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この素晴らしい世界  作者: 珂柏 涼瞬
塹壕戦編
6/14

6.破滅的な思考

 僕らは窮地に追い込まれていた。僕と横峰はトーチカ(コンクリート製のミニ要塞)の中でガンガン撃たれている。

 他の奴ら(森竹達も死んでなければ)もたぶんガンガンに撃たれている。

「なあ、どうしてこうなった?!」

「知らないですよ!」

「困ったなあ!!まだ告白もしてないんだよ!!」

「それ、死亡フラグだからヤメテ!!」

「大丈夫。あんな奴ら俺たちなら、いちころさ!!」

「だから、ヤメテ!!」

「大丈夫だ。死亡フラグ建て過ぎれば!!生存になる!!」

「ふざけているの!?」

 怒鳴り合わないといけない場所での会話は辛い。そして今の状況もつらい。なぜこうなったかと言うと、戦車の撃破と歩兵の完璧な掃討に失敗したからだ。



 さかのぼる事、五分前。

 僕と横峰は塹壕の壁に取り付き、撃ちまくった。

 横峰は二発、自分はそれぞれ五発撃った。そして二人して一目散に交通壕の中を逃げた。本当はもっと撃ちこんでやりたかった。だが、やれば死ぬ。

 話は変わるが、銃を構えるのには思ったよりも時間がかかる。その時間はだいたい五秒くらいだ。なので敵の反撃もだいたい五秒後に来るものだ。ただし状況にもよる。

 こちらからの攻撃を予想し警戒する敵はすぐに反撃できるように銃を構えている

だから、そんな敵を攻撃すれば二、三秒後には反撃が来る。その反撃が敵のただの鉄砲なら、まだ良い。すぐに頭を引っ込めれば当座をしのげる。だが向けられているそれが敵の戦車砲で七六ミリ榴弾砲だったら?

「げ!!」

戦車は三角形の陣を組んでおり、一番手前の戦車がこちらに真っ黒な砲口を向けていた。叫ぶ。

「逃げれ!!」

「!!」

二人して、敵に背を向け一目散に交通壕を走る。敵の七六ミリ榴弾の威力は装甲車程度なら軽く爆散させる事が出来る。二人の残兵なんて朝飯前のひき肉だ。

「!!」

 後方で砲撃音と爆発!曲がりくねった塹壕のおかげで爆風の殺傷範囲から逃れる事が出来た。ついでに敵歩兵の弾も飛んでくる。嫌な選り取り見取りだ。

 僕らは無機質な口を開けているトーチカ(コンクリートのミニ要塞みたいな物)の中に飛び込んだ。

 中には手榴弾にやられたのだろう。手足が満足にそろっていない死体ばかりだった。どの死体も同じ軍服なので出来そこないの人形に見える。でも顔面に残った表情と匂いは人間だった。その死体の中で銃眼(四角い射撃用の穴)を塞ぐ死体を殴るようにどかし、地面に転がした。その死体と目が合った。死んで間もない死体なので目が澄んでいるがピントがずれている。そのピントが自分に合わさった。そいつの口が動いた。

「敵襲、方向三時!!」

 目をそちらに向けると、僕らが入ってきた入り口の先に敵兵がいた。今度は敵と目が合った。綺麗な灰色な瞳だった。白人ってのは爬虫類みたいな顔だなあ。

 両手の拳銃を相手に向けた。相手もこっちに小銃を向けて来た。

 弾が出るのはこっちが早かった。拳銃といえども全自動で(マシンガン並みに)弾が出る拳銃だ。それも二丁。狭い塹壕内の一瞬の弾幕勝負なら負けはしない。灰色の瞳のピントが狂って視界から消えた。そして奥にいた敵もピントが狂った瞳にした。瞳の奥の光を消した。

 一人目と二人目を倒したところで弾が切れた。そこで横峰が小銃で援護してくれた。その間に物陰に隠れる。一丁を脇に置き、もう一丁は弾倉を二十連の物に交換する。切換え棒を「タ(単発)」に合わせ右手だけを敵に出し、交通壕にいる敵にメクラ撃ちをした。威嚇にしかならない。威嚇しながらトーチカの中で使えそうなものを探す。

 死体をどかした銃眼には、どでかい八七式二十粍速射自動砲(アンチマテリアル20ミリセミオートマチックライフル)が据え付けてあり、その横には六六式軽機関銃が転がっていた。

 こっちが威嚇している間に横峰は小銃に再装填を終えていた。横峰が撃ち始める。今度はこっちが再装填をする。二丁ともだ。二丁で合わせて四十発入りだ。それを横峰の横に置く。

「しばらく頼む!!使え!!」

「分かったよ、うん!!

 いい返事だ。

「え!?うそ~、一人!!」

 今聞こえたか。ごめんよ。手が離せないんだよ。

「死ぬなよ!!」

「ちょっと!!」

 こっちはこっちでやる事があるんだ。一度親切に注意してくれた死体の顔を見る。もう瞳のピントは狂っていた。

「ありがとう。」

 ぽそりと呟く。そうしながらも銃眼の先に視線をやる。

 敵戦車がこちらに向きを変えようとしていた。囮として最後の駄目押しをする。

 自分の身長ほどもある自動砲に取り付き、無理やり銃口を敵戦車に合わせる。六十キロの鉄の塊を、歯を食いしばって右に動かす。そして右手でボルトを往復操作し撃てるようにしよとする。動けよ!

 ボルトは重かったが見事に動き、足元に花瓶くらいの大きさの金色の弾丸が落ちた。足の爪先に当たるが、安全靴(鉄板入りの靴)なので大丈夫だ。

 照準眼鏡スコープを覗き目盛りで戦車の大きさを測る。距離百六mくらいかな?それに合わせて銃を微調整する。近すぎて怖い。だがこの銃は撃った事がなく教本でしか知らないので慎重になる。

 ああ!動かしにくい銃だ!!

 敵先頭戦車に照準が合わさった。重い引き金を引く。

 肩が殴られたかと思った。だが弾は当たらない。こんなに近いのに。微調整。再度発射。敵砲塔に命中。敵の装甲のペンキが一部禿げた。

弾かれた?!

あれ、教本通りなら貫通するんだけどなあ?嘘つき!!

全くダメージはなさそうだ。敵戦車旋回中。大砲がこちらを見やる。

鷹が首を回すようにこっちを見る。無機質な鉄の塊のはずなのに睨まれている気すらする。

 頼むからやめてくれ!!動かなくなってくれ!!僕は、やりたくないんだ!!

 暗い砲口から光が飛んだ。衝撃が来た。撃たれたのだ。だが、こちらは死んではいない。コンクリートで補強された陣地は榴弾が中に飛び込んで来ない限り破壊するのは不可能だ。でも、僕の理性は破壊された。


「馬鹿野郎!!」

 壊して殺して楽にしてやる!!壊してやる!!全部壊してやる!!

 それから、夢中で引き金を引いた。全部弾かれた。

 戦車三台は前進を止め横並びになり、つるべ撃ちしてきた。戦車の後ろから歩兵も撃ってきた。遠慮も容赦もなかった。僕と横峰がいるトーチカは揺すぶられ、耳はほとんど音を拾わなくなっていた。あまりの音の大きさに麻痺してしまった。弾が切れた。

 銃に覆いかぶさり弾倉を両手で外す。その時、何かが肩に当たり強制的に銃座から弾かれる。痛みはない。倒れた僕の側には無骨で大きな弾倉と拳大の天井から剥離したと思しきコンクリート片があった。僕は弾倉の方を両手で引っつかみ装填口にはめた。もう一回ボルトを往復操作する。途中でボルトが詰まった。無理やり腕力で薬室に弾を送り込んだ。手応えからして砂利が詰まったらしい。

暴発するかも?

知るか!!

人差し指に力を込める。今さら一つくらい考えられる死因が増えても大した事は無い。

だが死なないに越した事はない。そして自分達の命を握るのは三本の古式兵器だ。早く撃て三人!でもお前らが外したら、皆死ぬから慎重に狙ってくれ。

人間というのは利己的だ。取りあえず自分に関しては当てはまる。

 祈るような、急かすような思いで焦れる。その願いが早速叶った。自分から見て戦車右手側から派手な土埃がたった。その土埃からゴマ粒が飛び出した。そのゴマ粒共はそれぞれ戦車にぶつかった。見事命中!!

一拍遅れて先頭の戦車の車体が膨らんだ。次の瞬間にはその戦車の砲塔は爆音と共に消えた。なんだか地面がぐらりとか揺れ、足元でもう一回揺れた。どうやら空の散歩を楽しんだ砲塔が着地したらしい。

あの古式兵器自体にはこんな威力は無い。あの兵器の真価は敵の分厚い装甲を火薬の燃焼と爆発の力で穿ち、その装甲の内側を余った火力で灼熱地獄に変え、搭乗員を殺傷する事だ。たまたま運よく砲弾が誘爆したのだろう。

爆炎の中から閃光と砲撃が飛んできた。ついでに機関銃の弾もおまけで付いてきた。

「あ、やばい。」

 爆炎がいくらか薄くなる。敵戦車二台はどす黒い煙と紅蓮の炎を吐く地獄の釜に変っていた。最後の一台は見た感じでは無傷に見えた。ただし煙のせいで良く分からない。敵の歩兵が思い出したように撃ってきた。ただ、その発砲音は明らかに少なくなっていた。

「ねえ!こっちの敵が退いたよ!!」

 横峰が嬉しそうに言ってきた。でも喜べない。敵が退いた?何でだ?

「こっちは戦車二台の撃破を確認した。でも、まだ一台撃破し損ねた。まだ撃ってくる。でも敵歩兵も被害が出ているみたいだ。」

 引っ掛かるとは思いつつもこちらも状況を伝える。

 煙の向こう側から突如として雄叫びが聞こえた。声を出している人数はたぶん五、六人だろう。しかし、その声には歓喜だった。そして勝鬨でもあった。

「なんだ?!」

 慌てて自動砲から離れ銃眼に近づく。だが、空薬莢を踏んでしまい思いっきり良くこけた。背中をしたたかにぶつけた。緊張が途切れたせいなのか、もの凄く痛かった。

 この時は自分のドジを呪った。

 いきなり空気と地面が同時に揺れた。今までの比ではない。

 砲弾が僕らの拠り所にしている小さなトーチカの周りに着弾した。何発かはトーチカの前面に当たった。その衝撃で剥離した赤ん坊くらいの大きさのコンクリート片が僕の上をぶっ飛んで行き向こう側の土壁にめり込んだ。

 正直、何が何だか分からなくなった。

 横を見れば横峰が耳を押さえて伏せていた。慌ててそれに倣ってうつ伏せになり手と腕で頭部を守った。鉄帽をかぶっていないのが悔やまれた。

 目をつぶると天地が分からなくなった。

 あの三人は上手いこと逃げれたのかな?

 僕はこのまま瓦礫に埋もれるか、爆死だなあ。

 何故か僕はこういう状況になると安心できた。脳が誤作動を起こしたのか、それとも諦めの境地に至っているのか分からないが、とにかく安心できた。もしかしたら、終わりが見えたから安心したのかもしれない。

 自殺ではないのが嬉しい。でも、痛いのは嫌だなあ。

 でも、でも、……

 もうこれ以上、苦痛を受ける必要がない。

 もうこれ以上、何も傷つける必要がない。

 もうこれ以上、偽善を重ねる必要がない。

 もうこれ以上、夜を迎える必要がない。

 もうこれ以上、影におびえる必要がない。

 もうこれ以上、ルールを守る必要がない。

 もうこれ以上、何者をも憎む必要がない。

 もうこれ以上、笑顔を作る必要がない。

 もうこれ以上、罪悪感を持つ必要がない。

 もうこれ以上、悲しんでいる必要がない。

 もうこれ以上、あやまり倒す必要がない。

 もうこれ以上、嘘をつく必要がない。

 もうこれ以上、思い出を持つ必要がない。

 もうこれ以上、ため息をつく必要がない。

 もうこれ以上、体を確認する必要がない。

 もうこれ以上、皮をかぶる必要がない。

 もうこれ以上、何も見て聞く必要がない。

 もうこれ以上、明日を考える必要がない。

 もうこれ以上、自分を守る必要がない。

 もうこれ以上、朝を迎える必要がない。

 もうこれ以上、何かをする必要がない。

 もうこれ以上、なにも考える必要がない。


 自分は元々、死にたがりで生きたがりだ。強く死の匂いを感じれば、私は生き残りたいと思う。そんな時に思い出した事があった。

『灯、ヤバい時は開き直りなさい。』

 爺ちゃんの声が自動再生された。爺ちゃんの言葉の中ではあまり信用のおけない一言だった。実際、爺ちゃんの昔話を聞く限り、爺ちゃんは運任せの行動ばかりだった。

 敵三人に囲まれて爺ちゃんは塹壕を飛び出して敵三人をやっつけたが自分も負傷したとか、投げ込まれた三つの手榴弾を投げ返したとか、熊とトウキビ(トウモロコシ)畑でぶつかったとか、同盟国の沖太利亞の兵に韓国人に間違えられたとか……。

 少なくとも最後関係ないな。

 まあ、やるだけやって死んだ方がいいだろ。取りあえず、横峰はまだ生きているか?不安に思いつつ、視線だけを移動させて探す。いた!!嬉しいねえ。地獄に一人じゃないのが嬉しい。僕は地面に落ちていた六六式軽機関銃を拾って横峰の側に移動する。そして間近で怒鳴り合う。

「なあ、どうしてこうなった?」

「知らないですよ!」

「困ったなあ!!告白もしてないんだよ!!」

「それ、死亡フラグだからヤメテ!!」

「大丈夫。あんな奴ら俺たちなら、いちころさ!!」

「だから、ヤメテ!!」

「大丈夫だ。死亡フラグ建て過ぎれば!!生存になる!!」

「ふざけているの!?」

「ふざけて悪い?」

「笑顔で言わないでください!!」

「え?!」

 そうか、そうか、僕は笑っているのか。さぞかし引きつった笑顔だろうねえ。

「そうかい、僕は笑っているのか。」

「笑っていますよ!」

「ふっ、あっはっはっはっは!なかなか、おかしい!!笑ってる!?あはははは!!傑作だ!。」

「……。」

「どうした、その泣きそうでお化けでも見た顔は?」

「別に……」

「そうかい。最後に一花咲かすぞ!!」

「遠慮します!」

「遠慮するな、どうせ死ぬんだ。やろう?」

 自分は横峰を無理やり引きずって軽機関銃を押しつけ、銃眼から外を撃たせた。ちょうど敵の歩兵が押し寄せた時だったので、敵歩兵が踊るように倒れていった。自分は、故障気味の二十ミリ速射砲を外の敵に向けた。ついでに歌付きだ。

「♪答えのない毎日が、ただ過ぎてゆく時間が、これから先どうなるのだろう?分からない……」

 どでかい銃を構えてる時はやっぱりこれだよな。でもガ助には合わないなあ。

 そんな呑気な事を考えながら、自分は銃を撃ち続けた。横では横峰が半分泣きながら、それでも逃げずに勇敢に銃を撃っていた。

 遅かれ早かれ、僕らは死ぬだろう。

 でも、それは、それで悪くないような気がした。納得はしなかったが。

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