第2話:女の園への強制連行と、氷の騎士団長
王都の外れ――小高い丘の上に、白い石壁で囲われた駐屯地がそびえている。
正門に掲げられた旗には、白百合の紋章。王国最強と謳われる女性精鋭部隊『白百合騎士団』の本拠地だ。
その正門を、一台の豪奢な馬車がくぐる。
「……あの、本当にここなんですか?」
荷台に揺られながら、レオン・アルジェントは不安そうに窓の外を覗いた。
馬車の中は快適だが、護送されている事実は変わらない。左右には白銀の鎧を纏った女騎士が無言で座っており、その視線には「余計なことをするな」という無言の圧が込められていた。
馬車が止まり、扉が開いた。
眩しい陽光の下、整然と立ち並ぶ兵舎と訓練場が広がっている。砂埃の匂い、剣がぶつかる金属音、兵士たちの鋭い掛け声。
そのすべてが、女性の声だった。
レオンは馬車から降り、思わず足を止めた。
訓練場では、長い髪を靡かせた騎士たちが真剣で切り結んでいる。その動きは洗練され、容赦がなく、美しかった。
「こっちだ。ついてこい」
先導するのは、あの夜――レオンの店に現れた副団長、エスト・ヴィオラだった。
眼鏡の奥の瞳は相変わらず冷徹で、感情が読めない。あの日の甘い声も、だらしない寝顔もまるで別世界の出来事のようだ。
エストに連れられ、駐屯地の裏手に回る。
兵舎の突き当たり、誰の目にも留まらない場所に、一つの小さな部屋があった。
扉を開けると、埃っぽい空気が鼻を突いた。
壁には古びた棚、隅には使われなくなった訓練用の木剣や壊れたランタンが積まれている。窓は一つだけ。曇ったガラスから差し込む光も頼りない。
「ここが貴方の居室兼、特別ケア室だ」
レオンは部屋を見回し、それから振り返ってエストの顔を見た。
「……物置ですよね、これ」
「元・物置だ。環境整備は自分で行え。必要な物資は申請すれば支給する」
エストは感情の欠片もない声でそう言い切ると、踵を返した。
「一つだけ命じておく。彼を粗末に扱わないように」
廊下で待機していた兵士たちに向けてそれだけ告げ、エストは黒い外套を翻して去っていった。
足音が遠ざかり、レオンは一人、埃まみれの物置に取り残された。
「……まあ、屋根があるだけマシかな」
棚の上に指を滑らせる。厚く積もった埃が指先にまとわりついた。窓を開けると、訓練場から聞こえてくる女騎士たちの威勢のいい掛け声が風に乗って流れ込んでくる。
レオンが棚の荷物を片付け始めた矢先だった。
廊下から、重く硬い足音が近づいてくる。
一つ一つの足音に、重圧があった。怒気を含んだ魔力が、閉じた扉の隙間から滲み出してくる。
――バンッ。
扉が蹴り開けられた。
「――貴様が、エストが連れてきたという男か」
立っていたのは、プラチナブロンドの長髪を揺らす長身の女性だった。
凛とした無表情の奥で、青い瞳が氷のように冷たく燃えている。纏うのは白銀の鎧と、その上から羽織った純白の団長マント。
白百合騎士団・騎士団長、セレスティリア・フォン・ローゼンバーグ。
その威圧感は、レオンが今まで出会ったどんな人間よりも圧倒的だった。
「非戦闘員の男を、この神聖な騎士団に入れるなど言語道断だ。エストの独断であろうと、私が認めるわけにはいかない」
セレスの声は静かだが、底に怒りが這っている。
「今すぐ荷物をまとめろ。王都に送り返してやる」
レオンは、ゆっくりと振り返った。
怯えてはいない。彼の目には、治癒師としての――患者を見る目が宿っていた。
「……失礼ですが」
「何だ」
「右肩、相当辛くないですか。肩甲骨の内側から首にかけて、かなりの魔力滞留が見えます。あと、左の膝をかばって歩いていらっしゃいますね」
セレスの表情が、一瞬だけ凍った。
蹴り開けた扉の勢い、歩幅、立ち姿。そのすべてから、レオンは彼女の身体の状態を読み取っていた。
「……何を言っている。私は万全だ」
「体は嘘がつけませんよ。鎧で隠していても、筋肉の張り方でわかります」
沈黙が落ちた。
セレスの青い瞳が鋭く細められる。
「……余計なことを言うな。男の手など、借りるつもりは毛頭ない」
セレスは吐き捨てるようにそう言い、マントを翻した。
「期限は一週間だ。一週間以内に結果を出せなければ、即刻追放する。それまでは……監視付きで滞在を許す」
扉が重い音を立てて閉まった。
廊下の向こうから、セレスの足音が遠ざかっていく。
レオンは小さく息を吐いた。
「……あの人、ものすごく無理してるなあ」
団長として完璧であろうとする姿勢は、痛いほど伝わった。
けれど同時に、彼女の身体がどれほど限界に近いかも。
――その日の午後から、レオンの前を通りかかる隊員たちの視線は、例外なく冷たかった。
「なぜ男がいるの?」
「気持ち悪い。用務員の癖に」
「団長も甘いわ。即日追い出すべきよ」
小声だが、聞こえるように言っている。わざとだ。
赤髪のツインテールの少女――遊撃部隊隊長のリリヤに至っては、廊下ですれ違いざまにレオンを鼻で笑った。
「ハッ。戦えないのに何しに来たんだ、雑魚」
レオンはその言葉を受け流し、穏やかに微笑んだ。
「よろしくお願いしますね」
リリヤは一瞬きょとんとした後、舌打ちして去っていった。
日が暮れる頃、レオンは物置の清掃をようやく終えた。
古い木剣やガラクタは廊下の端に積み上げ、棚を拭き、床を掃き、窓を磨いた。物置だった部屋は、まだ殺風景だが清潔な空間に変わっている。
窓から差し込む夕陽の中で、レオンは新品の箒を立てかけ、額の汗を拭った。
「さて、まずは部屋の掃除からですね……って、もう終わっちゃったな」
外では、帰営した騎士たちが続々と兵舎へ戻っていく。
その疲れた背中、硬い足取り、笑顔の裏に潜む緊張感――レオンの目には、彼女たちの身体が発するSOSが、はっきりと見えていた。
「……やることは、たくさんありそうだ」
箒を壁に立てかけて、レオンは窓の外に広がる駐屯地の夕景に、静かに目を細めた。




