第五話 お説教タイムかと思いきや
(こういうの、女の子はグッとくるんだよ。ホント、女心を上手くつつくよなあ……受験勉強のしすぎじゃないなんて失礼なことを言われてもサラッと流せてしまうくらい)
「えっと――受験勉強のしすぎではないけれど…もう文化祭も終わって、いよいよ受験が迫ってきたでしょ。私の周りも必死で勉強し始めたし……ちょっと、そういう空気にプレッシャーを感じ始めたのかな。少し睡眠不足になっているの」
「へえー、お前がそんな繊細な心を持っていたとはな」
「何よ、その目」
「いや、可愛らしいなって思ってただけ」
「!」
その笑顔は反則だ。いつもの隙のない彫刻のようなほほ笑みではなく、犬歯をチラッと覗かせた少年のような笑顔は、私が大好きな先生の顔なのだから。
「俺もさ、高校の時は受験にプレッシャーを感じてたことあるよ。だけどさ、お前が今まで授業もサボらず毎日コツコツと勉強していたのを知ってる。確かに、今、他の奴らはスイッチが入ってるから、お前よりも賢くなっているように見えて焦るかもしれないけど、お前はお前のペースでいいんだ。きっと受験も上手くいく。俺は一応先生だから学年全員の合格を祈っているけど、俺個人としては、お前の受験を力一杯サポートしたいと思っている。だから、大丈夫だよ」
先生の言葉はいつだって、私の心にスッと入ってくるんだ。先生の言葉は私に力を与えてくれる。だから、先生の側は居心地がいい。
「ありがとう」
先生に近寄って、先生の胸に顔を当てた―――先生の匂いがする。
(なぜ、こんなにも先生の側は安心するのだろうか―――きっと答えは分かっている)
「今日はやけに素直だな」
「失礼な。私はいつも素直です」
「どうだかな」
お互いに軽口をたたき合う。スッと心が晴れて行くような気がした。いつの間にか先生の腕が私の背中に回っていた。ギュッと抱きしめられる。こんな時、「愛されているな」と感じる。
だから、私も自然と腕を先生の体に回していた。
トントントン。
「川村先生。尾ノ上さんへの指導は終わりましたか。そろそろ私からも指導を入れたいのですが」
「チッ」
「先生が舌打ちをしてはいけませんよ。川村先生」
「尾ノ上さんこそ、その真っ赤な顔を早くなおして、生徒に戻って下さいね」
(耳元で囁くな!おかげで、もっと真っ赤になった気しかしない)
先生は、ドアを開けて出て行った。まだ、担任が入ってこない辺り、廊下で立ち話でもしているのだろう。
火照った頬を必死で覚ましながら麻衣子ちゃんが入ってくるのに備えた。