5.撃て撃て撃て!
「ぐえ!」
潰されたカエルの気分を味わった。重すぎて息が出来ない。息をさせろ!早くどいてくれ!!
「おっし。味方だ!!」
「もう二度とやんない!!」
上から呑気な声が聞こえてくる。
「あ~、どいてやれ……」
森竹のため息交じりの声。およそ戦場には似つかわしくない。
「「え?!」」
はもった声がする。ああ、もう駄目かも。手足の感覚はほとんどなく、ビリビリとした感触しかない。体が動かなくなってきた。気も遠くなってきた。
突然視界が白くなり、がばっと体をひっくり返された。
「ぶは!」
久しぶりの空気に肺がびっくりする。おかげで上手く空気を吸い込むのにもう何呼吸か必要だった。
「いやー、すまんすまん。」
「ごめんね。」
「ごほ、ひどいなあ、っ!!」
「「「あ?!」」」
僕と上から落ちて来た奴らは固まった。傍から見れば同じ服(軍服でしかも泥んこ)の三人が一斉に固まったら、さぞ間抜けに見えるだろう。「すまん」と言った奴は百キロデブだ。しかし、身長が百八十あるので見た目は巨漢だ。そして「ごめん」と言った奴は背が百五十五の体重五十キロ弱のガリだ。
「何なの?いいから動け!」
森竹が怒鳴る。
「んげ!」
何故か僕の頭に張り手が来た。
「やってる最中なんだよ!」
「どんどん近付いてくるよ!」
あら、横峰さん見張っててくれたのかい。
「本当?どんなふうに?距離は?」
「戦車が先頭で歩兵が後ろ。距離たぶん、300。じわじわ来てる。」
こっちが静かなもんだから様子でも見に来たのかな?
「逃げる?」
一応隊長ポジションの森竹に聞く。
「逃げるしかないだろ?」
森竹が疑問で返す。
「いや、逃げなくてもいい。」
「いいのがあるから!」
デブとガリがそれぞれ明るく言いながら背中から一mくらいの長細い物を出した。その先端は出っ張っていた。八八式88ミリ簡易無反動砲だ(愛称はヨンパチ)。使い捨て式のそれをデブが二本、ガリが一本背負っていた。
大仰な名前が付いてはいるが、兵器博物館から引っ張り出した骨董品を制式化しただけのものだ。たしか元ネタは150年前くらいの徳国(西洋のビール大好きな国)が作った兵器とキ国(ウォッカ大好きな現敵国)の兵器の混血児だったかな?この兵器の売りは三つ。成形炸薬弾(火薬の燃焼する力だけで鉄板に穴をあける弾)を発射でき、当たればキ国の大抵の戦車を壊せること!誰でも扱える事!そして町工場でも大量生産できる事。
ただし弱点もある。それは必中射程距離が五十mしかない事だ。
しかも当たった角度が浅いと弾かれる。さらに撃った時の爆炎と土埃で射手の場所がばれるのだ。敵戦車が生きてれば死の反撃が待っている。
そんな兵器が三本ある。敵戦車は三台。外せない。外せば高確率で死ぬ。外さなくても敵歩兵がいる。
逃げたいな。逃げて任務は完了できるか?
否。
ああ、やんなるなあ。
「隊長さん。それじゃあ、どうする?」
森竹に聞く。そして続ける。
「囮は僕でいいですかね?」
どうせ死ぬなら目立ちたいものだ。
僕は握りしめていた横峰の小銃を背中に背負い、自分の拳銃の弾倉を確認した。確かに十発入っている。そして、それを自分の左手に持たせた。
「へ?」
そんな素っ頓狂な声を出しなさんな。顔に似合わず可愛いじゃないか。
「だってその兵器、奇襲じゃないと当たらないだろ?じゃあ囮が必要だ。」
「たぶん死ぬよ?そんなにやりたいの?」
「人よりは悪運があると思っています。でしょ?」
デブとガリに同意を求める。二人は渋々頷いてくれた。ありがと。
その時、味方(今は死体)の砕けた腰に血まみれの拳銃がさしてあるのを見つけた。自分が左手に持っている拳銃となぜか同型だった。現在の皇軍では製造されてない銃だ。その拳銃と予備の弾倉をはぎ取らせてもらった。血が容赦なく袖口を濡らし、手をべたべたにした。
「ごめんなさい。」
口では謝っておきながら頭では「この拳銃は暴発しそうだなあ」と考えていた。まあ、頑丈な拳銃だから、たぶん大丈夫だろう。だが弾に血が付かないようには気を使った。
「自分は敵から見て右側の交通壕からど派手にやるから、外さないでね。」
「……」
敵に当たるとも思っていないので二丁の拳銃を持つ。一つは左手に、一つは腰に刺す。
「おい!」
「ん?なに?」
「勝手に仕切るんじゃねえよ!囮はお前と横峰だ。戦車はこいつとこいつと俺だ。」
「んあ?」
リーダーってのは頭が回るもんだな。横峰に右手を伸ばす。
「了解。んじゃ、行こか。」
「はい?!」
全く話を聞いてなかったらしい横峰を引きずって交通壕を走る。
「え、何するの?もしかして逃げるの?」
嬉しそうな声を出すな。
「いんや、囮でドンパチ。」
「それ死にませんか?」
「神様に祈れば。」
「これといった神様は祈ってないんですけど……。」
「え、じゃあ、努力しろ。あと返す。」
襲撃予定位置に着いたので横峰から借りていた小銃を後ろの持ち主に突き返す。止まり切れなかった横峰が体全体で小銃を受け止めた。
「うわ!…やめてくれませんか?それと、弾入っています?」
「弾はもちろん全弾装填済みだよ。」
「やるんですか?」
「もちろん。死中に活を求めるっていうのかな?」
「シチューにカツ?美味しくないよ?」
「乱太郎みたいな事言うなって!一、二、三で撃ちまくるぞ!」
「何に?」
「敵に。」
「当たる?」
「たぶん当たらん。」
「え?!」
「撃ったら頭引っ込めろよ。」
「あなたに言われたくないよ!」
うっ。確かにそうだ。怪我の大半がずっこけてできた男には言われたくないだろう。
「……。」
無言を返した。敵の様子を見るために一瞬だけ頭を出す。敵は予定していた位置よりも奥に行ってしまった。ちょっと遅かった。仲間がやばい。二丁の拳銃をそれぞれの手に持たせる。欲しいのは発砲音だ。敵が寄ってくれればいい。
「いいよ。」
横峰の声が右から聞こえて来た。遠くから聞こえてきたみたいだ。ああ、逃げたい。何もかも放り出して。そうは思っても両手が動く。拳銃の安全装置を解除し、切り替え棒を「レ(連発)」に合わせる。
「それじゃあ、一、二、…」
僕は興奮と緊張と不安と恐れでグチャグチャになりながら。手の温度がすっと下がる。足に温かみが集まる。この瞬間が人生で最高の瞬間だ。この時こそ、自分が生きている事を感じさせてくれる。この最低な気分を僕は愛してすらいた。でも嫌いだった。泣きたくなる。
「三!」
でも、僕は泣いた事がなかった。いや違った。自分の事では泣けなくなっていた。
この時、僕はどんな顔をしているのか分からなかった。
知りたくもなかった、自分の顔の事なんて。
二人で短い銃撃を行った。でも永遠のようだった。興奮した脳が見せる幻覚のような世界だった。