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一般マッサージ師、女騎士団の専属になる  作者: 久喜崎


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第15話:知能犯たちの仮病と重圧の書類仕事

団長セレスティリアと重装歩兵ディアンヌによる「筋肉痛ストライキ」から数日後。

 筋肉自慢の武闘派たちがこぞってレオンのケア室に押し掛け、謎の「お疲れ様」ブームが騎士団内で巻き起こっていた。誰もがもっともらしい理由をつけ、レオンの極上マッサージを受けようと虎視眈々と狙っているのだ。


 そんな騒がしい日常の最中、珍しい二人が揃ってケア室に姿を現した。


「……失礼するわ、レオン。少し部屋を使わせてもらうわね」

「やっほー、レオン君。ちょっと眼がしょぼしょぼしちゃってさー」


 大量の書類の束を抱えた副団長エストと、索敵狙撃部隊隊長のミレイアであった。

 二人はレオンの返事を待つこともなく、ケア室の隅にあるテーブルに書類の山をドサリと置き、自前の万年筆やインク瓶を取り出してすっかり居座る態勢を整えてしまった。


「えっと、エスト副団長にミレイアさん……それは、お仕事ですか?」

「ええ。執務室だと武闘派の連中が騒々しくて集中できないの。それに、ミレイアも私も『魔力眼精疲労』が酷くてね。作業の合間にあなたの温湿布が必要なのよ」

「そうそう! 遠見の魔眼の使いすぎで、ホント限界! レオン君のケアがないと倒れちゃうかもー」


 知的な銀髪を揺らすエストと、片目を眼帯で覆った飄々としたミレイア。

 騎士団内でも屈指の頭脳派である二人が、こんなにわかりやすい「仮病」を使ってくることにレオンは驚きつつも、どこか微笑ましく思えてしまった。


「わかりました。確かに最近、お二人とも書類仕事に追われて忙しそうでしたしね。それじゃあ、温かなハーブティーと特製の温湿布を用意しますから、無理しないでくださいね」

「……ええ、ありがとう。頼りにしてるわ」

「わーい、レオン君特製ティー! がんばっちゃうぞー!」


 レオンが準備のために奥へ引っ込むと、二人は途端に真剣な表情へと切り替わり、書類仕事に没頭し始めた。

 さらさらとペンを走らせる音だけが室内に響く。一見すると平穏な事務作業の風景だが、その書類の内容は決して穏やかなものではなかった。


 ――それは、貴族院から突きつけられた「白百合騎士団への権限縮小と過去十年分の予算監視強化」、および「専属ケア要員(男性)の不当雇用疑惑による追放要求と異端審問」という、理不尽で陰湿な圧力に対する法的な防衛資料の作成だった。


(……浅ましい貴族の豚共が。自分たちが裏で手を引いている新型薬物の捜査網が狭まったからといって、こんな見え透いた嫌がらせをしてくるなんて)


 エストは限界まで酷使し、チカチカと焼け付くような痛みを発する目を細めながら、内心で冷たい怒りを燃やしていた。

 前日、セレス団長たちが命懸けでスラムの流通ルートと貴族の繋がりを暴きかけた矢先。それを妨害するかのように、数え切れないほどの監査請求や嫌がらせの法令解釈が、弾雨のごとく騎士団へと一斉に撃ち込まれてきたのだ。


 彼らは「白百合騎士団の中に身元不明の男が匿われているらしい」という事実を執拗に突き、魔女狩りめいた査問会の開催すらチラつかせていた。文字通り、国という巨大な機構を相手取った防衛戦。ミレイアの遠見の魔眼も、エストの法務の知識も、すでに許容量を超えて軋みを上げていた。


 このままでは、一番の標的であるレオンが法の名のもとに奪われてしまう。彼らの最も卑劣な精神攻撃は、確実に頭脳派の二人の神経をすり減らしていた。

 しかし、彼を失うわけにはいかない。絶対に。


(彼を手放すくらいなら……いっそ、あの腐りきった貴族院ごと国を燃やしてやろうかしら)


 恐ろしい思考が頭をよぎるほど、エストの精神はギリギリまで削られていた。ミレイアもまた、表向きの軽口とは裏腹に、疲労困憊の顔つきで膨大な判例や法律の抜け穴を探している。


「お待たせしました。温湿布と、リラックス効果のあるカモミールティーです」


 そこへ、レオンが湯気の立つカップと温かい布を持って戻ってきた。

 ふわりと広がる花の香りに、張り詰めていた二人の肩からスッと力が抜ける。


「エスト副団長、少し目を閉じていてくださいね。当てますから」

「……ええ、お願い」


 レオンがエストの背後に回り、彼女の疲れ切った目元に、魔力で心地よい温度に保たれた温湿布をそっと当てる。じわじわと広がる温もりと、額に触れるレオンの指先の優しさに、エストは小さく息を吐いた。


「どうですか? 熱すぎないですか?」

「ちょうどいいわ……。あなたの魔力は、本当に温かい……」

「最近、ずっと眉間にシワが寄ってましたからね。無理してるんじゃないかって心配してたんです。ほら、ここも凝ってますよ」


 レオンの手が、エストの頭を柔らかく包み込み、こわばった頭皮や側頭部を優しく揉みほぐしていく。

 普段ならば誰にも触れさせない場所。誰にも見せない無防備な姿。

 国を燃やすほどの重く暗い感情を抱え込んでいたエストの心が、レオンの優しい手のひらの中で、ゆっくりと溶かされていく。


「……もう少しだけ、こうしていて……」

「はい。いくらでも撫でておきますから、今はゆっくり休んでください」


 普段の氷のように冷徹な副団長からは想像もできないほど、弱々しく甘えるような声。

 レオンは事情など全く知らないまま、「皆、見えないところで頑張ってるんだな」と呑気に思いながら、全力で甘やかし続けた。


「あーずるいずるい! レオン君、私の方も限界なんだけど! 首の付け根がパンパカーンって鳴ってる!」

「あ、すみませんミレイアさん。今行きますね。ここと……ここですか?」

「ひゃんっ!? ちょっ、そこピンポイントすぎる……ああっ、そこイイ……」


 ミレイアが肩をびくつかせて変な声を漏らす。

 レオンが首筋から肩にかけてのツボを的確に押し込むと、彼女の体からも一瞬で抗戦の意志が抜け落ちてしまった。


「ミレイア、抜け駆けは許さないわ……レオン、まだ私の頭を……あぁん、そこ……っ」

「ちょ、二人とも仕事はどうしたんですか? まだいっぱい残ってますよ?」


 言葉の端々で牽制し合いながらも、二人はもはや抗うことなどできず、レオンの極上のツボ押しと魔力によって理性を完全に手放していた。

 仕事の名目で持ち込んだ書類はそっちのけで、やがて二人はレオンの太腿を巡って無言の争奪戦を繰り広げ――。


 数十分後。


「……すぅ……すぅ……」

「……んふふ……レオン君……」


 ケア室のソファーには、レオンの右足と左足をそれぞれ枕にして、幸せそうに爆睡する頭脳派二人の姿があった。

 身動きが取れなくなったレオンは、すやすやと眠る美しい二人の寝顔や頭を交互に撫でながら、ただ苦笑するしかなかった。


「……ま、たまにはこんな日があってもいいか」


 彼女たちがどれほど重いものを背負い、どれほど危うい感情を抱えているのか。

 何も知らないレオンの呑気な優しさが、今日も白百合騎士団の危機を救うのであった。


 ――ケア室の隅に積まれた、威圧的な書類の山。

 一番上に重しのように乗せられた、冷たい飾り文字と貴族院の署名入り封筒が、窓からの隙間風に煽られてパタパタと不気味な音を立てていた。

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