2 フィッシュライク
2012年4月25日
午後3時
「最近物騒な事件が増え、引ったくりなども多発している。
登下校には―」
担任教師の挨拶を聞き流し、剣は帰路についていた。
剣が通う豊垣第二高等学校は、剣の住む共同団地から国道を2つ挟んですぐの所にあり、
近場なのでこの学校に入学を決めた程だった。
ちなみに御子の中学校は登校に20分程で、
剣より時間がかかるのでむくれていた。
国道沿いを早足で歩いていると、後ろから友人の石川伸吾が話しかけてきた。
「つるちゃん!
一緒に帰ない?」
石川は柴犬のような顔立ちをしていて、人なつっこい。
「今日晩飯のメニュー変更があるんだ。仕込みをしなきゃいけない。わるいな」
「珍しいな〜。剣は計画とか崩されるの嫌いな筈なのに♪」
「熊がフィッシュライクになったんだ。お祝いだよ」
「なんだそれ。
まあいいや〜
じゃあね!つるちゃん♪熊によろしく♪」
「次は柴犬の番だと伝えとくよ」
剣は手を振り、家に向かって駆け出した。
目の前で信号が変わり、足止めをくらっている間に、ふと剣は今朝の出来事を思い出していた。
勿論、夢の事もあるが、御子の言葉に不自然さを覚えた。
なぜかはわからないが。
信号がまた変わり、剣は再び走った。
走ると、景色が後ろに流れていき、無駄な音が聞こえなくなる。
この感覚がこの上なく気に入っていた。
今剣に聞こえるのは心臓の鼓動と足が地面を弾く音だけである。
団地に到着しエレベーターに乗り込む剣の中で何かが閃いた。
“足音”?
朝の御子との会話を思い出す。
「足音がして、追ってきたら兄ちゃんがいた」
俺の足音を聞いて追ってきたならもう少し早いんじゃないか?
何故あれほど時間差があったんだろうか……?
考えられるのは
御子の聞き間違いか、
何らかの理由で本当に聞いたか、
嘘をついているか、
聞いたがかなりゆっくり起きてきたかだった。
剣の中で、謎を解いた高揚感と対照的に、不安が騒ぎ出した。
家に誰かいる?
御子と自分の他に?
エレベーターが開くや否や駆け出し、剣は家のドアを開け放った。
鍵はかかっていなかった。
「御子!?いるか!」
数秒の沈黙ののち、
御子が奥からコッチを覗き込んだ。
「いるよー」
「良かった…無事か」
剣は、身体に入っていた力が、一気に抜けるのを止められなかった。
エレベーターから自宅までの距離では、考えられないほどの、疲労感が吹き出し、自分がなかなかの心配性であることに驚かされた。
ガタンと玄関に膝をつき、安堵と共に左の頬をなでた。
「どうしたの!?
兄ちゃん!」
御子が駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ。
ちょっと疲れただけ。すぐ立つから」
足に力を入れる。
家の中がくるりと回転し剣は床に叩きつけられた。
回転したのは自分だったと気付いたのは、目が覚めたときだった。
剣は自分の部屋のベッドの上で寝ていた。
剣は身体を起こし、
辺りを見回した。
意外と長い時間気を失っていたらしく、部屋は真っ暗だった。
手探りで携帯電話を探し、ライト機能で辺りを照らした。
だがあまりにも周りが暗すぎた。不自然な程に。
部屋の窓から向かいの棟を見ようとしたが、外は真っ暗になっていた。
明かりが一つもついていないようだ。
「どうなってる…?」
携帯電話の時計は7時22分を示していた。
「御子?御子〜
どうなってる!何があった!」
返事が無い。
とりあえずリビングにいき、テレビの電源を入れた。だが、ブレーカーが落ちてるようで全くつかない。
「御子ー返事しろー」
家の中に人がいる気配はない。
「どうなってる…
何があったんだ…」
だんだん暗さになじんできた目を擦りながら、
とりあえず剣は御子を探すことにした。
夜空には、雲に隠された月が哀しげに浮かんでいた。