3 フィッシュライフ
2012年4月25日
午後7時22分
真っ暗な街は、
不気味さと、狡猾さを備えた狼の群れのようだ。
御子はその群れの中を突っ切るように走りながら思った。
夜目には剣が全力疾走している姿が辛うじて見えている。
御子は突然外出した剣を追いかけている最中だった。
剣が倒れたあと右往左往していた御子が剣の所へ向かうと、剣の姿は無く、外に目をやると剣は家の外にいた。
目の前の剣は何回か「御子ー」と言っていたが、返事をする御子の声は剣には届いていないようだった。
だが、剣との距離は全く縮まらない。
剣が走るのが好きだからという理由だけでは不適切な程に、速かった。
それにしてもと御子は思い返した。それにしても外が突然、一気に真っ暗になったなと。
月明かりを分けろと、熊が月を隠す雲に、文句を言う場面が想像された。
しかも、暗くなったのは兄が倒れたタイミングとほぼ同時だった。
不思議な事もあるものだ。馬鹿らしいが、大規模停電は兄が引き起こしたのだろうかと疑いたくなる。
兄が巨大なブレーカーで倒れて停電。で、熊が雲に文句。
やっぱりと笑う兄の声がした気がした。
熊に、フィッシュライフはストレスがデカいらしい。
「ブレーカーになれたことを喜ぶべきか?」
手放しで喜ぶべきだよ、兄ちゃん。とあまりの運動量に驚く心臓を抑えながらボソッと呟いた。
その巨大なブレーカーは今国道沿いを駆け抜けている。
しばらくして、急に剣が立ち止まった。そこは少し見晴らしのいい、ひらけた場所だった。
御子は剣が止まったのを見て、スピードを落としながら近寄った。
だが、次の瞬間、御子も歩みを止めた。
そこからは
雲に、僅かに開放された月が照らす街が見えた。
どの家も灯りがついていない。
それはそれで不可思議な景色だったが、御子の目を釘付けにしたのは別のものだった。
暗い夜にハッキリと、
自分達の家のある団地から人が御子達の方をガン見している姿が見えた。
あ〜コレ、すごくデカいけど人だ!と、納得のいくような出で立ちで、18メートルはあろうかという巨体を揺らし、御子を凝視していた。
その血走った眼以外は真っ黒く透けていた。
御子は恐怖よりも先に寒気を覚えた。
見てはいけないものを見た気分だった。
現実の中に虚構が胡座をかいて居座っていた。
デカい人を見て、
恐怖はショックで寝込んでいる。
すると視界の隅で剣がこちらをむいた。
『なんだ、こんなとこに居たのか?御子。何してんだよ。』
御子は声を絞り出す。
「いや…兄ちゃん…何…アレ…?」
そう言いながら、
兄に目をうつすと、
そこには、着物姿で黒髪の剣が、右の頬を触りながら、月明かりに照らされた状態で立っていた。
その輪郭はうっすらと透けながらユラユラ揺らめいていた。
御子の脳は自動的に思考を止め、理解不能なことを考えない。
恐怖は少しずつ元気を取り戻し、御子の身体を支配する。
『まあ無事ならいいんだけどさ。アレってあの人の事か?今から片付けるよ。』
熊は月を見上げ、
もうお手上げだと、
実際に手を上げた。
月はその明かりで、
世界を照らした。