8.後片付けと「炭坑節」
揺すられた。くらりくらりと体が宙に浮いていた。体?自分に体があるのか?そう薄ぼんやりと思考を始める。ゆっくりと意識が戻り始めた。気が付くと目が開いていた。
逆光の中に宇宙人を見た。よく見ると違う。自衛隊最強装備の一つである強化装甲服(片仮名でパワードスーツ?)に身を包んだ装甲殻兵(あだ名は人狼)だった。そのジンロウの顔(といってもガスマスクのような面体で覆われている)が心配そうに(?)こちらを見ていた。
目が合った気がした。
「おい、眼が開いたならさっさと返事をしろ!」
どうやらさっきから怒鳴っていたらしい。
「はい。今気がツきました。」
そこで初めて自分が仰向けになっている事に気が付いた。そしてジンロウの手が自分の肩に置かれていた。
「どうなりまぢた?」
上手く舌が回らない。
「安心しろ敵は追っ払った。」
違う。そんな事じゃない。
「横峰は?森竹は?伍長は?それに……」
「ああ?そっちは分からない。ただお前が担いでいた奴は生きてるぞ。」
それが分かればいいや。自分はもう一度、意識を手放した。
どうやら装甲殻小隊と三脚砲台は間に合ってくれたようだ。敵を側面から突き崩し、味方陣地をあっという間に奪回したらしい。ただそれを知ったのは気絶してから五、六時間たった後だった。
戦闘は終わった。結局、森竹とガリとデブは生きていた。横峰は頭を打って朦朧としていたが意識はあったようで僕に背負われた事を覚えていた。
ただ、僕の所属した小隊は全滅した。後は全員死んだ。あの掩蔽壕に置いてきた伍長も死んでいた。出血多量だとかいった。バカ野郎。
全員死んだと言ったが適当ではない。なぜならもう一人生きていた奴もいたが、気が狂っているらしく妄言を吐いているという。心が死んでしまっていた。
負傷者が多すぎるため自分のような軽傷者(右腕と左肩を打撲。打ち身が多数。体力気力切れ)は塹壕の地べたで寝ていた。右腕と左肩が燃えるように痛かった。右腕を見ると紫色になり三倍に膨れていた。自分で予備の巻き脚絆を使い、右腕に水筒を縛り付けた。片腕だけでやったのでかなり不格好ですぐにほどけそうっだった。誰も彼も忙しいので額に汗を吹き出しつつ「痛い、痛い。」と言いながらやった。左肩は自分では手が届かなくなっていたので飯盒の蓋を当てるだけしかできなかった。飯盒の蓋を患部に当てるだけでも、体の痛い所を動かさなくてはいけないから呻きながら襟から蓋を入れた。
それらが終わる頃にはもうすっかり夜中だった。満月が東の空に出始めていた。
昼から何も食べていなかったので腹が減って死にそうだった。痛みと空腹で眠れなくなっていると炊務(給食班)から冷たくなった握り飯二個と水が配られた。
握り飯に齧り付く。美味い。唾液が少ない口の中で握り飯がこびり付く。それでも美味い。飯盒に入った水で流すように飲み込んだ。
二個目を食べようとして口の中に違和感が生じた。口の中が血の味で不快になっている事に気が付いた。キ助と味方の血だと思うと吐気がふつふつと湧いてきた。ただ吐けば朝飯まで空腹なので吐けなかった。二個目の握り飯を気合を入れて左手で食べた。
満月が中天に差し掛かっていた。僕はまだ眠れなかった。
横峰は自分の横でグーグー寝ていた。少し殴りたくなった。
殴るのはやめた。もとから、するつもりもない。
理不尽な気持ちを和らげるために空を見た。満月だった。
見ているだけで血が騒ぐ月だった。見ているだけで痛みがひいた気がした。
ふと気が付くと歌を歌っていた。爺ちゃんが好きだった歌。
「月が~でたでた~、ぁっ月がぁ~でた~、よいよい」
炭鉱の山の上に月が出た所から始まる、炭鉱夫の歌だ。
「お札を枕に寝るよりも
よいよい、月の差し込むあばら家に
主の腕に抱かれて~、
わたしゃあ、ほんのり
暮らしたい。さのよいよい。」
その晩は自分の腕と肩が出す痛みと熱でまともに寝れずに何回も小さく歌を歌った。
翌日から陣地の修復に駆り出された。
働きが悪いので、足はもちろん頭も殴られ、飯も一食抜きになった。スイカの皮でも青米でも良いから食べたかった。
そういえば敵はどんな飯を食っているのだろう?