第十四話 犬も歩けば棒に当たる
(バカだ!)
わたしは、大変な思い違いをしていた。
相手が〈化け猫〉なら、わたし一人の力で対処できると思っていた。
これでも、幼いころから陰陽道の修行を受けてきた身だ。
陰陽道の根幹とも云われる陰陽五行説に基づき、「木・火・土・金・水」の元素の流れを読み取り、それらがもたらす自然界の力を借りて、それらりに呪符や護符を扱うこともできるし、高位のものではないが、ある程度なら式神だって操れる。
だが、敵が〈猫又〉なら話は変わってくる。
猫又は神通力を備えており、人間の美男美女に化け人間の精気を喰らう、藤原定家が『明月記』に記したのを筆頭に、太古から人々を惑わし古典の怪談や随筆など過去数多の資料にも記されている列記としたバケモノだ。昔「猫鬼」や「金花猫」などと呼ばれていた〈猫又〉は、猫が妖怪に変化したものと云われる〈化け猫〉などとは比べものにならない。格が違うのだ。
何故、もっと調べなかったのか。何故、一人で行動したのか。何故何故…―――何度、何故を繰り返したところで、この状況が好転するわけではない。
自業自得だ。
元来、己よりも格上のモノを相手にしてはならないとされている。
何故なら自分に扱いきれなければ、逆にバケモノによって喰われる可能性が高いからだ。
こういう世界は、お祓い業を営む者にとってもバケモノたちにとっても『弱肉強食』が常だ。
もともとバケモノたちは人の魂を喰い糧とするが、ヤツらにとって一般人よりも見鬼などの人ならざる力をもった者の魂は極上とされる。
だから、ヤツらと会いまみえる際、自分の力量以上のものに遭遇したら即逃げろと言われるほどなのだ。
わたしの甘さが原因で、わたしがその報いを受けるならばいい。
しかし、ここで何もしないで這いつくばっていては、わたしのことを本気で想ってくれる大切な友も失うことになる。
そもそも麻衣子自身は陰陽道や妖怪などと前世を遡っても全く関わりはないだろう。
だが、彼女の魂は凄まじい輝きを放っている――そう、わたしたちのように此岸と彼岸を行き来するような異質な者たちやバケモノたちが惹かれてしまうほどの輝きを。
何故、彼女の魂がこんなにも高貴なものとなっているのか。
その原因は分からないが、重要なのはわたしにとって、麻衣子はかけがえのない友達だということだ。
幼い頃から此岸と彼岸を行き来していたからか、同じ年頃の人とある程度の関係は築けても、どこか浮世離れしているかのように異質だったわたしは、ここまで密に事情も知らない他人と関わることが出来なかった。幸い、年齢の近い同じ一族の幼馴染たちがいたから寂しい思いをしたわけではなかったが、やはり心のどこかでは「友達」というものに憧れていたのだ。
だから、わたしにとって初めて「友」と呼べる存在になった麻衣子の命を見捨てることなど、絶対にできるわけがない。
魂は幾ら素晴らしくても、非力な麻衣子――大事な友達を守る、そう決めたのだ。だからっッッッ!
歯を食いしばりながら、全身に走る痛みを堪えて立ち上がろうとした、その刹那。
ポン。
この緊迫した空気を和らげるような、優しい音が耳に届いた。
それが誰かに肩を叩かれたのだと気付いた時には、スッと全身の力が抜け、傷口の痛みが少し引いたような気がしてきた。
ふと気づけば、地面が青く光っている。足元に広かる陣は……この五芒星は、わたしにとって馴染み深いものだ。
(まさかッ)
わたしは、藁にも縋る思いで、肩を叩いた人物に視線を送った。
「だから、明はバカなんですよ」
そこには、絶対的な自信に満ち溢れ、堂々とわたしの目の前に立つ救世主がいた。
ボロボロの明さん。
カッコよく現われたのは、ヒーロー?…なの、か。
そして。
爆音がするほど、こんなにも、どんちゃかどんちゃか大騒ぎしているのに、未だ眠り続ける麻衣子さんは、一番のツワモノなのかもしれない…。
第十四話 別名「猫も歩けば魔王サマに当たる」




