第二話 好機のがすべからず
「よく知っているね、その名前…」
「だって!そこの猫たちはとっても賢く可愛いと評判なのだ!普通、猫が住み着くと、ゴミを荒らしたり所構わずケンカしてうるさかったりするのだが、そこの猫たちはそんなご近所の迷惑になるようなことは一切せず、遭遇したご近所の住人には挨拶をするかのように立ち止まってお辞儀をする。疎水沿いの《猫屋敷》とは全く違う。だから、ご婦人方の癒しとなっているのだ!何と、クロはそんな素晴らしい猫の一員だったのだな!やはり、わたしの目に狂いはなかった!えらいなあ、クロ!」
「…どこから、そんな情報を仕入れたのか――本当に、君は猫が好きなんだね」
「ああ!猫ほど、愛すべき存在などこの世にはない!」
そう。
何を隠そう、私は無類の猫好きである。
猫のためなら、雨が降ろうと、台風が起ころうと、雨にもマケズ風にもマケズ、何でもやってのける自信がある。
「…いや。そんな自信なくていいから」
「ハッ。もしかして、わたし、また心の声を喋っていたのか?あれ程気を付けろと、兄さんに言われていたのに…」
「まあ、そんなに落ち込むことないよ。別に人の悪口を言っていたわけではないんだから」
「!やっぱり、貴方はいい人なのだな。人の好さそうな顔をしているもんな。いつも《いい人なんだけどなあ》で止まる人っぽいもんな」
「…君、何気に失礼なことを」
「そんないい人だと見込んで、貴方にお願いがある!」
「うっ、そんな身を乗り出してこなくても…」
わたしは、彼の手を両手で握りながら決死の覚悟でお願いした。
「どうか、貴方の《猫屋敷》に遊びに行かせてもらえないだろうか!是非とも毎日!!」
「ハ?毎日って…」
「お願い!」
「――涙目の上目遣いとかナシだろ…」
ボソッと彼が何か言ったが、上手く聞き取れなかった。やはり、ダメなのだろうか……。
「……ダメ、なのか?」
「!!?わっ、分かったから。そんな今にも泣きそうな顔はやめてくれ」
「いいのか!やったあ!」
相手の了承の返事に小躍りでもしそうなわたしは、お礼を言おうとしてふと気が付いた。
「あの…お名前、教えてくれませんか?」
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あれから、わたしは「尾崎 恩」という青年と連絡先を交換し、明日から伺うことを約束して別れた。その後、友達とは連絡を取り、自由に歩き回ったはいいものの帰り道が分からなくなり半泣きになっている友達を迎えに行き、伏見稲荷大社を去った。
「ねえ、不思議な娘だったね―――フッ、それにしても〈クロ〉だって!可愛いじゃないか、〈クロ〉」
「……止めてください、主さま。わたくしには、貴方様から頂戴した『黒斗』という名前がございます」
「フフッ、からかって悪かったよ、黒斗」
「……主さま。まだ目が笑っておいでです」
「分かった、分かったから、そんなに睨まないでよ―――ねえ、黒斗。あの娘の名前は『明』という名らしいよ。これって偶然かな?」
「わたくしには分かりかねます」
「僕もそうだよ。大叔父さまの言は見事的中ってかな」
「主さま」
「黒斗…―――これからどんな些細な変化も見逃さないように。僕たちの役目は何があっても果たせられなければいけない」
「はい、主さま」
「ごらん。今日はとても月が綺麗だよ。これは、もう少ししたら満月かな――京の地の月はなんと美しく、神秘的で、魅惑的なんだろうね」
「……」




