*3*
僕は重力の無い世界で横たわっていた。
「海翔ー・・・・」
誰かが僕を呼ぶ声。聞き覚えのある声。飽きるほど聞いた声。
――――――――この世で一番甘えてきた人の声。
誰だっけ?
「海翔ー?聞こえてるのー?」
ああ・・・・。この声は・・・・・。
僕はどんどん重力によって沈んでいくような感覚に陥った。
そして、沈むのが終わると同時に僕の瞼はゆっくりと開く。
「ああ、ごめん母さん。今いくよ」
「まったく。いくら呼んでも起きないから心配したわよ?ごちそうの支度できたからリビングに来てちょうだい」
「うん。楽しみだよ、母さんのごちそう」
僕は眠る前に何か深刻な考え事をしていたような気がする・・・。
何を考えてたんだろう?
母さんは部屋に入ってきたときに開けっ放しにしていたらしいドアから出ていこうとした。
だけど、ふと足を止めて僕の方は振り向かずに言った。
「海翔、悩みがあるならいつでも言っていいからね。みんなに言えなくてもお母さんには言ってほしいな。なんたって大事な息子ですもの」
「!」
母さんはそれだけ言うと部屋を後にした。
「ハハ・・・全部思い出しちゃったよ。」
母さんの一言で僕が眠る前に考えていたことを思い出す。
「大丈夫だよ。悩みは母さんの言葉で消えちゃったから」
これは、反抗期でも思春期の一種でも別れが近づいてくることに対しての何かでもない。
ただ、僕は――――――――
「母さんに息子として見られてなかったらどうしようって不安になってたんだよ」
☆ ☆ ☆
「海翔おっそーい!」
「ごめんごめん。っていうかそんなに時間経ってないよね?」
「寝てた時間も合わせて5分だよ!」
一番遅れてきたのは海翔のようだった。
あの梓馬でさえもきちんと自分の席についていた。
「へぇー。梓馬も来たんだ、ちゃんと」
「うるさい」
梓馬は海翔のちょっとしたからかいに短く返事(?)をするとそっぽを向いた。
「早く席についてよ海翔ー。お腹すいたよー・・・」
「そーだそーだ!俺はもう50回くらい腹が鳴ってるんだぞ?」
「はいはい。食い意地はってるお二人さん」
「なっ?食い意地はってないよ!」
「分かったから怒らないで」
「海翔が言ってきたんでしょ!」
海翔は茜音の怒号を気にすることなく席に着く。
そのタイミングを見計らって茜音たちの母は大きな声で言った。
「さて、子供たちみんな無事中学生に進級できました!記念のお祝いパーティ、楽しみましょう!乾杯!」
「乾杯!」
茜音たちはあらかじめジュースが注がれていたグラスを手に持つと、相手と軽くグラスを重ねた。
茜音や春陽は予想通りの食い意地っぷりを見せ、食べ過ぎて動けなくなってしまった。
梓馬は少しジュースを口にした後、茜音たちの半分くらいの量を食べ、部屋に戻って行った。
浩央はやさしく笑いながら料理を口にする。
薫は少し食べただけで満腹なのか、自分の席で座ったまま寝ていた。
海翔は・・・・・
「母さん、このピザ前よりおいしいよ。腕上げた?」
「やっぱりそう思うかしら?母さんけっこう上手にできたと思うのよ」
「うん、おいしいよ。あ、でも僕はパスタの方が好きかな」
「ふふっ。あまり食べ過ぎないようにね?あそこのお二人さんみたいになるから」
海翔の母はそういうと食べ過ぎて苦しそうに呻いている茜音と春陽と指差した。
それを見て海翔はおかしそうにくすっと笑う。
「そうだね。でも、おいしすぎるから、ああなるのも無理はないかな」
「やだー。なんかいいこと言われてるのかそうじゃなのかわかんなくなるじゃないのー」
「うーん、どっちだろうね?」
「海翔ったら!」
「ははっ冗談だよ」
楽しそうに母親とする海翔の表情は明るくなっていた。
まるで、さっきのことが嘘だったかのように。
その日、進級と入学を祝ったパーティーは深夜まで続いた――――――。