第三話 腐れ縁は離れず
「へえ~。それで、この頃の明ちゃんは、講義が終わるとすぐに帰っちゃうんだね」
「ああ。何故ならクロたちが私を待っているからな」
「クロたち?」
「実はクロの他にも、金目で白い毛のシロ、茜色の目に光の加減によって金色にも見える毛をもつキン、目も毛も灰色だがどちらも艶やかでキラキラ銀色に光っているように見えるギンがいるんだよ!」
「そっか…―――明ちゃんって大抵のことはこなすし運動だってできる優等生なのに、どうしてネーミングセンスには恵まれなかったんだろうね…」
「別にそんな変な名前を付けた覚えはないんだが……」
「ま、このことは今更言ってもしょうがないし!」
「何気にちょっと傷付くことを言うよな…」
「きっとクロたちはとっても可愛いんだろうな!」
「!!その通りだ!!!み~んな可愛いんだがな!」
「…明ちゃん。そんな、身を乗り出さなくても…」
「特に、クロが可愛いんだ!その可愛さを語り出したら一晩では足りないな!!」
「…聞いちゃいない」
「尾崎家に行く時は、いつも専用のブラシを持って行ってな、縁側に座って庭を二人で眺めながら、クロの毛並みを整えているんだ。その時のクロは気持ちよさそうにあくびする姿といったら世界一だな!本当に愛くるしくて、わたしのハートを貫くのだ!それに、ブラッシングすればするほど、艶やかな黒い毛並みがさらに輝きを増して、まるで宝石のように光り輝く…――ああ、わたしはそんなクロを見るのが大好きなんだ。ずっと見てても飽きないし、心が癒される。それに、触ると本っ当に柔らかくてずっと触れていたくなるんだ!それにな!ブラッシクングが終わると、《ニャー》と名残惜しそうに泣いて、じっと見詰めてくるんだ。あのクルクルしたつぶらな瞳で見詰められると、時間も忘れてずっと…」
「そっかそっか。明ちゃんがクロ命!猫大好きってことは十分伝わって来たから、そろそろその辺で終わってくれるかな?」
「あ!すまない!つい我を忘れてしまった」
「大丈夫。わたしも可愛いものは大好きだから、可愛いものを愛でたい気持ちもよく分かるし…ただ、そろそろ止めないと、きっと二・三時間はずっと喋っていそうだもんね、明ちゃんは」
「ごめん。よく、兄さんに『明は猫の話になると暴走するから自重しなさい』って言われてるから気を付けようとしているのに…」
「そんな気にしなくていいよ。明ちゃんの暴走には慣れたから!だって、猫のことを話す明ちゃんは目がキラキラしてるもん。わたしはそんな明ちゃん、いいと思うよ!そりゃ、普段は大人しくてみんなから一歩引いた感じなのに、猫のことになると別人のように熱く語り出すのに、初めて見た時は驚いたけどね」
そう言いながら少しはにかんだ彼女は、目の前のアイスティーに口をつけた。
今日は平日。学生は学業が本分なので、こうして入学して早一か月が経とうとしている大学に来ている。
ただし、本日は突然三コマ目が休講となったので、大学の近くのカフェで友達とお茶をしている。え?どうして大学の構内でお茶しないのかって?何故ならここは教育大学なのだから。そう。ここは学生の大半が教師や塾講師など教育関係に就職しようと志す大学なのだ。ということで、一学年の学生の人数はおよそ三百人程度。普通の総合大学と比べてかなりの小規模大学である。したがって、お洒落なカフェや眺めのいい庭など全くない。見渡せば木々が多い茂り、仲の好さそうな老夫婦が昼下がりのお散歩をしている様子が見られる。憧れのキャンパスライフなんてほど遠いのだ。
まあ、わたしはこの穏やかでのんびりした雰囲気が好きなんだが…―――と、そうそう。このお茶をしている相手というのが、以前に伏見稲荷大社ではぐれた大学の友達だ。
彼女とは、この大学で例年4月に行われる新入生歓迎行事にて、たまたま同じ班になり、これまた偶然に同じ色のメガネをして、他の女子はみんな班の男子――同年代や引率役の先輩に狙いを定めている時に、街中にあった可愛い某有名なあのドングリゴマにのった灰色の森の妖精の巨大人形を発見し大いに盛り上がり意気投合したという友達だ。
今のところ、ここまで仲の良い大学の友達はいないだろう。二人で『メガネ同盟が組めるね』とか話していたのに、必修科目の中にスポーツがあり、運動する時にメガネだと不便であることを実感した彼女はさっさとコンタクトに変えてしまった。
(確かに、汗かくとすぐに曇るし、走るとズレたりするし……まあ、面倒だよな)
ただ、わたしはこのメガネをどうしても手放すことができないのだが……。
「さって、と!」
「?」
「わたしとしては、もうちょっと色気のある話が出てくるかなっと期待してたんだけど…とりあえず、この頃の明ちゃんがすぐに帰ってしまう謎も解明できたことだし」
「ちょくちょく毒を吐くのは無自覚なのか…」
「明ちゃんは、入るサークルとか決めた?」
「いや、まだだが」
「そうだと思った!実はね、わたし面白そうなサークルを見付けたんだ!確か、前に話した時、明ちゃん、星とか見るの好きって言ってたよね」
「ああ、小さい頃から星を見て育ったからな」
「じゃあさ!《星空サークル》に入ってみない?わたし、何度か見学に行ってて、結構いいなって思ってるんだ!きっと明ちゃんも気に入ると思うよ!サークルの活動時間帯は基本的に夜が中心だし、週一回くらいの活動だから、クロたちに会いに行くのにも支障ないと思うんだ」
「ふむ」
「ということで!今からそのサークルに行ってみよう!」
「ハ?今からなのか?」
「うん。今から…だって休講になったから次の講義までヒマでしょ?」
「まあ、そうだが」
「じゃあ、善は急げって言うじゃない?今ならきっと代表やっている先輩もいるだろうし…さあ、出発!」
ということで、わたしは《星空サークル》へと連れていかれたのだった。まさか、そこで予想だにしない人と会うとは思いもしなかったが。
「こんにちは~、お邪魔します」
「ああ、お前か」
「あ!先輩!やっぱりいたんですね。今日は前に言ってた友達連れてきましたよ~」
「そうか、入れ」
「じゃあ、入ろう、明ちゃん」
「ハ?明?」
「へっ?充!?」
「え?二人とも知り合い?」