第十話 女の戦いパート2です
暴力を行うシーンは一切ありませんが、体罰などに関する話があります。ご注意ください。
いよいよこの時がやってきた。
昨日の放課後の後、私は麻衣子ちゃんの一言一言を振り返った。そして自分の気持ちともう一度向き合った。すると、やっぱり残ったのは先生を想うこの気持ちだけ。
きっと、秋野は先生に付随されるものしか見ていない――そんな女に先生を渡したくない。
(だから――)
私は戦うことにした。
結局、先生には話していない。
だって、これは女の戦いなのだから。
これでもダメだった時は、潔く先生を頼ることにしようと思って、私は勢いよく扉を開けた。
「昨日ぶりですね」
「さあ、覚悟は決まったかしら」
「はい。決まりました」
「そう。じゃあ、あなたからのお返事を聞かせてちょうだい」
「はい。それでは言わせていただきます」
秋野は勝利を確信したような目をしている。
目をギラつかせながら歩み寄り、私の耳元で嘲るように囁いた。私は、くるりと振り返り、秋野の目を正面から見返して、スウッと息を吸った。
「どうぞ、写真をばら撒きたければばら撒いて下さい」
「はあ!?」
「その代わり、あなたが写真をばら撒くならば、私はこの学校を退学します」
「何言って…」
「私は本気です」
そして、先程進路室でもらった退学届を秋野の目の前に突き出した。
「理由をしっかり見てくださいね」
「!?何てことを書いてるの?!」
「だって、事実ですもの――私、尾ノ上桜が秋野麗子先生に体罰ならぬ、言葉による暴力を受け精神的苦痛を受けていることは」
そう。
私は進路と恋で、恋の方を取った。
もし、これでダメだった場合には、潔く先生に責任を取ってもらうつもりである。
(逆プロポーズって、どうしたらいいのかな…)
「最近、いじめとか体罰とか社会的に問題になっていますよね。もしこの呼び出しが明るみになって、教師による言葉の暴力だと世間に認識されたら、きっとあなたは先生を続けることができなくなりますよ」
「そんなこと絶対に受理されるわけない」
秋野は明らかにうろたえている。
「そんなのあなたの言いがかりよ!」
(あ…)
逆切れをして興奮している秋野は、背後の存在に気付いていないようだが、私は扉の方を向いて立っていたため、すぐにその存在に気付いた。
(どうして…)
どんな理不尽なことを言われても大丈夫だったのに、彼を認識しただけで、なぜか泣き出したくなった。
「それはどうですかね?」
背後から聞こえた声に振り返った秋野は、かなり動揺しているみたいだ。もしかして顔も青ざめているのではないだろうか。
「川村先生!」
「この状況について秋野先生からお聞きしたいことは山程あるのですが、だいたいのことは察しが付きます」
「そうなんです!この生徒が私のことを脅してきたんです!変な言いがかりを付けて私を辞職に追い込もうとしたんです!!」
(ここまで開き直られると、いっそ清々しいな――ただ、こんなスイッチ入りまくってる先生にはあんまり余計なことを言わない方が…)
「実はですね。私の耳に興味深い話が届きましてね。そこで、秋野先生にお話をお聞きしたくてこちらにお邪魔したんです。一応ノックもしたのですが、お取り込み中だったようで、お気付きになられませんでしたか?」
「え、ええ」
「お話というのはですね――三年二組 牧野 静香、三年四組 岡本 真奈美、三年五組 山田 奈保子、三年七組 中川 清実、他にも二年生の…」
「あ、の…川村先生?」
「何か心当たりでもありますか?秋野先生?」
「……」
「実は、皆あなたに精神的苦痛を受けたと訴えてきた生徒たちです。中には肉体的苦痛を受けた生徒もいるようですね。実はここ数日、調査した結果、十五件もの被害が明るみになったんです。そこで、秋野先生に話をお伺いしようと思いまして」
「…それは生徒たちの言いがかりですっ」
「しかしですね、きちんと証拠もあるんですよ。録画された監視カメラに、あなたの発言がはっきりとね」
「監視カメラ!?」
「あれ?ご存じなかったんでしょうか?実は、この音楽室は以前強盗に楽器を狙われたことがありまして…それ以来、監視カメラをつけるようになったんです。生徒の授業がない、放課後から生徒の登校時間まで」
「!?」
「バッチリ映っていましたよ…あなたの鬼気迫る顔に脅える生徒の様子がね」
「!」
「あ、もちろん社会人の基本は『報告・連絡・相談』ですから、このことは校長に報告済みですので。多分、もう少ししたら校長からの呼び出しが入ると思いますよ。只今、管理職だけで緊急会議をしているところですから」
そして、先生は素敵な笑顔でこう仰いました。
「秋野先生。覚えておいて下さい――俺の女にこんな顔させるなんて許せねェ。例え、相手が女だとしてもな。これ以上、俺たちにちょっかい掛けてくるようなら、こんなの目じゃねェ破滅を味あわせてやるよ」
それはそれは、不良も真っ青なドスの効いた声で……。
「ハッ、ハハハハハハハハハハハハハハッ」
この緊迫した空気の中、突然の高笑いに肩がビクッとした。
声のした方を見ると、折角の厚化粧が台無しになる程、顔を歪めた女がそこにいた。
「壊れたか…」
(普通に怖いわ……女ってコワイ)
私は、あまりの光景に秋野の側を離れ、先生に駆け寄った。そんな私を先生は背後に庇って、秋野を見据えた。
「そうねぇ、私は終わりだけど……あんたたちだって破滅させてやるわ!だって、私にはとっておきのカードがあるんだもの。ねえ、尾ノ上さん」
「!」
(そうだ…すっかり忘れていたが、写真のことで私、脅されていたんだった)
「フウッ。何を言い出すことかと思ったら……写真だろ」
「ええ、そうよ」
「どんな写真かは知らないが、ばら撒きたければばら撒きやがれ」
「はあ!?」
「そうなったら、予定よりだいぶ早いが、こいつを嫁に貰って学校を辞めるまでだ」
「!」
慌てて私は先生の前に回り込み、目を見た。
「何言ってんのよ!先生!!そんなことしたら……」
「悪いけど。俺はこの仕事よりもお前を取る」
「そんな!だって先生は教師という仕事が好きでしょ?!私も先生程先生にぴったりな人はいないと思うもん!仕事している時の先生は素敵だよ」
「へえー、お前そんな風に思っていたんだ」
「話を逸らさないで!」
「逸らしてねぇよ。俺だって、この仕事は好きだ。お前に素敵なんて言ってもらえたから、より大事に思える仕事だ。ただ、やっぱり俺は、お前の方が大事なんだ。どうしようもなく、お前に惚れてるんだよ」
「!!」
「それそこ、天職だと思っている仕事を辞めてもいいと思えるくらいにはな。教師である俺がお前に惚れた時点である種の覚悟はしてんだよ。あと、今後のことも安心しとけ。一応、次の職の目途は付いているからな」
やっぱり先生には敵わない。
「本当に後悔しないの?」
「ああ」
「先生は趣味悪いね、私なんかに人生を左右されて」
「お前がいいんだ」
「…先生は、やっぱりいい男だよ」
「――あのぉ……盛り上がっているところ、ごめんね」
第三者の声が聞こえた。
私は慌てて先生から離れようとしたが、先生がそれを許さず、むしろ私の腕を引き、背中を包み込むようにして、私ごと声のした方を向いた。