【調査】「鈴木 麻衣子」という先生について②
「で?何で本日提出の課題をしてこなかったんだ?――頭の使い過ぎで屍になっても、一応課題を終わらせたんだから、理由ぐらい訊いてやるよ。最近、麻衣子のことをコソコソ嗅ぎまわっているみたいだしな……おい。〈バレてたの!?〉ってあれで、あの俺にバレてないつもりだったのかよ。お前、救いようのない阿保だな…――で、何だよ、これ。は?〈企画書〉?〈読めば分かる。もう私に説明する力は残ってない〉って……はあ。この軟弱ものめ。たったプリント一枚じゃないか、説明くらい口でしろ――ああ。はいはい。分かったから大声で喚くな―――……そういうことか。お前、麻衣子について取材していたんだな……つうか、この〈スクープ!学園の人気者たちの秘密を暴く!!〉なんて無茶もいいとこの企画だな。秘密ってどこのパパラッチだよ。しかも人気者って、教師に生徒会に野球部・サッカー部・バスケ部のエースに、絵画コンクール入選常連者だと。かなりの範囲だな……あ、俺の名前も挙がってる。お前、三年生で受験生のくせに、こんな事やってる余裕あんのかよ。ああ、〈新聞部は万年人員不足〉ね。だったら、こんな企画やらなきゃいいのに……〈正しい突っ込み、ありがとう。だけど、どっかの馬鹿が見切り発車したせいで、既に生徒たちに宣伝をしているから今更取り消すことができない――あとで、あのすっからかんの後輩シメる〉だって――教師陣『こっち』にバレないようにしろよ――――…ハア。仕方ないな。俺に答えられる範囲だったら、教えてやるよ。ただ、麻衣子の今後に関わるようなことは俺も答えられないからな。俺だって自分の命は惜しい。お前も麻衣子の結婚のことは絶対に言うなよ、時期が来たらきちんと然るべき場所で発表される予定だからな。ああ、はいはい。〈そんなこと分かってる!〉ってお前が言うことを俺も分かってるから、ただの確認だよ。それで、何が知りたいんだ?」
「なるほど。お前もやるな―――麻衣子はお前たちとよく話をするし、親しみやすさがあるけど、あまりプライベートなことは言わない、か。確かにそうかもな。きっと、それは、優斗のことがあるからだ。優斗の立場・取り巻く環境――それを麻衣子はよく理解している。だから、ちょっとしたところから情報が漏れて優斗が危うくなるような可能性を潰すために、麻衣子は必要最低限でしかプライベートなことは話さない。きっと、麻衣子が壁なく話すのは、こういった状況を知って理解している俺や大学時代の親友くらいかな……そうだな。そうしたら、麻衣子が教師を目指したきっかけと麻衣子の大学時代の様子くらいなら話してやろう――バッチリ聞こえてるぜ、桜ちゃん。〈何かエラそう、それが教師かッ〉お前こそ、それが誰かに物を頼む態度かぁ……そうそう、人間素直が一番だぜ。じゃあ、まずは麻衣子が教師を目指したきっかけから―――これくらいだったら、麻衣子も教えてくれると思うけど……麻衣子の親父さんは高校教師だったそうだ。麻衣子が小学校に上がる前に親父さんが事故で亡くなったらしくてな。それから麻衣子は寝物語に母親から親父さんの話を聞いて育ったようで、いつの間にか親父さんがやっていた高校教師という仕事に憧れをもったから、というわけだ。だから、麻衣子は亡くなった親父さんに恥じないよう〈生徒たちに耳を傾け、精一杯生徒たちに寄り添いたい――自分はまだ未熟だから色々な人の意見を聞くことは大切にして一生懸命やりたい〉と言っていたな……ただ、きっと麻衣子は近いうちに教師という職を辞めると思う。本人は優斗に言っていないみたいだが、恐らく優斗の激務を支えるために麻衣子はそういう覚悟をしている。ま、これはお前の心のうちに留めておいてくれよ。あんなに真っ直ぐで熱意のある人材なんて、今のご時世、貴重な存在なんだがな……――あと、大学時代だな。お前の調べた通り麻衣子は声楽が専門で、声楽コンクールではよく入賞していたな。ただ、ピアノはからっきしダメらしく、前回の卒業式で校歌の伴奏でヒイヒイ言ってたな。麻衣子が言うには、〈シャープが五つもあるなんて、どれだけおシャレな校歌をつくったのよ!作曲者がドSだ!〉らしい。あと、麻衣子は星が好きで、結構天文学には詳しいぜ。大学の時は星空サークルにいたからな。〈てことは!先生も星空サークルだったの?!意外〉って、本当に俺と星空が似合わないと思うか、さ・く・ら?―――っぷ!おまっ、顔、真っ赤。悪い悪い、からかい過ぎた。ま、俺は〈星〉には詳しいからな……さあ、そろそろ下校時刻だ。暗くならない内に気を付けて帰れよ。俺にはまだ仕事が残っているからな――そうそう、桜。また明日な」
数学教官室の扉を開けようとした瞬間―――それはそれは、思わず立ち止まってしまうほど綺麗な笑顔を、先生は私に見せてくれたのでした。
【調査結果】
・鈴木 麻衣子『すずき まいこ』
(正しくは 保科『ほしな』 麻衣子)
・二十五歳。
・高校教師(常勤講師)。
・専科 音楽。
・生徒の話をよく聞き、生徒から慕われている。
・同僚の先生も好意的に感じている。
・仕事熱心。生徒思い。
・期待の若手教師。
・一部からは嫉妬されているらしいが、直接対決したものは本人の人徳によって毒気を抜かれるらしい。
・基本は、ほわほわしているが、いざという時は周りを驚かせるほどの行動力を発揮する。
・専門は声楽で、聴くものを魅了する歌声をしている。
・ピアノは得意ではなく、式典の伴奏では、いつも泣くほど練習しているらしい。
・大学時代は、声楽コンクールで入賞していた。
・基本的には女友達が多いらしい。
・何でも話せるほど仲のよい大学時代の親友がいるらしい。
・高校教師を目指したきっかけは、同じく高校教師であった父親に憧れたため。
・星が好きで、結構詳しいようである。
《注意事項》
・絶対に、本人を傷付け、追い詰めるようなマネをしてはいけません。
もし万が一、そういった場合に至ったら、身の安全を確保しなければいけません。
本人は問題ありませんが、バックが恐ろしいです。
まずは、学校中の生徒や教師を敵に回すでしょう。
そして、日本にはいられなくなるほどのダメージを負わされる危険があります。
大変ひどい目に遭うので〈触らぬ神には祟りなし〉の精神でいきましょう。
桜ちゃんの取材編だったつもりなのに、何故か甘くなった。
恐るべし。先生。




