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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ拾壱 ~事ノ起コリ~

「!」


 気が付いた時、世莉樺は倒れていた。地面に背中を預け、夜空を見上げていたのだ。


「ちょ……世莉樺、大丈夫!?」


 聴き慣れた少女の声。朱美が世莉樺の顔を覗き込みながら、言ったのだ。

 

「世莉樺、世莉樺?」


 続いて、心配そうな面持ちで呼んできたのは日和だ。


「え……?」


 まばたきをし、世莉樺は軽く頭を振る。二人の友人に返事する余裕は無かった、彼女の思考は、自分の今の状況を理解する事に専念せざるを得なかったのだ。

 世莉樺はゆっくりと身を起こして、周囲に視線を巡らせた。

 そこは、水鷺隝大彌國神社の境内前だった。騒ぎ立てていた群衆も、後ろ手に拘束されて火刑にかけられようとしていた子供達も、押さえ付けられながらも必死で抵抗していた巫女の姿も無かった。

 

(さっきのは夢……? それとも……)


 世莉樺は、自分がびっしょりと汗をかいている事に気付く。訳が分からなかった、一体どういう事なのだろうか。


「世莉樺、びっくりしたよ私達」


「え?」


 朱美は安心したように胸を撫で下ろし、


「世莉樺、神社の石畳に足を踏み入れた瞬間に倒れたんだよ」


 朱美の言葉に、世莉樺はゆっくりとこれまでの状況を振り返ってみる。そして、柚葉を探しに神社に来た事、神社に足を踏み入れた瞬間、水の中に居るかのような奇妙な感覚に襲われた事、その直後に朱美と日和の姿が見えなくなった事を思い出した。


(あれ、えっと……?)


 いや、思い返せば釈然としなかった。

 神社に足を踏み入れた所までは、明確に覚えている。だが、それからの出来事に対して現実感が沸かない、自分が間違い無く体験したと言い切る事が出来ないのだ。

 こんな事は初めてだった。朱美が言った事が本当なら、世莉樺は神社に踏み入った瞬間に気を失い、夢を見ていたと考えるのが最も合理的だ。


(でも、あれが夢だなんて思えない)


 そう、単なる夢だと解釈するには、世莉樺が体験した事(現実かどうか、定かではないが)は余りにも印象的で、リアリティーがあり過ぎた。

 食い込んだかのように、世莉樺の頭から離れなかったのだ。


「本当に心配したんだよ世莉樺、呼んでも揺すっても起きないから……もう少しで、先生に電話しちゃう所だった」


「あ……ごめん二人共、心配させて」


 日和の言葉に、世莉樺は慌てて謝罪を述べた。とにかく、自分の事で朱美と日和に心配を掛けてしまった事は謝る必要があるだろう。


「ううん大丈夫だよそんなの。それより世莉樺こそ、体なんともない?」


 朱美が即答する。

 迷惑を掛けた事など意にも介さず、自分の身を案じてくれているのだと分かって、世莉樺は嬉しくなった。

 正直、先程の夢か現実かも分からない出来事の所為で不安を感じていた。だが、それ以上に朱美と日和に配慮する気持ちが勝り、世莉樺は普段通りの表情を浮かべるよう努める。


「構わないで、ちょっとふらふらしただけだから」


 朱美と日和が安堵した表情を浮かべる。

 本心では、世莉樺は先程の不可思議な出来事が気になって仕方が無かった。だが、今は友人達に気を煩わせないよう務めるべきだと判断したのだ。

 

「世莉樺、朱美、今日はもう旅館に戻ろうよ?」


 提案したのは日和だ。

 世莉樺は彼女に視線を移す、朱美も同じようにしていた。


「やっぱり私達の力じゃ、こんな暗い中で柚葉を探すのは難しいよ。世莉樺もいきなり倒れちゃったりして心配だし……明日明るくなってから、ちゃんと大人の人達と一緒に探そう?」


 日和が続ける。彼女が言っている事は至極当然な意見、そう捉えて間違いは無かった。


「そうだね。私達に出来る事はここまでかも」


 朱美が同意を示し、世莉樺を向く。

 

「だけど、柚葉の事は……」


 二人の見解が正しい事は、世莉樺には理解出来る。だが、彼女はどこか首肯する気になれなかった。自分の所為で失踪した柚葉、彼女の身が心配だった事に加えて、責任のような物を感じていたのだ。

 

「駄目だよ世莉樺、もしまた倒れたりしたら柚葉を探す所じゃなくなっちゃうじゃん」


「あ……」


 朱美が反論しつつ、世莉樺の頬に人差し指をぷにっと押し付けた。


「ミイラ取りがミイラになったら意味ないよ、柚葉は確かに心配だけど……今日はもう、戻ろう?」


 続いて、日和に諭される。

 諦めたくはなかったものの、確かにこのまま柚葉を探し続けても見つけ出せる見込みは薄い。それに、危険だ。


「うん……分かった」


 同意を示すと、朱美が「それじゃ、行こっか」と言い、踵を返して歩を進め始める。日和がそれに続く。

 世莉樺は今一度振り返った。振り返って、夜闇に浮かぶ水鷺隝大彌國神社を見つめた。


「……」


 潮の匂いを含んだ風が吹き、世莉樺の長い黒髪を泳がせる。

 そして世莉樺は再び朱美と日和を向き、頷いた。二人の友人が歩を進め始め、世莉樺はその背中に続く。

 心身共に疲労状態にあるにも関わらず、世莉樺はその日、中々寝付く事が出来なかった。同室の朱美と日和を含む数人の友人が寝息を立てている中、彼女は布団の中で今日の異常体験の事を考えていたのだ。

 けれど、最終的には世莉樺も友人達と同様に眠りについた。

 夢路をたどる直前に、世莉樺は今日の出来事が全て悪い夢か何かであり、何事も無い明日が訪れる事を願った。そして、その願いが踏み躙られる事になるとは、僅かも考えなかった。



  ◎  ◎  ◎



「んっ……」


 布団の中で、世莉樺は目を覚ました。周りは静かで、同室の生徒達は誰もまだ起きていないらしい。

 充電器に繋がれた携帯電話を手に取り、寝ぼけ眼のまま時刻を確認してみる。


「え!?」


 眠気が一瞬で吹き飛ぶ。

 ディスプレイの時刻表示によると、現在時刻は朝の七時二十八分だった。集合時刻は七時三十分、残り二分も無い。


「や、やばっ、大変!」


 世莉樺は慌てて布団を払い、弾かれるように身を起こす。

 いつも弟妹や親の世話の為に朝早く起きている為、早起きには自信があった。だが中々寝付けなかった事が原因で、寝過ごしてしまったらしい。


「皆起きて! もう時間になるよ!」


 まさか、自分が皆を起こす事になるとは思わなかった。

 だが、友人達は誰も世莉樺の声に反応を示さなかった。それ所か、体を動かす事すらも無かった。


「ちょ……ちょっと、本当に遅れちゃうってば!」


 いつも二人の弟妹にするように、世莉樺は手近な位置で眠っていた朱美の布団を捲る。彼女はうつ伏せの状態で眠っていた。


「朱美起きて、時間だよ!」


 反応は、無かった。

 思い返せば朱美と日和は昨日、柚葉の捜索に加わってもらっていた。その発端は、世莉樺が志願した事。自分が言い出した事で彼女達に余計な苦労をかけ、疲れさせてしまったのかと思い、申し訳無い気持ちになる。

 しかし、時間は守らなくてはならない。


「朱美ってば!」


 少々手荒い方法だと感じつも、世莉樺はうつ伏せの状態だった朱美の体を転がす形で、無理やり仰向けの体制にした。

 ――そして、見開かれた朱美の両目と視線が重なった。


「ひっ!?」


 驚いた。

 

「ちょ、ふざけないでよ朱美、早く起きないと……!」


 よく朱美が自分にそうするように、世莉樺は彼女の頬を人差し指でつついてみる。

 次の瞬間、悲鳴が喉の奥で押し潰された。


(冷たい……!?)


 まるで氷のような冷たさ。朱美の肌に少し触れただけでも、彼女が体温を失っている事が分かった。以前として彼女の両目は見開かれ、何処にも像を結んでいない。

 どう見ても、どう考えても、朱美は正常な状態ではなかった。

 大変だ、朱美の身に何かが起こっている。それを認識した瞬間に、世莉樺の思考は焦りに埋め尽くされた。


「日和!」


 続いて、日和を呼んでみる。

 彼女は仰向けの体制だったので、すぐに様子を確認する事が出来た。


「あっ……!」


 日和も、目を見開いていた。頬に触れてみると、冷たい。

 朱美と全く同じ状態だった。


「優香、晶華、琉那……!」


 それぞれの名前を呼びつつ、残りの友人達の様子も確認したが、誰からも返事は無かった。そして皆、目を見開いてその身を氷のように冷たくしていたのだ。

 ――死んでいる? 恐ろしい疑問が世莉樺の頭に浮かぶ。


(そんな、どうして……!?)


 友人達は皆昨日まで元気で、体調不良を訴えている者も居なかった。

 それなのに何故、こんな事になってしまったのか。


(とにかく、人を……!)


 死んでいるだなんて受け入れられない、居ても立ってもいられなくなった世莉樺は助けを呼ぼうと、ものの数秒で制服に着替えて部屋を飛び出した。


「えっ……!?」


 そして廊下の状況を目の当たりにし、絶句した。






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