第十八話 全ての道はローマに通ず
「さて」
何故、こんなことになったのだろう……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
わたしの目の前には、ニコニコ顔の麻衣子、少し眉を下げ今にも騙してくれと云わんばかりのいつも通りの顔をしている尾崎さん――まではいいとして。
何故、この尾崎邸に、至極面倒そうな顔をした充、キラキラと輝かんばかりの王子様フェイスを浮かべる優斗がいるのだろう。
そして、わたしはどうしてそんな二人に挟まれないといけないのだろうか…――席順に異議あり!だ。わたしは向かい側に行きたい!今こそ、声を大にして言おう!わたしはっッ――。
「どうしたのですか、明。何か、ご不満でもあるのでしょうか?」
「イエ、メッソウモゴザイマセン」
「では、話を進めましょうか」
そうして、魔王サマは、今回の件に関してアンサーを出すために、口火を切ったのであらされた。
「今回の件について、真実を明らかとするためには、まず、私たち『保科』『葛葉』『川村』がどういう一族なのかを話さなければいけません。もちろん、この面子を代表して私が我ら一族からの許可を得ています。ただ、これはどうか内密にお願いします。もしどこかで漏らせば『命がない』というくらいの覚悟をもってもらいます。それでも構いませんか?麻衣子、尾崎恩とその配下のモノたち」
「ええ、『命』って大げさだと思うけど、わたしは貴方のその想いに応えるつもりです。今回起こったことは確かに『異常』だったと思うし、きっとわたしの想像もつかない何かがあるのだと感じているの。きっと、このことは明や保科さん、充先輩とこれからも深く付き合っていく上で理解しておかなければならないことだと思う……口外するな、というならその通りに従うわ」
「有り難うございます。それにしても麻衣子は本当に鈍いのか、鋭いのか……貴方は?尾崎さん」
「僕も異論はないよ。もちろん、君たちだけに事情を語らせて終わりにするつもりはないからね。だいだい、僕サイドの事情は、特に一発で正体を見抜いた君には分かっていると思うけど、この場できちんと明かすつもりだよ。君たちとは、これからも長い付き合いになりそうだし、これでも永い時を過ごしてきたから人を見る目はあるつもりだよ――君たちの一族は分からないけど、君たちは信ずるに値する人間だと、ね」
「我らも、主さまがお決めになられたことに異存はありません」
「では、明。よろしくお願いします」
「なッ!あのッッ―――……ハイ。お話させていただくのだ」
前にいる麻衣子と尾崎さんから憐れみの視線を感じたが、そんな視線はもう慣れっこなのだ!……と、これ以上ふざけたら横のお方がどう出てくるか大変心配なので、そろそろ真面目に話そう。
「話せば長くなるのだが、な……」
時は遡り、今よりはるか古……古都と謳われるこの京の地は、政治・文化の中心として大いに栄えていた。
もちろん、中心には多くの人々が集まる。
時の権力者であったり、国の象徴であったり、平凡な民であったり―――様々な人が集まれば集まるほど、そこには歓喜・快楽・憎悪・嘆き・恨み・悲哀……それぞれの想いや思惑が絡まっていく。
そうした場所には、数多の「光」が生み出されてきた、だが。
「光」が強ければ強いほど、反対に「闇」も生まれやすくなる。
「光」と「闇」、「陽」と「陰」は表裏一体――これは、この世の大きな理なのである。
そんな京の地にて長い歴史の中でも特に『平安』と呼ばれる時代には、そうした「闇」――人ならざるモノの存在を畏れる人々が多くいた。そこで。
昔、陰陽頭を筆頭に、日本の律令制において中務省に属する機関の一つ、「占い」「天文」「時」「暦」を担当する『陰陽寮』が設置されていた。そこには今でも耳にする「陰陽師」と呼ばれる人々がいた。
そもそも、陰陽師とは、陰陽五行説を起源とする陰陽道に乗っ取って占術・呪術・祭祀を司っていた。例えば、天の相を読み後に起こる異常を察知するといった感じだ。
ただ、「陰陽師」と聞けば、人ならざるモノ…―――妖怪や怨霊など、此岸に生きる者にとって良くない影響を及ぼすとされる彼岸のモノを、呪術を用いて祓い、民に強い恩恵を授ける者と連想する人が多いだろう。
そうした流れは、陰陽師たちが、方位や星巡りの吉凶を伝えることを通して、天皇・皇族や、公卿・公家諸家との結びつきを強固にし、当時の権力のトップである朝廷の精神世界を支配し正規業務を越えて政権の闇で暗躍していったこと、そして今でも語り継がれる伝説の陰陽師――「安倍晴明」の影響が大きいであろう。
この平安時代には、「賀茂忠行」「賀茂保憲」「芦屋道満」など力ある陰陽師が輩出された中でも、「安倍晴明」の栄光は今の時代にも轟くほどである。
那智山の天狗という高位の妖怪でさえ封印したとされるなど、本当に人間であるのか、正直疑ってしまいたくなるほど、絶大な力を誇った稀代の陰陽師である。
だが、かの「平家物語」にもあるよう、栄華は永久に続くわけではない。
「盛者必衰」……勢いが盛んだった者には、必ず衰えがやってくるのだ。
陰陽師も例外ではなく、陰陽道は時代と共に衰退していき、かつては陰陽師として名声を極めた「安倍」一族は、「土御門」と名を変え京の地を離れていった……とされている、が。
実は密かに、「安倍」の血は、この京の地でも受け継がれていった。
何故なら、この地は長い歴史の中で数多の血が流れ、多くの人の嘆きや怨念が渦巻き、やはり人ならざるモノを誘ってしまう魔に魅入られた土地――古の都であるのだから。
元々、平安京は「四神相応」の思想の基、護りを重視して建設された都である。
だから、この古都を、そこに住まう人を、人ならざるモノ……取り分け魔に堕ちたモノから守るため、それぞれ四神を守護する四家とそれらを纏める一族として、「安倍」の血を受け継ぐ者たちが存在するのだ。
北「玄武」の地とされる丹波高地(船岡山)を守護する「船穂」家。
東「青龍」の地とされる大文字山(鴨川)を守護する「川村」家。
西「白虎」の地とされている嵐山(山陰道)を守護する「山景」家。
南「朱雀」の地とされる巨椋池を守護する「小椋」家。
そして――。
それら守護四家を束ねるのが、陰陽道の魔除けの呪符であり、安倍晴明がよく用いたとされる五芒星を由来とし、星の名を頂戴した一族、ホシナ……つまり「保科」家。
「保科」家をサポートする分家として、安倍晴明の屋敷があった地から名を頂戴した「一条」家、安倍晴明の母とされる狐の名を頂戴した「葛葉」家、安倍晴明の紋の別名から名を頂戴した「桔梗」家。
ここまで説明すれば、もうお分かりであろう。
わたし「葛葉 明」は、「葛葉」家の長女である。
わたしの幼馴染の一人「川村 充」は、「川村」家の次男である。
それから……。
わたしのもう一人の幼馴染「保科 優斗」は、我ら「安倍」の血を受け継ぐ者たちの頂点に君臨する「保科」家の御曹司である。
ようやく恋愛ものっぽくなってきたというのに……どうして、そういう流れにならないのだろう。
一歩進んで、二歩下がった感じがするこの頃です。
第十八話 別名「全ての道は陰陽師に通ず」




