11.組織と情
僕らは生きている。動物だったら立派である。人間としてもご立派な事である。しかし、軍隊ではただ生きているだけでは立派ではない。務めを果たして初めて立派なのだ。
だから僕らのように、命令を無視し(持ち場に行かなかった)、敵前逃亡をし、味方まで誤射した連中を軍隊という組織は放ってはおかない。中隊長からのお達しは、
「敵状は第35軍が小樽を占拠し、岩内の奪取を企図している。森竹分隊は明日の0700までに稲穂嶺山中に向け前進。到着はすみやか(出来るだけ早く)。その後、敵に対し遊撃を実施。」
という命令を受け取った。
「これは懲罰任務だ。期限は我が軍が小樽を奪回するまでだ。」
いや罰だった。しかも、死刑の方がましな罰だ。
「本来なら、お前らは銃殺だ。だが、先の陣地奪回において一個小隊で戦車三機を撃破。陣地を目標地点まで奪回し、中隊一個を足止めした。その戦功をもって懲罰任務とする。」
一応やったことは評価されているらしい。しかし、まあ、改めて聞くと小隊一つの戦果とはとても思えない。でも、皆死んでしまっているから、ある意味無意味なものかも……。
その後、浜岡曹長が中隊長に代わって細かな説明を始めた。
僕ら移動手段は自らの足であること。
武器は鉄砲一丁。実包(弾)が百二十発こっきり。それ以外の武装は認めず。
携行食料は三日分。足りない分は現地調達とのこと(どうやって?)。
なかなか、生きてはいけなさそうなラインナップだ。
「最後に森竹分隊にはやってもらう事がある。」
浜岡曹長は付け加えた。
「先の攻撃で埋まった弾薬庫を今日の2000までに復旧しろ。復旧次第、すみやかに出発せよ。」
罰のついでの罰が待っていた。
僕らは装備を背嚢と雑嚢一つにまとめた。訓練と習慣により五分と経たずに準備が終わってしまった。それに私物と支給品が少ないせいもある。
僕らの会話はまるで無かった。それぞれが難しく黙り込み。モヤモヤとした空気が流れていた。準備が完了し、皆が無言で森竹の顔を見た。
「行くぞ。」
森竹がそれだけを言った。僕らは一ヶ月近く寝食した塹壕から出て行く。塹壕内でたむろする味方の兵士がこちらを見てきた。彼らの大半は無言だった。ただ、位が上の兵も下の兵も皆が敬礼をしてきた。自分らも敬礼を無言で返す。
「気いつけてな。」
「ご武運を。」
そんな暖かい言葉をかけてくる兵もいた。
「自業自得だ。」
「二度とそのツラを見たくない。」
味方殺しのおかげで隠す気もない憎悪をぶつける兵もいた。
僕らはただ、ただ、塹壕の中を粛々と歩く。この塹壕で最後の務めだ。
「おう、来たな。」
浜岡曹長が渋い顔で煙草を燻らせ待っていた。
「お前さん達の最後の仕事だ。この武器庫入口の土砂を取り除け。ここにワシの代わりの兵を置いておく。終わったらそいつに報告しろ。その後、ここを出発すれ。」
渋面を変えずに曹長が言った。
「はい、これより武器庫入口の土砂を取り除きます。終わり次第、出発します。」
森竹が復唱した。
「よし、いいな。それにしてもな、……」
曹長がふっと表情を崩した。
「ボンズ(坊主)、お前の遅刻癖は最後まで治らんかったな。」
僕に向けた言葉だった。浜岡曹長からはよく鉄拳制裁を受けていた。
この前、俄助に攻撃される直前(給食の前)にも受けていた。
「はい、すいません。以後気を付けます。」
条件反射で背筋を伸ばし、言葉が出てきた。
「ボンズのそのセリフも聞き飽きたな。」
曹長は自分の顔をちょっと見つめ、森竹、横峰、浅田、藤の顔を順繰りに見ていった。
「ワシはこれから独り言を言う。よく聞いておけ。」
「「「「「は?」」」」」
皆の声がハモった。
「まったく、俄助め。武器庫を潰すとは。これじゃあ、武器がなくなっても分からんじゃないか。」
曹長がニヤリとした。そして声を低くして、
「遠慮するな。」
と言った。
僕らはアホみたいに一瞬ポカンとした。
「ありがとうございます!」
僕らの脳みそが事態を飲み込んだと同時に、バラバラに礼を言わせた。
その時の礼は敬礼ではなく、皆で腰を折って深々と礼をした。
「武士の情けだ。しっかりと、やってこい。」
そう言って、曹長は立ち去った。
僕らは夕日に照らされながら出発した。見送りは浜岡曹長の使役兵ただ一人だった。
僕らの心は重かったと思う。少なくとも僕の心は重かった。でも、荷物が重くなった分だけ心が軽くなった気がした。
「今日は国道五号線を北上する。明日からは山ん中だ。」
森竹は歩きながら告げた。
「あ!あと俺はコンパスはよく分かんねーから、よろしく!」
なんか、心配の種が増えた。そういえば、ヒロと三成は、……
「僕も分かんない!」
ヒロが手を挙げた。
「俺も分からん。」
三成も手を挙げた。
うん、そうだったね。二人共、野外演習で地図読みが下手でしたね。
「えー!?森さん達は出来ないの?」
横峰の顔が曇った。
「あの、僕は一応読めます。」
おずおずと僕は声を出した。
「じゃあ、横さんと古で先導して。」
森竹が押し付けてきた。
「「え?!」」
横峰と僕は互いに顔を見合わせた。
「「よろしく?」」
僕ら二人は不安でいっぱいになった。
太陽は地平線の下に潜りこんだ。