第十一話 大人の女の戦いです
「そう思うんなら声かけるなよ、麻衣子」
「だって、このままじゃ、充先輩も尾ノ上さんも学校を辞める流れになりそうだったから」
「あんたは!」
「こんにちは、秋野先生」
「何でここにいるのよ!?ってか、何、川村先生と親しげに話してるのよ!」
「まあまあ、秋野先生。今は生徒もいるんですから、そういう態度は止めて下さいな。教員同士の諍いなんて、生徒の前でするものではないのですから」
「うるっさいわね!私はアンタのそういう良い子ちゃんぶってるとこが気に食わないの!」
「まあまあ」
「っていうか!私の質問に答えなさいよ!!」
「ハア。本当に自分の思う通りに事が運ばないとイライラするなんて子どもですねぇ――私と川村先生は大学の後輩と先輩の関係ですよ。同じサークルでしたし、親しいのは仕方がないと思うんですけどね」
「っていうか!アンタ最初に失礼なことを言ったわよね?!」
「まあまあまあまあ―――実はですね。私は秋野先生が仰ってる写真のことでお話に来たんです」
「はあ!?」
「秋野先生が仰るには、川村先生と尾ノ上さんが抱き合っている写真があるから、二人は恋人同士と主張されているんですよね」
「ええ、そうよ」
「一体、この写真のどこが、川村先生と尾ノ上さんなんでしょうね?」
そう言って麻衣子ちゃんが差し出した二枚の写真には、それぞれ私と同じ制服を着た全く違う顔の少女と先生と同じスーツを着た全く違う顔の男が写っていた。
「どうして、この写真をッ」
「秋野先生。写真をネタにするなら、もう少ししっかりした筋の方に協力を煽ぐべきですよ。こんな川村先生と背恰好が似たホストの男に、これまた川村先生のご用達のスーツを着させ、尾ノ上さんと同じ背だけで、全く可愛くないフリーターの女子にうちの制服を着させ、秋野先生の近くのマンションの公園で抱き合った写真を撮るなんて、ちょっと調べれば足が付いてしまいますよ。何より、この写真には顔が映っていませんから、決定的な証拠とは言えません。もし本当に写真を使って揺するならば、それぞれの相手を整形させて本物と変わらないようにしてから、二人の顔が分かるようにして撮るべきです。こういうことは計画的に、ね」
「というわけで、この写真は全くもっての嘘っぱちなので、無視して下さい。むしろこんな写真で尾ノ上さんを動揺させるくらい、精神的に弱らせていた秋野先生のこれまでの手腕にびっくりです。こんなお粗末な写真で、冷静沈着な尾ノ上さんの目を曇らせてしまうくらいなんですから」
「……」
「ねえ、秋野先生。これから言うことは聞き流していただいても結構です」
麻衣子ちゃんは静かに語り出した。
「まず、これ以上この二人には手を出さないでいただきたいです。これ以上充先輩を怒らせたら、本当に人生やり直せない程の痛手を負わされます。先輩は、口は悪いけど真面目などこにでもいる普通の教諭ですが、決して一般人では持ち得ないような巨大な力を有しています。そして、そのことを理解しています。だから余程のことがない限りその力を行使しません。それが上に立つ者の義務ですから。ただし、人道的に逸脱した行為など見るに見かねて先輩が本格的に動けば、あなたなどちっぽけな存在はこの世から抹殺されますよ。これは誇張ではありません。事実、そういう存在はあなたもご存知でしょう、賀茂瑠璃華のこと」
賀茂瑠璃華……彼女のことはきっと生涯忘れないだろう。
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。あの時の先生は一切容赦しなかった。正直、怖いと思った。だけど、私はそんな先生を見ても、やっぱりこの人への想いを止めることができなかった。
「次に、私はまだペーペーの新米教師ですが、これでも生徒たちへの想いは抱いています。それこそ、私と秋野先生だけの問題でしたら、私はそれも社会人に必要なこととして受け流していましたが、今回、あなたと生徒との問題を知り、これ以上見逃すことはできないと思いました。やはり、私たち教師は生徒よりも色々な経験をしている大人です。生徒はどんなに大人びていてもまだ十代の子どもなのです。そんな可愛い子どもたちを、大人の都合で振り回すことは我慢ならないのです。だから、私はこのような事態になったあなたに一切同情はしません」
そう話す麻衣子ちゃんの眼光は鋭く、こんな麻衣子先生の姿を私は一度も見たことがなかった。
ふと隣を向くと、こんな麻衣子先生の様子に驚くこともなく「任せた」とばかりに先生が窓の外の風景を眺めながら静かに耳を傾けている姿が目に入った。
「最後に、私は秋野先生の指導する合唱部の演奏が好きでした。それに、あなたの授業に対しての不満は一切聞いたことがありません。生徒に対しての態度は本当に許せないと思いますが、あなたは授業をきっちり行うという教諭としての職務は全うしていたのだと思います。だから、私はどんな態度を取られても、あなたのことを有能な先生だと思っていましたよ。ねえ、秋野先生。やはり、私たちは一人の女である前に生徒たちにとって『師』であり『先生』なのですよ」
麻衣子先生の透き通るような声が非常に心地よく、スーッと心に沁み渡った。
(なぜ、私たちはこの大人たちを『教師』と呼ぶのだろうか。きっと、それは――…)
「そのことをゆめゆめ忘れなきよう」
そう、微笑みを携えながら麻衣子先生は話を締めくくった。




