第八話 女の戦いです
9/15 少し修正しました。話の大筋は変わっていませんが、細かい部分を書き足しました。
放課後――私はまたもや昨日と同じ場所へやってきた。
(音楽室って鬼門になるかも…)
音楽室を開けると、いつもの爽やかな空気とは打って変わった、甘ったるい香水の匂いがした。
(キッッツ。高級ブランドの香水だからって、何種類も一緒に付けたら高級ブランドも台無しだっつうの。こんなんだから、化粧濃いおばさんって言われて女の子たちに嫌われるのよ)
明らかに、男受けを狙った化粧に服装。
素敵な女性というのは、コテコテと化粧を塗りたくった人ではない。もちろん「自然が一番!」とか言って肌の手入れやムダ毛の処理をしない人もそうではない。適度に手入れをし、見ていて不愉快にならず清潔感が漂う適切な化粧をした人である――麻衣子ちゃんのような。
(一応プロモーションは最高だけど、私だったらこんなに性格の悪い女狐お断り!)
こういう女は同性受けが悪いのだ。
「二日ぶりね。尾ノ上さん」
「あなたは相変わらずお年を気にした出で立ちですね。そんな厚化粧じゃ肌に悪いですよ」
「ほんっとに、減らず口ばかりの生意気な子ね」
「本当に私は素直なので。どうしても思っていることがすぐに口に出てしまうんです」
「ほんっとに、ムカつく」
「まあ、あなたは先生なのにそんな言葉遣いはどうかと思いますよ」
「うるっさいわね!まあいいわ。今日はその生意気な顔にギャフンと言わせることができるかと思うと清々するわ」
「はあ」
(ギャフンなんて古いな)
これ以上は火に油を注ぐようなものなので黙っておく。
そう。
ここ最近の頭痛の種は、この人―――秋野麗子による度重なる呼び出しのためだ。
この呼び出しは実に一ヶ月程前から週三回くらいのペースで始まった。
きっかけは、彼女の国語の授業で、いびられていた女の子を、この達者な口で秋野を丸めこみ、庇ったことである。その後、私の授業態度が気に入らないなどという理由で他の先生たちに気付かれないよう、この音楽室に呼び出されるようになった。
彼女は、麻衣子ちゃんという音楽の教員免許をもった先生がいるにも関わらず、麻衣子ちゃんを押しのけて、我が校唯一の音楽系の部活である合唱部の顧問をしている。だから、放課後の音楽室は彼女の独裁場となった。
楽器や部活に必要なものは第一音楽準備室に保管されており、普段麻衣子ちゃんが使用している第二音楽準備室は、他の科目の教官室と同じように下の階に配置されているので、この呼び出しは麻衣子ちゃんも知らないことである。
当初は私の素行に関する嫌みを言うだけだったので、私も聞き流すだけであまり大したダメージを受けていなかったのだが、秋野はねちっこく、どうやって嗅ぎつけたのか分からないが、一週間前から私と先生の関係についてそれとなく匂わせる発言をするようになった。
これには精神をすり減らされる思いだった。これといった証拠もないから何ともないふりをしていたのだが、今日のこの自信たっぷりな態度には、些か眉をしかめてしまう。
「あなたをここに呼び出したのは、この写真を見てもらうため」
そう言った秋野先生が差し出したものを見て、頭の中が真っ白になった。
鈍器で殴られたかのような衝撃が全身を駆け抜ける。
一瞬で固まった。
顔がどんどん真っ青になっていくのが分かる。
「…そ、それ…」
(まさかっ)
どうしても声が震えてしまう。せめて涙だけは、と歯を食いしばる。
「あらあら。いつもの憎ったらしい顔が台無しね…でも。仕方が無いわよね、こんなの見せられちゃ。私も初めはとてもびっくりしたのよー。何て言ったって、まさか、あの川村先生が生徒であるあなたと…」
その写真には御上市立櫻高校の制服を着た女と高級ブランドスーツに身を包んだ男が抱き合う姿が映し出されていた。
「やめてェッ」
気付けば叫んでいた。
「この写真がバラ撒かれたら…その後どうなるかくらい分かってるわよね?」
「ッ!」
「あんたに川村先生は渡さない」
「――」
「答えは、また明日ここで聞かせてちょうだい。あなたの賢明な判断を待ってるわ」
室内に扉が閉まる音が静かに響く。と、同時に。
どうしても守りたかったこの恋が、音を立てて崩れていった。