんは天照の加護を受けている通霊力だから」


 鬼や精霊に通じる力を有した人間の事を、オレ達は『通霊力』と呼んでいる。オレの知る通霊力は全部で二人、一人は姉ちゃんで、もう一人は二年前の怪異の時、姉ちゃんに協力してくれた『一月』というお兄さんだ。

 焔咒が、また不気味な笑みを浮かべた。


「確かにそうかも知れない……けれど、手立てはもう考えてあるのさ」


 即答する焔咒、あいつの言葉は何故か、嘘偽りだとは思えなかった。恐らく何か、ロクでもない事を考えているに違いない。

 

「知っているだろう炬白、人が持つ霊的な類の力は、時に弱まってしまうという事を」


「何……?」


 焔咒は続ける。


「例えば……そう、人が深い絶望や悲しみに苛まれた時、とかね」


 分からなかった。あいつが何故、こんな話をオレにするのか。


「雪臺世莉樺が悲しみに囚われ、涙と共に絶望に焦がれれば……彼女の心は崩れ、鬼の付け入る隙が生まれる」


「そんな手段が、お前にあるのか?」


 オレは問い返した。焔咒の考えている事は分かったが、肝心な部分が抜け落ちていたのだ。

 確かに姉ちゃんが絶望して、心の均衡を崩せば……鬼の付け入る隙が出来てしまうかも知れない。だが、焔咒にそんな事が出来るのか。

 焔咒は一体どうやって、姉ちゃんを悲しみに沈ませるつもり……その時だ。


「っ……! まさか……!?」


 浮かび上がった仮説に、オレは背筋が凍るような感覚になる。

 そうか、そういう事か、それならば……可能だ。


「その顔……どうやら気付いたみたいだね」


 焔咒が歌い上げるかのように、言った。


「雪臺世莉樺を絶望させ、彼女の心を打ち砕く鍵、それは……」


 灰色の着物の袂と一緒に、焔咒の腕が上がっていく。そして、あいつの人差し指が、オレを差した。


「君だよ、炬白」






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