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この素晴らしい世界  作者: 珂柏 涼瞬
山中遊撃戦編
11/14

11.組織と情

 僕らは生きている。動物だったら立派である。人間としてもご立派な事である。しかし、軍隊ではただ生きているだけでは立派ではない。務めを果たして初めて立派なのだ。

 だから僕らのように、命令を無視し(持ち場に行かなかった)、敵前逃亡をし、味方まで誤射した連中を軍隊という組織は放ってはおかない。中隊長からのお達しは、

「敵状は第35軍が小樽を占拠し、岩内の奪取を企図している。森竹分隊は明日の0700までに稲穂嶺山中に向け前進。到着はすみやか(出来るだけ早く)。その後、敵に対し遊撃を実施。」

 という命令を受け取った。

「これは懲罰任務だ。期限は我が軍が小樽を奪回するまでだ。」

 いや罰だった。しかも、死刑の方がましな罰だ。

「本来なら、お前らは銃殺だ。だが、先の陣地奪回において一個小隊で戦車三機を撃破。陣地を目標地点まで奪回し、中隊一個を足止めした。その戦功をもって懲罰任務とする。」

 一応やったことは評価されているらしい。しかし、まあ、改めて聞くと小隊一つの戦果とはとても思えない。でも、皆死んでしまっているから、ある意味無意味なものかも……。

 その後、浜岡曹長が中隊長に代わって細かな説明を始めた。

 僕ら移動手段は自らの足であること。

 武器は鉄砲一丁。実包(弾)が百二十発こっきり。それ以外の武装は認めず。

 携行食料は三日分。足りない分は現地調達とのこと(どうやって?)。

 なかなか、生きてはいけなさそうなラインナップだ。

「最後に森竹分隊にはやってもらう事がある。」

 浜岡曹長は付け加えた。

「先の攻撃で埋まった弾薬庫を今日の2000までに復旧しろ。復旧次第、すみやかに出発せよ。」

 罰のついでの罰が待っていた。


 僕らは装備を背嚢リュックと雑嚢一つにまとめた。訓練と習慣により五分と経たずに準備が終わってしまった。それに私物と支給品が少ないせいもある。

 僕らの会話はまるで無かった。それぞれが難しく黙り込み。モヤモヤとした空気が流れていた。準備が完了し、皆が無言で森竹の顔を見た。

「行くぞ。」

 森竹がそれだけを言った。僕らは一ヶ月近く寝食した塹壕から出て行く。塹壕内でたむろする味方の兵士がこちらを見てきた。彼らの大半は無言だった。ただ、位が上の兵も下の兵も皆が敬礼をしてきた。自分らも敬礼を無言で返す。

「気いつけてな。」

「ご武運を。」

 そんな暖かい言葉をかけてくる兵もいた。

「自業自得だ。」

「二度とそのツラを見たくない。」

 味方殺しのおかげで隠す気もない憎悪をぶつける兵もいた。

 僕らはただ、ただ、塹壕の中を粛々と歩く。この塹壕で最後の務めだ。

「おう、来たな。」

 浜岡曹長が渋い顔で煙草を燻らせ待っていた。

「お前さん達の最後の仕事だ。この武器庫入口の土砂を取り除け。ここにワシの代わりの兵を置いておく。終わったらそいつに報告しろ。その後、ここを出発すれ。」

 渋面を変えずに曹長が言った。

「はい、これより武器庫入口の土砂を取り除きます。終わり次第、出発します。」

 森竹が復唱した。

「よし、いいな。それにしてもな、……」

 曹長がふっと表情を崩した。

「ボンズ(坊主)、お前の遅刻癖は最後まで治らんかったな。」

 僕に向けた言葉だった。浜岡曹長からはよく鉄拳制裁を受けていた。

 この前、俄助に攻撃される直前(給食の前)にも受けていた。

「はい、すいません。以後気を付けます。」

 条件反射で背筋を伸ばし、言葉が出てきた。

「ボンズのそのセリフも聞き飽きたな。」

 曹長は自分の顔をちょっと見つめ、森竹、横峰、浅田、藤の顔を順繰りに見ていった。

「ワシはこれから独り言を言う。よく聞いておけ。」

「「「「「は?」」」」」

 皆の声がハモった。

「まったく、俄助め。武器庫を潰すとは。これじゃあ、武器がなくなっても分からんじゃないか。」

 曹長がニヤリとした。そして声を低くして、

「遠慮するな。」

 と言った。

 僕らはアホみたいに一瞬ポカンとした。

「ありがとうございます!」

 僕らの脳みそが事態を飲み込んだと同時に、バラバラに礼を言わせた。

 その時の礼は敬礼ではなく、皆で腰を折って深々と礼をした。

「武士の情けだ。しっかりと、やってこい。」

 そう言って、曹長は立ち去った。


 僕らは夕日に照らされながら出発した。見送りは浜岡曹長の使役兵ただ一人だった。

 僕らの心は重かったと思う。少なくとも僕の心は重かった。でも、荷物が重くなった分だけ心が軽くなった気がした。

「今日は国道五号線を北上する。明日からは山ん中だ。」

 森竹は歩きながら告げた。

「あ!あと俺はコンパスはよく分かんねーから、よろしく!」

 なんか、心配の種が増えた。そういえば、ヒロと三成は、……

「僕も分かんない!」

 ヒロが手を挙げた。

「俺も分からん。」

 三成も手を挙げた。

 うん、そうだったね。二人共、野外演習で地図読みが下手でしたね。

「えー!?森さん達は出来ないの?」

 横峰の顔が曇った。

「あの、僕は一応読めます。」

 おずおずと僕は声を出した。

「じゃあ、横さんと古で先導して。」

 森竹が押し付けてきた。

「「え?!」」

 横峰と僕は互いに顔を見合わせた。

「「よろしく?」」

 僕ら二人は不安でいっぱいになった。

 太陽は地平線の下に潜りこんだ。

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