第一話 縁は異なもの味なもの
「なんて素敵なのだ!この美を完璧に表現する言葉などこの世に存在するだろうか…否、あるはずない。まさに筆舌しがたい美しさだ!どうしてきみのような存在と今まで廻り合うことができなかったのだろうか…ああ!私はなんて罪深い。きみもどうして今までわたしの前に姿を現してくれなかったのだ!もっと早くに出会うことができたなら、きっとわたしはッ…」
「――そろそろ、話しかけてもいいかい?」
(誰だ!?わたしとこの子たちの出逢いを邪魔する輩は!)
ムッとしながら声のした方を振り向くと、眉を下げた如何にも優しそうで、詐欺の一つや二つは被害に合っていそうな、そんな人の好さそうな顔をした青年がいた。
「貴方は、人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるという言葉を知らないのか?」
「イヤ。それ人じゃないから。猫だから」
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「この子は、貴方の猫なのか?」
「いや、そういうわけではないが……」
「なら、わたしがいくらこの子を愛でようと貴方には関係ないはずだ!―――ああ。なんと艶やかな毛並みなのだ。こんな黒曜石のように輝かしい黒猫なぞ見たことがない。ああ。なんて柔らかいのだ!目まで真っ黒なんて珍しいなあ……お前の名前は何という?」
《ニャー?》
「そんな悲しそうな声を出すことはないぞ――それならばわたしが名を与えよう!そうだなぁ……〈クロ〉なんてどうだ?」
《ニャー!!》
「まんまだねぇ……この子も不服そうだよ」
「何か言ったか?!」
「イエ、ナニモ……」
「クロ!お前はいつもここにいるのか?わたしはこの近くに住んでいるんだ!クロさえよければ、また会いに来ても構わないかな?できれば、わたしは毎日でもお前をなでなでしてたくさん愛でたいのだ!」
「う~ん。それは難しいと思うよ」
「……何故、貴方がわたしとクロの会話に口出すのだ」
「ごめん、悪かったよ――だから、そんな睨まないでくれ」
クロをこの腕に抱きしめたまま、わたしは慌てて話す青年を見た。
こうしてよく見ると青年は整った容姿をしていた。長身だが細見の体躯に、薄い色素の髪と目、色白い肌、そして全体から醸し出される優しい温和な雰囲気――折角一つ一つのパーツは素晴らしいものをもっているのに、全体的に見ればどことなく人の良さような頼りない、男らしさを感じられない残念なイケメン。
今風に言えば、草食系男子である。
きっと、気になる人ができたとしてもその人から「この人、いい人なんだけどなあ」と思われる部類だ。
かく言うわたしも、人様のことをそんなに言えない、ザ・平凡を地でいくメガネっ子なのだが。
「…どうして貴方は、わたしがクロと毎日逢瀬するのが難しいって言えるんだっ」
相手の目をじっと見ながら訊ねると、青年は軽く目を見開いた。何をそんな驚くことがあるのか、と怪訝な視線を送ると、相手はすぐに先ほどの柔和な顔に戻して答えた。
「それは、この子が僕の家に入り浸っているからさ」
「?」
「今日は僕がお稲荷さんに参拝するのについてきたんだ。別についてきてほしいわけじゃなかったんだけどさ…」
少し恨みがましい目でクロを見る青年のことなど知らんというように、クロは《フニャ~》とあくびをした。可愛い。
「つまり、貴方の家にクロは住み着いているということなんだな――貴方の家に行けばクロに会えるのか」
「ああ、きっと会えるよ。僕の家はここから少し離れたところにあるんだけど、何せ他にも猫たちが入り浸っていて、ご近所じゃ《猫屋敷》なんて呼ばれているからね」
「ここから少し離れたところということは……もしかして!貴方はご近所でも噂の東山の《猫屋敷》の主なのか!!」