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一般マッサージ師、女騎士団の専属になる  作者: 久喜崎


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第4話:陥落の産声

レオンの温かな指先が、セレスティリアの汗ばむ背中の素肌に、しっとりと触れた。


「……っ」


その瞬間、セレスティリアの全身を電流のような鳥肌が走った。

いくら布を一枚隔てているとはいえ、男の手が、これほど素肌に近い無防備な場所に触れている。それだけで反射的に心臓が大きく跳ね上がり、呼吸が浅くなる。剣を握り、闘争と規律に満ちた騎士として生きてきた二十四年間において、こんな無防備な経験はただの一度もなかった。


「力を抜いてください。緊張していると余計に痛みます。まず、呪いの正確な位置と深さを探ります」


レオンの声は相変わらず穏やかで事務的だったが、その指先はすでに精密機械のような正確さで仕事を始めていた。

強張った背中の筋肉の上を、彼の広く温かい掌が、ゆっくりと滑っていく。まるで絡まった極細の糸を一本一本辿って解きほぐすように、正確に、そして酷く丁寧に。


「……見つけました。左の肩甲骨の内側、脊柱のきわの奥深くに、呪いの芯が一つ、どす黒く固まっています。それを核にして、背中全体の筋繊維に沿って蜘蛛の巣のように魔力汚染が広がっていますね。これが激痛の正体です」


セレスは答えなかった。いや、答えられなかった。

ギリリと奥歯を強く食いしばり、顔を埋めたシーツを指の関節が白くなるほど固く握りしめている。

強烈な羞恥心と、これから何をされるか分からない未知への恐怖。部下の前では決して誰にも弱さを見せずに、孤高の強者として戦い続けてきた騎士団長が、たった一人の非戦闘員の男の前で、最も無防備な背中を晒し、震えているのだ。


「それでは、呪いの芯を一気に引き抜きます。一時的に強い痛みが走りますが、我慢してください。いきますね」

「待――」


心の準備など、待ってくれなかった。


レオンの力強い親指の腹が、脊柱の際にある呪いの芯の核を正確無比に捉え、深く沈み込んだ。

そこへ、常識を遥かに絶する密度の、純粋で強大な治癒魔力が一気に流し込まれる。


「ぁ――っ!?」


セレスティリアの背中が、まるで雷に打たれたように大きく弓なりに跳ね上がった。


焼けるような凄まじい痛みが一瞬だけ全身の神経を駆け抜け――次の瞬間、それが、まるで熱湯に放り込まれた氷塊が砕け散るように、一瞬にして音もなく消え去っていく。

ど黒い呪いの芯が完全に融解する。その周囲の筋肉に張り巡らされ、彼女を苦しめていた魔力汚染が、レオンから溢れ出す温かな治癒魔法の光に次々と浸食され、溶け、水のように体外へと流れ出していく。


「っ……あ……ふぅ……っ」


激痛が嘘のように消え去った後に怒涛のように押し寄せてきたのは、かつて経験したことのない、想像を絶するほどの心地よい脱力感だった。

何年もの間、過酷な訓練と実戦で張り詰め、決して休ませることのなかった筋肉群が、レオンの底なしの魔力によって強制的に、そして優しく弛緩させられていく。肩甲骨の周りに蓄積され、凝り固まっていた鉄のような疲労の塊が、一枚、また一枚と剥がれ落ちて熱に溶けていく。


「無事に呪いは抜けました。今から、呪いの影響で周辺に溜まってしまった魔力滞留と、ついでに慢性的な凝りも一緒に流していきますね」


レオンの指が、再び生き物のように滑らかに動く。

首の付け根から肩、そして背中全体にかけて、掌の心地よい温もりがじわじわと広がっていく。これはただの表層的な揉みほぐしではない。的確なツボを押さえる指先から絶え間なく流れ込む治癒魔力が、セレスティリアの体内の深奥で滞っていた疲労物質を、物理的かつ魔法的にゴリゴリと融解させているのだ。


「そこ……っ、くっ……!」


セレスの喉の奥から、必死に押し殺したくぐもった声が漏れた。

特に凝りが酷い右肩甲骨の深層筋に、レオンの親指が驚くほどゆっくりと、そして容赦なく深く沈み込んでいく。痛気持ちいいという次元を超越した、強烈な快感が脳髄を痺れさせる。


「ここですね……かなり酷い状態です。長年、重い大剣を全力で振り続けてきた負荷とダメージが、回復しきらないまま全部ここに溜まっています。よくこれで腕が上がりましたね」

「あ、待っ……そこは、だめ……っ、んっ!」


だめだと言っているのに、意志に反して身体が全く拒否のサインを出してくれない。

長年凝り固まっていた筋肉の最奥の芯を正確に捉えられ、ほぐされるたびに、常に張り詰めていた全身の神経が、嘘のようにトロトロとほどけていく。強靭な意志とは完全に無関係に、全身の末端から抗いようのない脱力感が広がり、手足が重くなっていく。


「ぁ……ひゃっ……! ああっ……」


ついに、甘く、だらしない声が唇からこぼれ落ちた。

自分の口から出たとは到底思えないほど、完全に力が抜けきった、艶を帯びた声。


その事実に気づいた瞬間、セレスの顔が耳の裏まで真っ赤に燃え上がった。


「ち、違っ……いま、のは……違う……っ」

「大丈夫ですよ。首の付け根の極度の凝りが一気にほぐれて血流が再開しましたね。ここまで極限状態に固まっていると、神経が解放された瞬間に、反射的に声が出てしまうのは治癒の過程ではごく普通の反応ですから」


普通じゃない。こんなの、絶対に普通じゃない。

自身の醜態を恥じ、必死に理性を取り戻そうとするが、肝肝の身体がもう完全に言うことを聞かなかった。


レオンの魔法を帯びた掌が背中の流線を描くたびに、何年分も蓄積されてきた疲労と痛みが、心地よい熱とともに音を立てて溶けていく。

何層も、何層も重く分厚く積み重なっていた「無敵の騎士団長としての重圧」という名の鎧が、彼の指先によって一つずつ、いとも容易く剥がされていく感覚。


「もっ……と、ふか……く……そこ、お願い……っ」


無意識のうちに呟いていた。

懇願するようなその言葉が自分の口から出たなんて、自身の耳が信じられなかった。誇り高き白百合の騎士団を束ねる頂点の女騎士が、素性も知れぬ見知らぬ男に対して、「もっと深く触ってほしい」などと、熱に浮かされたようにねだっているのだ。


けれど、溢れ出す快感の波にもう抗うことはできなかった。


「あ……だめ……わたし……こんなの……おかしくなっ……ちゃ……っ」


声は濡れて震え、強く閉じた瞳の端から、熱い涙がポロポロと滲み出した。

それは決して痛みによるものではない。二十四年間、ただの一瞬も気を抜くことなく、誰にも見せずに背負い続けてきた重すぎる荷物が、根こそぎ融かされ、奪われていく圧倒的な安堵感。張り詰めていた糸が切れ、抑えきれない感情が溢れ出し、身体が、脳が、勝手に泣いて喜んでいたのだ。


「――本当によく、一人で頑張りましたね。もう大丈夫ですよ、団長」


レオンの、すべてを包み込むようなひどく穏やかで優しい声が、無防備になった鼓膜に柔らかく、深く染み渡った。


「今日は、このままゆっくり休んでください」


その波の音のような声を最後に、セレスティリア・フォン・ローゼンバーグの張り詰めていた意識は、深い深い微睡みの中へと思わず途切れた。

数多の敵を屠り、白百合騎士団を率いる「鉄の女」が今ここで見せているのは、おそらく数年ぶりの――いや、もしかすると彼女の人生で最も無防備で、少女のように安らかな寝顔だった。


汗ばんだシーツに柔らかい頬を押し当て、小さく胎児のように丸まった身体からは、昼間の凛とした騎士団長の恐るべき面影など微塵も感じられない。規則的で穏やかな寝息を立てるその口元は、微かに、本当に微かにだが、幸福そうに緩んでいた。


レオンは乱れた彼女の服をそっと整えてから、温かい毛布を肩までかけ、額ににじんだ冷や汗をタオルで優しく拭った。


「……信じられないほどの重症と疲労の蓄積だったな。よくあんなボロボロの身体で、あそこまで涼しい顔をして立っていられたもんだ」


独り言を呟きながら、彼は小さく息を吐いた。

窓の外では、欠けかけた月が静かに駐屯地の夜を見下ろしている。


その時、レオンの頭上――ケア室の暗い天井の太い梁の上で、空気の揺らぎのような微かな気配がサッと動いた。


――灰色のボブカットの少女。白百合騎士団が誇る暗闇の刃、暗殺部隊副隊長、シエル・ファントム。

夜間の警戒巡回任務中、誰もいないはずのケア室付近の廊下から、微かに漏れ聞こえてきた自らの団長の「ありえないほど甘く乱れた声」に引き寄せられ、音もなく天井裏に忍び込んで覗き見ていたのだ。


シエルは暗闇の中で無表情のまま、首を小さく、コクリと傾げ、そのまま羽毛よりも軽い足取りで音もなく闇の奥へと溶けるように消え去った。


翌朝、彼女が日課として団長に提出する極秘の内部観察日記には、この夜の異常事態について、たった一行、こう記されることになる。


『深夜2時、団長が非戦闘員(男)の私室にて、奇妙な声を出し、その後無防備な状態で就寝。原因不明だが、明らかに警戒心が欠如。今後の動向につき、至急、要継続観察。』

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