7.生にしがみつくのは醜いこと
ガ助というのは無茶苦茶する。砲兵を僕らの前まで歩兵と共に進めてきた。なかなか無茶だ。砲兵は敵の前面に出すには脆いからだ。だが敵はそれを実行する。
大量の出血をいとわず、砲兵に苦労させてもこんな所まで運んでしまう。向こうのお得意の戦法だ。
利点は、直接狙えてパカパカ撃てる事だ。
ガ国の砲兵隊は数学があまり出来ないらしく間接砲撃(弾道計算が必須)が出来ないらしい。なので砲兵隊は敵を常に自分の目で直接見れる位置に移動する。
そうすると、数学はいらない。必要なのは撃ちだす弾数だ。そして自分らはその弾数に圧倒されている。
一方の僕らは、ただただ狭い陣地に寄り添い次の瞬間には死を待つ兵隊蟻だ。
恐ろしいことに、まだ生きている。だが武器は無い。
馬鹿でかい対物狙撃銃は完璧にスライドがいかれた。なので、残った弾丸は手榴弾のように敵に投げつけた。もちろん信管は衝撃信管だ。いまやその手榴弾もない。いや有っても、もう投げれない。もう右腕がいかれて動かない。
拳銃も弾無し。横峰が撃っていた軽機関銃の弾もない。手榴弾も、ライフルグレネードも小銃の弾も全て使ってしまった。今あるのは、腰に挿していた銃剣一本だ。
トーチカは半壊、いつ全壊してもおかしくない。
壊れてないのは、大砲で撃たれてないからだ。沈黙し、分断されたトーチカを囲むのは大砲と歩兵だ。しかも、みんな敵だ。敵の軍靴達が奏でる重たい足音がどんどん近づいてくる。もしかしたらガ助は僕らを死体だと思っているのかもしれない。
もう自棄と疲労のせいで座り込んで動けない。隣で生きているのか死んでいるのか分からない横峰が伸びている。生死の確認も面倒くさい。ただ彼の切れた額から血が垂れているのを見れば、生きているのだろう。
「ねえ、もうすることないよね。」
色んな恐怖から逃れるために口を動かす。
「意外と死なない時は死なないもんだね。」
反応がないが構わない。自分は生きているであろう人間としゃべりたいから。死体とは喋りたくない。
「もうちょっと君と喋っていたかったよ。反応つきで。」
ああ、恐怖から逃げるために安心してきた。もう、怖くてガチガチだが構わない。もう死ねるのだから。
「やっとかな?もういいよね?」
嫌な返事が返ってきた。
「嘘をつくな。」
「!!」
またか。
「どうして?」
自分が話しかける相手は死体だ。あの親切な味方の死体だ。自分は精神がおかしいらしく、よく死体に喋りかけられる。
埃まみれのドロドロが喋る。
「死にたい奴が、武器に手を伸ばすもんか。」
気がつくと右腰の銃剣を左手が力いっぱいに握っていた。
「さあ、なぜでしょう?」
死体に目を戻すと、ただの死体に戻っていた。
その代わりに無数の声が聞こえる。今は大砲と銃の音しかしないはずの場所でささやき声が聞こえる。
「助けてくれ!」「敵はどこだ!」「死にたくない。」「殺してやる、殺してやる。」「お母さん」「死ぬのか?」「まだだ!」「国に帰りたい」「家に帰りたい」「いたいよお!!」「いやだあああ!!」「万歳」「どうして一人なんだ?」「おいていかないでくれ」「こわいよ」
場違いな声が聞こえる。自分もあの声の一つになるのだろうか。
「ぃゃ…。」
冷や汗がどっと出る。
「嫌だ。」
体に熱さが戻ってくる。かすれ声だが、ささやきではない。
「嫌だ!!」
まだ死にたくない。
「お前も死んで英霊になれ!!」「ここに残れ!!」
また別の死体が喋った。
「喋るな!死体が喋るな!!話しかけるなあああああああああああ!!!」
叫んだせいだろう。銃弾がまたバンバン飛んできた。ついでに手榴弾も。
足元に転がったそいつを投げ返す。ついでに石も拾って投げてやる。
でも、頭数が違いすぎた。いっぺんに三つ四つの手榴弾が飛んできた。自分は撃たれるとかそんな事も考えられずに外に出ようとした。僕の足に横峰の腕が当たった。
横峰の肩章に両手をかけ、最後の馬鹿力で横峰を引きずってトーチカを這い出た。右腕がビキビキいってる気がする。いつの間にか涙と鼻水で僕の顔はグチャグチャだった。
そして気絶した。たぶん手榴弾にやられたのだろう。
気絶する最後に見た瞬間は、敵の戦車が燃え、敵が逃げていく様子だった。夢だな。都合のいい。
『おい!おい!……』
最後は宇宙人か……。もう、いいよ。
僕の意識は再度落ちた。