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五話

「……で、どうだったんだ?」

 いつもの酒場のいつもの席から、オグバーンが聞いてきた。

「聞くまでもねえか。その顔じゃ……話してみろ」

「聞いてくれるか?」

 オグバーンは強くうなずく。やっぱり、頼れるのはオグバーンだけだ。

「僕、彼女に……振られたんだ」

 言葉に出すと、あの時の場面がよみがえるようで、僕の胸は締めつけられた。視線を上げると、向かいのオグバーンは驚いた顔で僕を見ていた。が、その口の端が若干笑っているのを僕は見つけた。

「……笑い話じゃないんだけど」

「な、何だよ、笑ってねえだろ。……そりゃ残念だったなあ。いい子だったんだろ?」

 いい子――あれさえなければ。

「彼女、超の付く几帳面だったんだ」

「几帳面なのは、別に悪い事じゃ――」

「超が付いたら、もう僕には対応しきれないよ。多分、オグバーンだって」

「……まさか、それが別れた理由なのか?」

 僕はうなずく。

「本当かよ? そんな理由、初めて聞くぞ」

 僕だって初めての体験だ。

「椅子の位置を、ほんの少しずらされるのも許せないんだってさ。僕にはまったく理解できなかったよ」

「え、何だそれ? 冗談だろ?」

「そうじゃないから別れたんだよ」

 実話と知って、オグバーンは口をぽかんと開けて僕を見る。

「それ、別れて正解なんじゃねえか? 俺っちならそう思うけど」

 僕もそう思いたい。でも、几帳面を知る以前の彼女を見ている僕には、どうしても未練が残ってしまうのだ。

「昔はあんなんじゃなかったんだ。もっと普通の、可愛い人だったんだ。……時折、僕を無視して勉強のほうにのめり込むこともあったけど、それでも幸せだったんだ」

「……お前、二の次にされてたの?」

「あの頃は、お互い試験勉強で忙しかったから……それでもちゃんと恋人として一緒に会ってたよ」

 あの頃のアーシャは一体どこへ行ってしまったんだろう。あんなひどい几帳面さなんて、これっぽっちもなかったのに。

「意外に向こうはお前のこと、恋人なんて思ってなかったんじゃねえか?」

 酒を飲みながらオグバーンは軽く言う。

「それはない! 彼女は僕と付き合ってるって言ってくれたし、そうじゃなきゃ何度もデートに来てくれないよ」

「ならお前が向こうのことを理解してなかったってことだ。表面だけ見て、中身を知ろうとしなかった。それで上手くいくと思うか? いずれお互いの違いが見えてくるんだ。恋人ごっこじゃ続くわけがない」

 恋人ごっこ――まるでオグバーンに殴られたような気分だ。僕はあくまで真剣なつもりだったのに、この恋愛をごっこ呼ばわりされるなんて……。

「……何だ、へこんでんのか?」

「オグバーンの言う通りだ。正しすぎて反論もないよ」

 少し、いらっとした。でもそれは図星をつかれたからだ。僕は最初、アーシャの容姿に惹かれた。その後付き合うようになっても、僕はアーシャの表面しかみていなかったんだ。日々の生活や、何を思って勉強しているのかなんて想像もしたことがない。ただ一緒にいられればそれでいいと満足していた。まさに恋人ごっこだ。内面も知らずに結婚したいなんて考えていた自分は、何て幼稚なんだろう……。

 僕は立ち上がり、オグバーンに握手を求めた。

「ありがとう、オグバーン。君の言葉で僕の中の未練がなくなりそうだ。本当にありがとう!」

「き、気持ち悪いな、握手なんかいいよ」

 オグバーンは僕の差し出した手を、うっとうしそうに、しっしっと追い払う。嫌がられた僕は仕方なく椅子に座った。

「……ところで、本題のほうはどうなったんだよ」

「本題……?」

 ……はっ! 振られた衝撃が強すぎて、忘れかけていた。

「おいおい、あんなに騒いでおいて、忘れて――」

「忘れてなんかない!」

 僕は思わず机を思い切り叩いていた。オグバーンはきょとんとしている。……いけない。落ち着かなければ。

「……ごめん。力が入っちゃって」

「お、おう。……で、何かわかったのか?」

「まったく。ただの一つも出てこなかったよ。それでもわかったのは、呪いをかけられた者は、全員死んでるってことだけだ」

「絶望だな」

 オグバーンはにやりと笑う。その通りだ。もう僕には絶望だけなのだ。

「どうするんだ? まだ呪い解く方法ってのを追っかけるのか? それとも、いい加減諦めて、楽になったらどうだ」

 楽に――そうだな。じたばたしても、呪いは僕から離れてくれそうにない。それならいっそ、楽な道を選ぶのも方法かもしれない。

「オグバーン、そうするよ」

「え、本当か? じゃあ――」

「呪いでひどい死に方をする前に、自分で死ぬよ」

 オグバーンが絶句して僕を見つめる。……どうしたんだ?

「……お前、何言ってんだ?」

「だって、呪いからは逃れられないんだ。だったら自分で楽に死んだほうがいい。そうだろ?」

 驚きと呆れた目でオグバーンが僕を見る。

「俺っちがいつ、自殺しろなんて言った?」

「だって、楽になれって……」

「そういう意味じゃねえって!」

 急な大声に思わず体が揺れた。

「俺っちは、呪いなんてわけわかんねえもんは、もう信じるなって言ったんだよ。信じなきゃ恐怖も死も見えやしないだろ」

「信じるなって言ったって、もう呪いは現れてるんだから、どうしようも……」

「現れてる? いつだよ」

「話しただろ? 占いの帰り道に、馬にひかれそうになったって」

「あれは、ただお前が運悪かっただけの話だろ! 呪いじゃねえ」

「いや、絶対呪いだよ」

「違うって。お前の思い込みだ!」

「僕にはわかる。あんな不運――」

 言葉が止まった。ふとある考えが頭をよぎる。まさか、今回のことも呪いのせい……?

「……どうしたんだよ、黙って」

 アーシャが昔と変わってしまったのが、僕の呪いの影響だとしたら……想像するだけで総毛立った。この呪いはもう、僕の枠を飛び出して、身近な人間にも迫ろうとしているんじゃ……! 恐ろしさに僕は思わず立ち上がっていた。

「な、何だよ急に……顔色、悪くねえか?」

「確定だ」

「何がだよ」

「呪いは間違いなく、僕にかかってる」

 オグバーンは飽き飽きした表情を見せる。

「だあから、思い込み過ぎだ。何でそんなに呪いにかかりてえんだよ、お前は」

「かかりたいんじゃなくて、すでにかかってるんだよ。……気付いたんだ。こんな別れ方をしたのも、僕の呪いが――」

「またそれかよ! 現実受け入れたらどうだ? お前と彼女はもとから合わなかったってだけだろ」

「違う! アーシャは僕の呪いの影響でああなってしまったんだ。その証拠に……」

「はん? 証拠に?」

「ハーブティーとピクルスを出された」

 短い静寂が訪れた。オグバーンは腕組みをしながら僕を見つめている。

「……俺っちは今、真面目に話してたつもりだぞ」

「僕だって真面目だよ。……アーシャは僕に、苦手なハーブティーと、もっと苦手なピクルスを食べさせたんだ。出されたものが全部苦手なものって、こんなこと普段じゃあり得ないよ!」

「ちょっと待て。お前、それ本気か?」

「しかも帰り道に、それ全部吐いたんだ。本当に辛かった……」

「糞の次は、ゲロかよ……確かに、こう並べられると呪いのせいにもしたいだろうけどよ、一つ一つ見れば、ゲロは苦手なもん食わされたからで、当然吐くよな。で、彼女がその二品を出したのは、お前のことを全然知らなかったからだろ。知らないから自分の趣味で出したまでの話だ。この中に呪いの入る余地は皆無だと思うぞ」

「呪いを侮るべきじゃないと思う」

「は?」

「一見、日々の不運な出来事と思うようなことが、実は呪いの予兆なんだ」

「……呪いにも予兆なんてもんがあるのか?」

「僕は二度も体験してるんだよ。多分、これからも起こるはずなんだ。僕が死ぬまで、何度も」

 僕はそれを耐えられるだろうか。いつ死ぬかわからない、終着点の見えない時間の中で……。その間にも、呪いは僕の周りの人々に悪影響を及ぼすだろう。そんな状況におちいるなら、思い切って自分で自分を手にかけたほうがいい。そうすれば、すべての問題が解決できるはずだ。

「そういうことだから、僕は死のうと思う」

「死ぬほどの理由か? それ」

「僕の呪いで、皆に迷惑はかけたくないんだ」

 オグバーンは不機嫌な顔で頬杖を付き、僕をじっと見る。

「……あっそ。じゃ、お前の両親を悲しませることは、迷惑じゃないって言うんだな」

 どきりとした。そして瞬時に両親の顔が頭に浮かんだ。ここまで育ててくれた恩は、まだまだ返し切れていないし、錦を飾るほどの結果も出せていない。そんな中で先に子供が逝くことは、両親に対してどれだけの親不孝か、僕にだってさすがにそれはわかる。でも、この呪いはどうしようもないんだ。いくら両親が離れた場所にいても、影響しないとは断言できない。万が一、呪いが影響してしまったら、その時、後悔するのは僕なんだ。あの瞬間、決断できなかったと悔やむ日が来てはいけないんだ。だから僕は――

「もう、決心した。気持ちは変わらない」

 うなだれたオグバーンは、大きな溜息を吐いた。

「……お前の馬鹿さ加減には呆れたよ。わかった。俺っちはもう何にも言わねえ。お前の好きにしろ。でも、最後に言わせてくれ。俺っちの目の前でくたばるなよ。俺っちはお前に死んでほしくないんだからな」

 オグバーンはそう言うと、僕からすっと視線を外した。……これは、ぶっきらぼうだが、僕が死ぬのを真剣に止めてくれているのか? 何だか胸の奥にひしひしと熱いものを感じる。彼はやっぱり、心からの友人だ……。

「僕はオグバーンと出会えて、本当に幸運だったよ。今まで友人でいてくれて、ありがとう。君の見えないところで、僕はひっそりと死ぬことにするよ」

「そうしてくれ」

 吐き捨てるように言って、オグバーンはコップの酒を一気に飲み干した。

「おかわりー」

 遠くの店員にオグバーンは空のコップを掲げ見せる。

「お前は飲まないのか? 人生最後の酒だろ。……あ、まだ金欠か」

「いいんだ。オグバーンの飲みっぷりだけで十分だから」

「何だそれ」

 にっと笑ったオグバーンは、手元のつまみを口に放り込む。

「じゃあ、明日にも軍、やめるつもりか?」

「……ああ、そうなるね」

 そうか。軍もやめないといけないのか。辛いことも多かったけど、少し寂しい気もしてくる。

「兵舎出た後、お前どこ行くんだ?」

「う、うーんと……どこかな……」

 死ぬことしか頭になくて、そこまでのことはまったく考えていなかった。とりあえず、オグバーンの目の前からは消えなくちゃいけないから、この街からは出ないといけないかな……。

「死に方は?」

「え?」

「死に方。どうやって死ぬんだ?」

 ちょうど店員がおかわりの酒を持ってやってきた。オグバーンはそれを受け取り、つまみを噛みながら、まるで世間話のように聞いてくる。ついさっきまで、死んでほしくないと止めた人間とは思えない質問だ……。

「手っ取り早く、首つりか?」

 自殺と言えば、まず首つり自殺を想像するけど――

「……それって、苦しいかな」

 オグバーンは目を丸くして僕を見た。

「首つってんだ。苦しいに決まってるだろ」

 そりゃそうか。息をロープで止めるんだから苦しいか。

「苦しくない方法って、ある?」

 オグバーンが眉間にしわを寄せて見てくる。

「お前さあ、もともとの考えが違うんじゃねえか? 自殺ってのは、全然苦しくないとでも思ってんのか?」

「そういう方法も、あるかなと――」

「甘い! 自分が死ぬんだぞ。心臓が止まるんだぞ。そこに何かしらの苦痛が起きないわけがないだろ」

 それは当然かもしれない。でも、それじゃ困る。

「呪いをかけられた人は、皆ひどい死に方をしてるんだ。迷惑をかけたくないのもあるけど、僕はそんな死に方が嫌だから、自分で苦しみなく死にたいんだ」

 これにオグバーンは、小さく首をかしげた。

「お前さあ……」

「何?」

「……いや、何も言わないって言ったし、いいや」

 何だ? 何を言いたかったんだろう。

「とにかくだ、死ぬってことは、苦しいことなんだ。まして自殺なんか余計だろ。その数ある苦しい方法の中から、比較的楽な方法を選ぶしかないんだ、お前は」

 数ある方法……。

「例えば、どんな方法がある?」

 こんなこと、生まれてこの方考えたこともないから、僕にはいくつもの方法なんて思い付けなかった。いくつか教えてくれると思っていたら、オグバーンはぷいと顔をそむけて言った。

「そんなくだらねえこと、自分で考えろ。そもそも俺っちに聞くのはおかしいだろ。俺っちはお前に死んでほしくない立場なんだぞ」

「ああ、そっか……」

 確かに聞く相手が違うな。仕方ない。自分で考えるしかないか。……首をつる他に、方法ってどんなものがあるんだ? 次に聞いたことのある方法は……高い場所からの身投げ。この辺りで一番高い場所って言ったら、やっぱり王宮の東の塔だけど、あんなところに入れるわけがない。じゃあ二番目に高そうな場所は……北の渓谷にかかる橋か。下に流れる川を見下ろすと、目がくらみそうなくらい高さがある橋だ。あそこから飛び降りたら――いや待て。今の時期、川の水量は確か一番少ないんじゃなかったか? 川に飛び込んだ瞬間、全身を岩肌に打ち付けて、出血の骨折のばらばら状態になるんじゃ……!

 僕は首を振った。身投げは駄目だ。指をちょっと切っただけでも痛いのに、全身を傷だらけにして死ぬなんて考えられない方法だ。これは却下だ。

 他には何があるだろう。聞いたことがあるのは……昔、狂信的な男が、神への信仰を示すために自分の体に火を付けて、そのまま焼け死んだことがあったらしい。これも一応自殺ということなんだろうか。それにしても、火に焼かれて死ぬなんて、まるで古代の刑罰の再現だ。お湯の入ったポットに誤って触れただけで全身が跳び上がってしまうのに、火が体に付いたら、それの何十倍も熱く痛いのだ。しかも火はなかなか消えない。それまで、あるいは気を失うまで、もがき続けるしかない……なんて恐ろしい状態だ! 僕にはそんな方法、絶対にできないし、やる気も起こらない。

 僕が頭をひねっている最中、向かいのオグバーンを見てみると、彼は酒を飲みながら僕をにやにやと眺めていた。酔いが回ったようには見えないけど……。

「……どうかしたか?」

「別に。ただ、お前見てるとおもしろいからさ」

「おもしろい?」

 よくわからないが、僕は一応自分の身なりを確認した。おかしなところはない。

「格好じゃなくて、顔だよ」

「え? 何か付いてる?」

 僕は顔全体を両手でまさぐってみた。これにオグバーンはくすくすと笑う。

「違う違う。そうじゃねえって。……お前、考えてること、全部顔に出てたから」

 笑われた理由はそれか! 自分じゃまったく気付かなかった。ちょっと恥ずかしいな。

「どんな方法を考えてたか知らねえけど、どれもお前のお好みじゃないみたいだな」

「……うん。できそうな方法なんてないよ。これじゃ生き続けなきゃならなくなる。お願いだオグバーン。何でもいいから、方法を教えてくれ!」

 何も思い付かない今、最後の砦、オグバーンにすがるしかない。僕は真剣にオグバーンの目を見据えた。うるせえとか言われて、すぐにあしらわれるかと思いきや、オグバーンも同じように僕をじっと見ていた。これは、何か一つでも教えてくれるのか? そう期待していると、オグバーンはおもむろに口を開いた。

「やっぱお前さあ、本当は死ぬ気なんかないんじゃねえか?」

 方法を言うのかと思ったら、僕に死ぬ気がない? 驚きすぎて僕は口を開けっぱなしにしていた。

「死ぬことには何も言わないつもりだったけど、どうもお前の気持ちが定まってないような気がしてさ……前言撤回で言わせてもらう」

「僕の気持ちはちゃんと決まってるよ。だからこうして死ぬ方法を――」

 僕の反論をオグバーンは手で制した。

「俺っちが思うに、本当に死にたいやつは、死に方なんて選ばないと思うんだよ。一人になった瞬間、ロープなり刃物なり使って、さっさと死ぬと思う」

「だから、僕は呪いのひどい死に方が嫌だから、痛みの少ない方法で――」

「そこにこだわってる時点で、お前が心底死にたいようには思えないんだよ。絶望した人間は、死に直行するはずだ」

 オグバーンは何を言ってるんだ。僕がこんなに死にたいって言ってるのに。

「僕の中の覚悟がどう見えるのか知らないけど、何と言われようと、僕は絶対に死ぬから。誰にも迷惑かけないために」

「自殺されることが、すでに迷惑なんだよ……」

「……何?」

「別に」

 オグバーンは不機嫌な顔で酒を飲む。そんな顔しなくたっていいのに。

 すると、オグバーンは机にコップを叩き置くと、すっと立ち上がって席を離れようとする。

「どこ行くんだ?」

 振り返ったオグバーンの目が、じろりと僕を睨む。

「帰るんだよ。まずい酒、飲んでられねえからな」

 行こうとする後ろ姿を僕は慌てて止めた。

「ちょっと、ちょっと待って。まだ話が――」

「くだらねえ話なら、もう聞く気ねえよ」

「くだらない? 僕は真剣だ。真剣に話してるつもりだ」

 間が空いた。オグバーンの肩がわずかに震えていた。

「仲間が死ぬ方法を聞き続けるなんて、こんなくだらねえことないだろ」

 振り向いたオグバーンは、怒りとも悲しみとも取れる複雑な表情だった。

「お前が本当に死にたいって言うなら、俺っちはその意思を尊重して口出しするつもりはなかったよ。でも、それも疑問だ。もう一度言うぞ。俺っちはお前に死んでほしくない。一番の友人として生きててほしいんだ」

 言葉からオグバーンの心が響いてくるようだった。友人として僕には生きていてほしい――それがオグバーンの素直な気持ちなのだ。でも、僕には過酷な死が迫っているんだ。呪いが周りに及ぼす影響もある。苦痛から逃れるためには、やっぱり死を選ぶしかない。残念だけど、オグバーンの希望には応えられないよ……。

 僕が黙っていると、オグバーンは察してくれたのか、小さく溜息を吐いた。

「……わかったよ。お前がそんなに馬鹿だとは知らなかった。死にたきゃさっさと死んじまえ」

 力の抜けた口調から諦めが伝わる。オグバーンは僕に愛想を尽かしたのかもしれない。

 僕はどうすればいい? 死ぬ方法もわからないのに……。咄嗟に僕は、酒場を出ようとする背中を呼び止めていた。

「オグバーン……」

 呼んだものの、後の言葉が続かない。立ちすくむ僕をオグバーンはいちべつする。

「医者にでも診てもらえ。お前の頭ん中、どうかしてるぞ」

 オグバーンは暗い外へ消えていった。ひどい言われようだ。僕の頭がおかしいだなんて。呪いは怖いけど、頭は至って正常だ。この不安を取り除けるって言うんなら、医者にだって相談してるさ……。

「……ん?」

 僕は元の席に戻ろうとして足を止めた。何か閃く感覚があった――そうだ。医者という人間がいるじゃないか! 人体についての知識を膨大に持っているのだ。生かす方法を知っているのなら、死ぬ方法だって知っているに違いない。彼らは生死の専門家と言ってもいい職業だ。何で今まで気付かなかったんだろう。こんな身近に答えを知る人間がいたことを。

 僕はすでに夜の闇に消えて見えないオグバーンの姿を目で捜した。愛想が尽きても、結局オグバーンは僕を助けてくれた。彼は不本意だろうけど、僕はまた感謝したい。やっぱりいい友人だ。

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