序章
サァアッと辺りに風が抜けた。
その瞬間女の顔は安らかになった。笑みさえ浮かべていた。
―――――――終わった。
辺りにいた者たちは皆そう思った。
さっきまで女の顔にはたくさんの雫が浮かんでいたいというのに今は綺麗になくなっている。
女は自分の隣に寝かされたまだ小さな命を見た。
静かに女は息を整えると、辺りを見渡した。
暑苦しそうに呻いていた女のために涼しさを取り込もうとあけられた障子のその先、狂ったように赤々と燈された華を見つめた。
「今朝は、綺麗な薔薇が咲いてるわね…」
女の一言にまわりは唖然とした。
さっき障子を開けた時には薔薇は咲いておらず、蕾さえできていなかった。
なのに、見れば薔薇が狂ったように咲いている。
こんな言い伝えがある。
―――――千年に一度生まれる姫が誕生すると妖の家にあるすべての薔薇が咲き、生まれた女子の首筋には薔薇の形をした模様がある――――
この狂った日に、一人の赤子は生まれた瞬間に大量の重荷を積まれた。
だが、同時に生まれたであろう守護者により、彼女は守られながら生きていくだろう。
守られることに慣れ、傲慢になりすぎないように。ちゃんと寿命が来て死にますように。と、生まれたばかりの赤子にそんなお願いする人々の中には涙を流す者もいた。
「私が、まじないをかけてあげましょう」
一人の男がそう言った。
この男は、自分の家にも赤子が生まれるにもかかわらず、こちらに来ていた。
勘が鋭い男はこの家に可哀想で、同時に輝いていくであろう赤子が生まれることを薄々感じていた。
男はすっと赤子の頬を撫でると、
「五華が護れるようになるまで、この子は私の結界によって守られるでしょう。」
そう残すと、部屋を出て行こうとした。
どこに行くんだ。と問いかけられると、男は、
「私の家に生まれる守護者を迎えに行きます」
と、言った。
その言葉を聞いた人々は驚いた顔をして固まった。
世界を狂わす出来事がこれからきっと起こるだろう。
その時、彼らはどうするか。
一人の少女を守りきるのか。
その少女は自分を輝かせながら生きれるのか。
言い知れない不安が身をよぎりながら、人々は期待と不安に身を任せた。
何が起きるか誰にも分からない。
だが、それが楽しみだというのは妖たちの本能だった。
「―――――さて、この子を送ってあげなくちゃ」
女はひとりでに言い、それから自分の中から生まれてきた赤子を優しく見つめた後、深い眠りについた―――――。