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この素晴らしい世界  作者: 珂柏 涼瞬
塹壕戦編
3/14

3.兵隊

 僕らは雪崩のように飛びかかった。勇んで突っ込んだが、肝心の敵兵は死んでいるか、死にかけだった。僕らは興奮と恐怖によってズタボロの敵兵に剣やスコップをぶつけた。人間に凶器をぶつける感覚は、その硬い手応えで僕の心を痺れさせた。敵を殺すごとに、ピリリとした刺激と、じんわりとした安心感を覚えた。

 そのまま第四小隊(現在自分が所属中)は第三小隊と共にさらに陣地左翼の奥を目指した。何が何だか分からないまま、どん詰まりへ一直線だ。

 途中で待避壕に隠れていた敵歩兵の一団と戦闘になったが、手榴弾を待避壕の中に放り込んだだけで沈黙した。生き残っていた残骸のような人間を銃床で殴った。まだ呻いていたが、そいつは四肢がボロボロだったので放置することにした。あんな、グチャグチャでも人は生きていられるという、有難くもない事実を学習した。死ぬ時は、あっさりありたいものだ。

 また、所々で壊れた戦車や装甲車を盾にしている敵歩兵達がいた。そいつらは自分達のライフルと擲弾筒(手持ちランチャー)で引き裂いた。最後はこちらが突撃して白兵戦(どつきあい)によって死んでいった。白兵戦になると彼らは抵抗らしい抵抗をしなかった。だが殺した。

 敵歩兵は両手を上にあげ、何かを喚いていた。降伏の動作は世界共通だ。

しかし言葉は分からないというのは良い。罪悪感をなくすのにちょうどいいからだ。自分が振るった銃剣が敵兵の柔らかな右腹に突き刺さり、何かをブツリブツリと切断しながら左に抜けて行った。そいつのはらわたがグズグズになって銃剣にくっついてきた。自分以外の兵隊もそいつに銃剣でけしかける。引き裂いた胴体からコポリコポリと気泡をもらしながら血だまりの中で死んでいった。

 その死体から伸びた腸が自分の銃剣に引っ掛かったままだった。自分は銃剣を振る、あまり粘着せずに腸は外れ、地面に勢いよく落ちていった。靴にその時に跳ねた血が付いた。茶色い敵軍服を着た死体の顔はどこか爬虫類みたいだった。

 僕らは快調に進撃した。そして淡々と陣地を奪取していった。突出し、散り散りになり砲火に引き裂かれた敵部隊を蹂躙した。弱い者いじめだった。

 塹壕戦と言うのは意外と淡白なものだ。たしかに攻撃を受けた時はパニックになるし、敵が近接してくるので派手になる。だが敵がこちらの陣地を奪った場合、元は僕らの陣地だ。どこに砲弾を落とせばいいのかを味方砲兵は熟知している。結果、敵兵はいとも簡単に吹っ飛ばせる。また敵戦車が頑丈とはいえ何十発も砲弾を撃ち込めば行動不能くらいにはなる。

 つまり、ほとんどの敵は砲兵が片付けてくれるわけだ。裏を返せば僕ら歩兵は砲兵に殺される確率が高いのだ。だが味方と敵(ガ国人)に殺されるのは嫌だ。

 僕らの何割かはガ助(ガ国人の蔑称)に殺された。だが、十割ではない。

 そうそう殺されてたまるか。敵なんて大嫌いだ。誰であろうが大嫌いだ。同じ赤い血が流れているだけ余計に嫌いだ。相手が化け物だったら良かったのに。そうすれば殺しやすくなる。

 残骸と化した装甲車の陰からガ助が撃ってきた。僕の頭のすぐ横を通り、後ろの土壁に吸い込まれていった。

 頭に血が上る。逆に手や足は冷える。

「ああ!!」

 相手がいたあたりに銃弾を叩きこむ。残念ながら皇国の主力銃は手動装填式(ボルトアクション)小銃だ。相手に連続して銃弾を贈ってやれない。代わりに味方がバンバン撃ちまくる。敵は頭を引っ込めてしまった。自分も邪魔にならないように一発撃って土嚢代わりの俵の裏に隠れる。

 この時、森竹は散弾銃(ショットガン)でもって敵兵の首と胸に命中させ吹き飛ばした。それに興奮したのか、ちょび髭の小隊長がやらんでもいいのに一番に物陰から飛び出して行った。

 その時、小隊長が死んだ。鉄砲の軽い発砲音と共に背中が砕けた。

 そして小隊長が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。そのまま、手と足が何回か前に行こうともがいていたがすぐに動かなくなってしまった。

 その小隊長のあっけない最期につい釘づけになってしまった。なので自分のすぐ後ろに銃口がある事に気が付かなかった。ボンという散弾銃特有の少し曇った発射音が聞こえ、頭上を散弾が駆け抜けた。

耳がキーんと痛くなり、強い硫黄の匂いが鼻をついた。

 そして僕の視界の中に敵兵が転がり出てきた。しかし敵兵は右半身を血だらけにしていた。でも銃は離していなかった。

 僕の後ろで森竹が散弾銃を動かす重い音が聞こえた。銃の薬室に弾が送り込まれ、それを金具が固定するカチャリという小さな音を耳が拾った。そして甲高く、それでいて曇った発砲音、その全てが自分の背後から聞こえた。最後は首筋に燃え残った火薬カスが落ちてきた。そのチリチリとした熱さが首を焦がした。

 目の前にいた敵兵はどこの誰とも分からない死体になった。顔面がぐちゃぐちゃだった。

 それから森竹は敵兵に散弾の雨あられを押し付けた。

 森竹は曲がり角を曲がると、何も見ずに散弾を二、三発叩き込んだ。敵がいたら、もっと撃つ。

「……まいった。」

 確かに敵しかいないと言われている所だが、敵じゃなくて味方がいたらどうするつもりだ?そのまま、撃ちこみそうだ。実際、自分も危なかった。まあ、あの場合は森竹に救ってもらったのだから礼を言うべきなのだろう。

 その容赦のない射撃は敵兵を確実に屠った。だが、やはり塹壕内で這いつくばっていた味方も殺していた。森竹は敵兵と白兵戦をしていた味方を後ろから撃ち抜いてしまった。

 それでも、いやなおのこと、森竹は敵と味方の死体からはぎ取った散弾銃を背中に何本も背負い、塹壕内の敵を率先して殲滅していった。敗残兵の寄せ集め部隊の中ではぴか一の成績だったが、同時に少数の息のあった味方を殺していた。

 こうして、僕らは敵と味方の死体を踏んづけて陣地を奪い返していった。

 散弾銃の鬼が障害物を退けながら、僕らは前進した。

 森竹がぶっ放して、剣やスコップを持った兵士がボロ雑巾の人間達を引き裂いた。全員もれなく血がこびりついていた。

 そんな中で僕は、当たりを引いた。大凶だ。

 交通壕の横道を覗いたら右や左にうろうろしている敵兵の一団を見つけた。五、六人いる。

 小銃擲弾(ライフルグレネード)(手榴弾を手ではなく小銃で飛ばす兵器)を反射的に撃ち込んでしまった。銃は下に置かずに水平射撃だ。

 くぐもった、「ボン」という音と共に手榴弾が敵兵をすり抜け交通壕の真ん中に着地した。

 あまり距離を離さずに撃ったせいで、土と血と爆風が僕に来る。土くれが眼鏡にこびり付き、血が霧吹きのようにしっとり体にかかる。爆風が否応なく鉄の味を僕に押し付けた。硝煙の焼けるにおいが鼻を痛くさせた。

 僕はこれで「終わりだ」と思った。そんなことはなかった。土煙の向こうから軽い発砲音と閃光、それにパシパシという着弾音が自分を包んだ。

 伏せて撃ち返そうとした。伏せたまでは良かった。だが、弾を撃つ段になって気が付いた。今は空包だった!つまり、撃っても意味無し。

「終わった」

 敵兵が土煙の間から突撃してきた。

 一人目は自分の銃剣を下から突き上げて止めれた。しかし二人目がすぐに来る。

 二人目が小銃の先の銃剣を僕に向かって伸ばす。僕の首か胴体に刺さる軌道だ。僕としては願ったり叶ったりなので諦めた。

 しかし、二人目の銃剣は僕ではなく横の土壁に刺さった。

 敵兵の小銃は誰かの腕によって弾かれていた。

 そして二人目の首筋は切れていた。

「ぼっとしないで!」

 誰かに言われて、腰の自動拳銃オートマを抜き取った。弾倉に十発、薬室に一発(薬室に入れるのは規定違反)入っている。狭い塹壕内では拳銃は心強い味方だ。奥のほうにいる小銃を構えた敵兵に対してガンガンに撃ちこんだ。助けてくれた誰かは、手前の接近してきた奴らに刃を立てていた。

 その後、自分は拳銃で「誰かさん」はナイフで何人かと白兵戦をした。

「危ないからやめてください。」

 やっと相手の顔を見る余裕ができた。ノッポの横峰さんだった。

「すいません。あと、ありがとう。」

 自分はそれを言うので精一杯だった。左手に下げた拳銃のボルトは下がり切っていた。

 ひと段落着きたかったが、僕と横峰は第4小隊とはぐれてしまっていた。なので横峰と二人で小隊を探した。

一瞬は二人で青くなったが、散弾銃特有の派手な死体と弾痕が多かったので道しるべには困らなかった。ただし、血糊が滑るので歩きにくい。赤い足跡が続いていた。

三分もしないうちに追いついた。

 意外とすぐ近くにいた。

 だが様子がおかしい。まず小隊の人数が十人弱になっていた。そして残ったやつらは全力で塹壕の中に隠れていた。

「隠れろ!タンク(戦車)だ!」

 森竹に怒鳴られた。

「へ?!」

 二人して間抜けな声を出した。

 敵の七六ミリ戦車砲が唸りをあげた。



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