序、1
この作品はフィクションです。登場する名称の人物、団体とは一切関係がありません。
この作品は、「こころ」のネタバレを含みます。お読みいただく方は、夏目漱石著「こころ」を読んでから、お読みください。
序
おれはあの本を読んでぴんと来たね。ああ、これは自殺じゃない。どこかに真犯人がいるんだって。わかってしまったのさ。
1
わたしが「こころ」と題された書生さんの告白録を読んだのは、昨日のことだ。読んだ途端、わたしはその内容にとりつかれてしまい、ひどく、その内容について心の中で吟味した。何か、不思議な感じがするのだ。この告白録には、何か違和感を感じた。
「こころ」を読んで違和感を感じたのは、わたしだけではないはず。なんでも、この「こころ」と題された書生さんの告白録は、日本で出版されるや否や、地道に読者を増やしつづけ、五百万部を超える大ベストセラーになったらしいのだが。いわんや、この告白録によって吃驚すべき大事件が隠蔽されたのだとすると、得も言われぬ恐ろしいさである。
この「こころ」と題された告白録で死んだ者は、主な者は二人である。
死んだのは、Kと先生だ。
わかっているのはそれだけである。これだけを頼りに、事件の真相について推理していこうと思っている。
そうである。わたしは、自殺したと書かれているこの二人、Kと先生が自殺ではなかったのではないかと考えているのである。もし、口に出すのも恐ろしいことだが、自殺ではなく、殺人だったとしたら、これは、決して見すごすわけにはいかない大事件なのである。
わたしは、三十年前にKを殺し、今年、先生を殺した真犯人を捕まえるため、「こころ」と題された告白録の作者である書生さんを訪ねてみたのである。
書生さんは、気軽にわたしを迎えてくれた。少し、陰りのある実直そうな好青年である。書生さんは、わたしのことを「探偵さん」と呼んだ。
「探偵さん、すると、先生は自殺したのではなかったのですか」
わたしは落ち着いた声で答えた。動揺させては事件の情報を聞き出すこともできない。
「そうです。先生は自殺ではありませんね」
「すると、なぜ、先生は死んだんですか。事故死ですか」
「それはわかりません。ただ、あなたが疑っていることと同じことをわたしも疑っているということです」
すると、書生さんは、かなり驚いた目でわたしを見て、こういった。
「わたしが疑っていることがあなたにはわかっているんですか」
わたしは自信をもって答える。
「ええ、わかりますとも。わかりますよ」
「当ててみてくださいよ」
「え、いっちゃっていいんですか?」
「いいですよ」
「それでは、いいますけど、あなたは先生を殺した相手に心当たりがありますね」
書生さんは本当にびっくりしていた。
「えええ、なぜ、わたしがそう考えていると思われたのですか。あなたがそのようなことをいうことに驚きです」
わたしは落ち着きを取り戻して話を続けた。
「あなたの告白録には、一箇所、どうしてもわからない部分がある。これがどうしても解けない。まるで、あなたが意図的にそのことをぼかして書いたとしか思えない部分があるんです」
書生さんは驚いて答えた。
「それはどこです」
書生さんの顔に汗が流れ始めた。
わたしはとどめを刺すように断言した。
「それは、あなたが将棋を指していた相手についての描写がまったくないことです」
書生さんは息ができなかった。
「どういうことです。わたしは将棋を指していましたよ」
「ずばり、あなたと将棋を指していた謎の人物が、先生を殺した犯人だ!」
わたしは真相を看破した。