第十三話 と思いきや…
「さぁて、と」
空気と化していた麻衣子ちゃんは私たちを見た。
「これで一件落着かな」
「麻衣子ちゃん、ありがとう」
「いえいえ、何てたって担任の先生ですからね!それに、充先輩は写真撮られるなんて簡単に弱み握られるような軽率な人じゃないからね」
「へ?」
「麻衣子…」
「何でもありませんよーだ」
何やら空気があやしくなったので、今は何も知らない純真無垢な子でいたい私は話題を逸らすことにします。
「ところで、先生は気付いていたの?私とあいつのこと」
「ああ、秋野のことは前から少しずつ調べていたからな」
「違う違う!尾ノ上さんのことがあったから、充先輩は調べていたんだよ、秋野先生のことを。実はね、尾ノ上さんのことを知らせに来てくれた女の子――尾ノ上さんが庇ったっていう子!その子がこの音楽室でのことを教えてくれて、尾ノ上さんのことを心配していたの。そのことを充先輩に話したら血相変えて秋野先生のことを調べ出して……」
「麻衣子!」
「反撃ですよーだ」
「……それより、麻衣子はあの写真をどうやって調べたんだよ」
「ああ、それはねぇ、ちょっと彼らに動いてもらって……」
嬉々として語っていた麻衣子ちゃんの話を気まずそうに逸らした先生の方を見ると、顔を私の方に向けてくれない。でも…。
(耳が赤くなってる―――大事にしてくれてありがとう、先生)
「…なあ。今回のこと、あいつは知っているのか?」
突然、ひっそりと低い声を出した先生に、どこか怯えたような印象を受け、再び二人の会話に耳を向ける。
「え……それは―――動いてもらったのは彼らだけど、あの人の耳には入らないようにしているわ……だって、怖いもん」
「俺も――もしバレてたら、それこそ秋野は日本じゃ生きていけなくなる……」
「それよりも!」
二人とも小動物のように小さくなって震えていたかと思ったら、急に麻衣子ちゃんが大きな声を上げた。
「何奢ってもらおっかなぁ?充先輩♪私、高級フランス料理がいいなあ~」
「ハァ~、分かったよ。今回は色々と世話になったしな」
「やったぁ!じゃあ今晩でも、どう?」
「おい、待て」
喜びのダンスらしきものを踊っていた麻衣子ちゃんの動きが止まった。
対する先生は完全に青ざめている。
「まさかとは思うが……お前…、二人で行くつもりじゃないよな?」
「へ?そんなの私と充先輩以外に誰が行くって言うの?」
「ちょっ、待て!」
「あ!もしかして二人っきりだと尾ノ上さんが心配しちゃう?だったら尾ノ上さんも一緒にどう?もちろん、充先輩の奢りで♪」
「えっ…と、もしかして、麻衣子ちゃん。私と先生のこと――」
「うん。もちろん分かっているよ。っていうか、あんなラブラブシーン見せられた後に言われても、ねぇ」
「あ、あの…」
「あ!大丈夫大丈夫!誰にも言わないから!」
「桜。心配しなくていい。麻衣子は、付き合い始めた当初から気付いていたから」
「え!?」
「麻衣子は他人のことには鋭いんだよ、た・に・んのことにはな」
「そうなの?」
「何か、トゲのある言い方ですね、先輩。――…あのね、尾ノ上さん。実は少し気になって、何となく充先輩に揺さぶりをかけたら見事に引っかかったの!女の勘ってやつだね!私もともと第六感とか強い方なんだよね。あんなに慌てた充先輩見たことなかったから、これは本気だなと思って…――て!こんな話はどうでもよくて!高級フランス!!ね、尾ノ上さんも行ってみたいでしょ?」
(サラリと凄いことを言ったぞ、麻衣子ちゃん)
「ほら!愛しの桜ちゃんもこう言ってますよ!」
「いやいやいや!待て。それでもまずいんだよ…俺と一緒ってのは」
「え?何で?」
上機嫌の麻衣子ちゃんと、なぜか、かなり焦った様子の先生。
(てか、愛しの…の下りはまるっきりスルーですか)
「んなことしたら俺、アイツに消される」
「?」
「そうだ!アイツも呼べばいいだろ?」
「アイツ?」
「優斗に決まってんだろ!ゆ・う・と!!」
「そんなの無理だよ!だって優くん、今、アメリカに出張中だから」
「だったら今日の高級フランスはナシだ」
「えぇぇ!何でェェ!!」
「ハァ。俺だって自分の命ぐらい惜しいっつうの」
「そんな!充先輩とご飯に行っただけで優くんは怒りません!」
「それマジで言ってんの?ホント、他人に対しては鋭いくせに、自分のこととなると鈍感だな。優斗が可哀そう…」
「そんなことないよ!だって優くん、私が友達とご飯食べに行っても、いつも別に怒らないよ!」
「それは!お・ん・な限定だろ!心広いのはお前だけ!じゃないとお前は逃げるって優斗も学んでいるからな。いいかよく聞け!!優斗はな、男には滅茶苦茶厳しいんだよ!時々お前と同じ職場ってだけで睨んでくるくらいにはな!…俺も優斗の親友なのに…」
「優くんの了解があればいいんでしょ!!今から電話してくる!」
突然、麻衣子ちゃんは携帯を握りしめてどこかへ行ってしまった。
扉が勢いよく閉まる。先生を見ると、ぐったりした顔をしている。
(何なんだ、このどこかの芸人の人情ドタバタ劇場のような慌ただしさは……)