死ねばいいのに
「死ね」
という言葉を、俺と同年代のヤツ達は、皆言った事があると思う。
なんて他力本願な言葉だろう。
「殺す」ならまだしも、
「死ね」なんて………。まったく生産性が無い言葉だ。
「孝?朝よ。起きてご飯食べなさい」
―――戸口から声が聞こえて、目が覚めた。とりあえず俺は時間を確認する。………うん、そう。今日は平日。学校に行く日だ。
「孝?起きたの?返事しなさい!孝!?」
「起きたよ………うるさいなぁ」
「まぁ、親に向かってうるさいとは何よ!!早くご飯食べなさい!!」
「わかったから………」
なんとなくぼーっとしているので、俺は洗面所に行き、顔を洗う。うん。もう大丈夫。スッキリした。
テーブルにつくと、そこにはすでに朝食が用意されていた。ベーコンハムエッグと白米。ナイス和洋折衷。昨日と同じメニューだ。
「はやく食べなさい」
「何回も言わなくていいよ。
わかったから」
「さっきから、その態度は何よ!!親を何だと思ってるの!?」
「母さんは母さんさ。何とも思ってない何怒ってるの?」
「だから、その態度を怒ってるの!!何なのよ貴方は!!何様のつもり!?」
それを聞いて俺は怒った。朝からゴチャゴチャうるさいし、朝食は同じだし………。とにかく、色々溜まってたヤツが、一気に吹き出してきたのだ。
普段は、成績優秀で、多少マザコンの気がある、いたって真面目な人間をやっている俺だが、
やはり年齢的に反抗期らしい。
「だからうるせぇっつってんだろ!!少し黙れよ!!黙る努力をしろよ!!つーかどんだけバカなんだよお前!!俺の言ってる事わかる?ワカリマスカ〜?」
少しだけ、女手ひとつで育ててくれた母に、申し訳ない気分になった。たが、もう後には引けない。
「な、何よ!!私は貴方の親なのよ!?貴方なんか、生まなきゃよかった!!」
「だから何だよ!!マジうぜーな!!」
そして俺は、
「母さんなんか、死ねばいいのに!!」
と言った。
また、反論が来ると思っていた。だが、母さんが言った言葉は、予想とは全く違って、
「………わかったわ」
と一言だけ言い、台所から出て来て、俺の前に立った。母さんの右手には、包丁が握られている。
俺は、状況をいまいち把握できないでいた。
そして次の瞬間、母さんは包丁を自分の喉に突き刺さした。突然力を失い、俺に倒れかかる母さん。俺は、まだ何が起こっているのか理解できなかった。母さんは、喉に包丁を突き立て、俺の腕の中にいる。
「母さん?何してんだよ母さん!?」
母さんは何か言いたそうにしている。俺は、母さんの喉から包丁を抜いた。
プシュッと音がして、母さんの血がドクドクと流れてきた。
血。暖かい母さんの血。母さんに暖かさを感じたのは、いったい何年ぶりだろう………。
母さんの目は、もう焦点が合っていない。それでも、必死に俺の手を掴み、何かを言いたそうにしている。
「何?何?母さん」
母さんは、声が出ていないのに、必死に口を動かしている。
何が言いたいのか、唇の動きでわかった。
「う・ら・む・わ」
間違いなくそう言った。そして母さんは微笑み、事切れた。
血まみれで微笑んでいる母さんは、まるで蝶のように、華麗で、妖艶だった。
実は美人だったんだね。母さん。
………俺は、母さんが死んだというのに、母さんに恨まれたというのに、案外冷静でいる自分が怖くなって、家を飛び出した。
とりあえず走っていた。だが、俺の頭はずっと冷静だった。
何故母さんは自殺したのだろうか。色々な仮定が頭にうかんだが、一番はやはり、俺との喧嘩だろう。そう結論づけて、俺は走るのを止めた。
ただ母さんは、というか人間は、あんな簡単な事で自殺するのだろうか。俺は、もう一つの、あり得ない仮定が思い浮かんだ。
どうにかして、仮定を確定に変える方法が無いか考えながら歩いていると、人とぶつかった。
「痛ってぇな!!なんだテメェ!?」
何か、いかにもバカそうな人だった。服装も、チャラいというか、バカいというか。とにかく、いかにもな男だった。
「おぃ!!聞いてんのかお前!?」
辺りを見渡すと、全く知らない景色が広がっていた。どうやら、街に来てしまったらしい。
てゆーかこの人、平日のこの時間に街をうろついてるなんて。最近流行った、ニートというヤツか。
「おい!!」
「………ぁあ。そうでしたね。ぶつかってすみませんでした」
「冗談じゃねえ!!謝ってすむ問題かよ!!」
謝ってすむ問題だよ。
とは思ったが、俺は、ある実験をするために、この人を使う事にした。
「そうですね。謝ってすむ問題ではないのかもしれません。ですが、俺はあなたと話していると、もう苛立ってしょうがないので、これで失礼します。まあ、失礼なのは、あなたの方ですが」
「テメェふざけんなよ!!こった来いやぁ!!」
予想どうり、安い挑発に乗って、人気の無い所に連れて行ってくれた。
これで試せる。
「ほらぁ。お前。今なら金出すなら許してやるぜ?」
「………じめてだ」
「あん?」
「初めてですよ。あなたの言葉に、『!』が入らなかったのは」
「テメェ、いい加減にしろよコラァ!!」
俺は一応、
「恨まないで下さいね?」
と言っておいた。
「うるせぇ!!黙って金出して殴られろ!!」
これ以上は限界なので、実験を開始する事にする。と言っても、一言話すだけだが。
「うざいよお前。死ねよ」
すると男は、突然動きを止め、俺の方を向き、いきなり舌を噛んだ。
男は、余りにあっけなく倒れた。
俺に倒れかかって来たので、すぐに避けた。母さん以外の血で、服を汚す気なんて毛頭ない。
バタンと音をたてて倒れる男。母さんと違って美しく無いね。
だが、これで解った。信じられないが、俺が感情を込めて言った言葉は、本当になるらしい。
今まで、感情を表に出さずに生きて来てよかった。優秀に育ててくれた母さんのおかげだ。
………考えてみれば、人に
「死ね」と言ったのは、母さんが初めてだ。
あぁ。
母さん、母さん!
俺が殺したんだ!!
そう思うと、胸がキュウと締め付けられたように痛くなった。
もう母さんに会えない。そう思うと、涙が出て来た。
ずっと、俺は泣いていた。泣きながら様々な事を考えていた。
確かに、この力を使えば、俺は何にだってなれるだろう。どっかのマンガみたいに、悪人ばかりを殺して、新世界の神になる事さえ可能だ。俺も、頭脳には自信がある。
だが俺には、何の野心も好奇心も、沸いては来なかった。
母さんの所に行きたくて、しかたがなかった。
しかし、自殺する勇気は出てこない。
でも、決意したんだ。必ず母さんの所に行くって。
そして俺は立ち上がり、交番へと向かった。
死ぬために………。
母さんの所に行くために。
「どうしましたか。地図ですか?」
交番に着いた途端に、男性警察官が話しかけてきた。本当に、日本の警察は優秀なんだなぁと思った。
「どうしましたか?落とし物ですか、事件ですか?」
「あの………、本当にすみませんが、あなたを使います。ごめんなさい」
さっきのニートより、ずっと好感が持てる人物だったので、二回謝っておく。警察官が、拳銃を装備している事を確認する。
「はい?何の事ですか」
「あの、あなたのその拳銃で、俺を………、俺を殺して下さい!!」
すると、警察官の目が虚ろになり、拳銃を俺の頭に照準をあわせて構えた。
これで良いと思った。
もう、自分の冷静さが嫌になっていた。
今行くよ。母さん。
パーンッ、パーンッ。
発砲音が脳髄に響く。
まいったな。
最後まで俺は、冷静だ。
皆様、お久しぶりです。来々です。今回の主人公は、マザコンです。私は、男の誰しもが、マザコンの素質を持っていると思うのですが、実際の所はどうなんでしょうね。それでは、次回もご期待下さい。来々でした。