5.ビスクドール少女
前回のあらすじ
少女は目立ちたくありませんでした
セレナは今、困っていた。
魔術はチーム戦だ、という謎理論を持つ教師によって二年生全員が強制参加の魔術対抗戦の説明会が行われている。
魔術戦の基本や志、本質等について教師は熱心に説明をしている。
生徒はと言うとそこまででも無いようだ。
熱心に聞いている者が半分、友人であろう人と話す者が半分と言ったところか。
セレナはどちらにも属していない。
(…魔術戦とか嫌な思い出しか無いのだけど。嫌だな。どう失敗しよう)
説明室の隅で必死に目立たない方法を考えていた。
勝つことはまず論外。絶対に目立つ。
そうそうに失敗するのも良くない。下手に注目を浴びる。というか、嫌がらせされる。
そこそこ勝った後すぐ負ける。三組の人が相手だったらまぁ、いいかな。
うん、これがいい。
セレナの考えがまとまった所で目の前に資料が飛んできた。
「──今回はクラス問わず、二人一組で行ってもらう。事前に組み合わせは決めたのでこの紙を見るように」
教師は風魔術を使い、生徒全員に資料を配っていたのだ。
さすが一組の教師。という声も聞こえるがセレナはそれどころでは無かった。
『二人一組で』
教師が言った言葉が頭に反響した。
─もしかして、簡単に失敗出来ない…?
いや、もしかしたら同じクラスの人かもしれない。
底辺の三組が二人一組だったら直ぐに負けても何も言われない。
よし、三組の人と当たりますように。
セレナは説明室の座席で少し願っておく。
そうしていると、人影が前に現れた。
「初めまして」
顔を上げるとビスクドールの様に美しい少女が立っていた。
肌は雪のように真っ白で、ライトブラウンの毛先がクルンと巻かれている。
シャンパンガーネットの様な瞳を持っている。
同じ性別でもドギマギしてしまう。
それくらい美しい少女だった。
「私は二学年一組所属。ルナ・プラターヌと申します」
制服の裾を摘みお辞儀をしている。
同じ制服を着ているはずなのに全く違うように見えてしまう。
コレが容姿の差だな。としみじみとセレナは実感した。
「…あなたはセレナさんで合っているかしら」
何も言わず見ているセレナを不思議に思ったのか、ルナと言う少女は困った顔をしてセレナを見た。
「え、あ、はい。初めまして。セレナ・リブロと言います」
「良かったわ!」
名乗るとルナは目を輝かせた。セレナは思わず身動ぎしてしまう。
何が良かったのだろう。一組と言ったのでてっきり毛嫌いされているかと思ったのに。
それはそうと、何故この美人少女は自分の前に立っていて、挨拶をしているのだろうか。
疑問解消の為周りを見てみる。
男女問わず二人組が出来ている。魔術戦のペア相手との交流時間の様だ。
同じクラス同士で組めた子は歓喜の表情をしているので分かりやすい。
「あのお二人は一組の中でも首位争いをしている方々ですの。赤髪の方は世襲貴族のベネディクト様。青髪の方は伯爵のアーサー様ですわ」
セレナが一番分かりやすく喜んでいる二人組を見ていると、横でルナが解説してくれる。貴族階級まで覚えているなんてすごい。
もしかして、お貴族様なのかな。いや、一組だからお貴族様に決まっている。
ルナはどんどん生徒について教えてくれる。
聞いていて分かったのは、やはり一組は貴族の子が多いという事。
昔は魔術を貴族が独占していたので当たり前と言えば当たり前だけれど。
最近は魔術を学ぶ権利は平民にも与えられてきた。ここ十数年の出来事だ。
それでも貴族の方が多いのはただ、魔術に興味があるのか。それとも後ろ盾が欲しいだけなのか。
貴族でもないセレナには関係の無い話だ。
「ルナ。貴女残念だったわね。そんな安っぽい格好している三組とペアを組むなんて。可哀想だ事」
甲高く、舞台では目立つ声をする方を向く。今朝、絡んできた悪役風令嬢さんだ。
隣にいるのは誰だろうか。申し訳ないがすごく頼りなさそうな男子生徒だ。
「そんな事ないわ、シャーレイ。私はすごく嬉しいの」
悪役風令嬢さんはシャーレイと言う名前らしい。
シャーレイは扇子で口元を隠している。ルナ程では無いが、彼女もまた、絵になるような娘だ。
「あら、そうなの。それはいいわね。成り上がり貴族だもの。確かに平民との方がお似合いよ」
ルナは『成り上がり』と言う言葉を言われた時、制服のスカートを強く握りしめていた。
「…し、シャーレイ様。も、もう、戻りましょう」
隣にいる男子生徒は恐る恐るといった様子でシャーレイに声をかける。
「うるさいわね、黙ってちょうだい」
扇子で彼の手を振り払った。そのままルナに近づき耳元で何かを言った。
セレナには聞こえない。
ただ、ルナの顔色が一気に悪くなったのはよく分かった。
いつものセレナならただ見ているだけだろう。
何も面倒事を起こしたくない。下手に動いて殴られたくもない。
─何を思ったのか。セレナはシャーレイをルナから引き離した。
セレナ自身も分かっていない。体が勝手に動いたのだ。
ちょっと肩を押しただけ。
それだけだった。
それが問題だったのだろうか。
シャーレイはなんとも形容しがたい表情をしていた。
「…貴女、わたくしに何を致したの?」
セレナは、淡々と告げる。
「何も、わたしが思う最善の策を取った。それだけ」
無表情。無感情。無慈悲。
シャーレイには少なくともそう見えた。
「貴方が何者かわたしには分からないし、興味も無い。まぁ見たところ、世間知らずのお貴族様でしょ?」
目の前に報告書があるように、トントンと強弱もなく、ただ読むように話してくるシャーレイの目の前に居る、ルナを庇っているセレナ。
「お貴族様に命令なんてしないよ。まだ首と胴とは仲良くしていたいからね」
その目には同情も光も写っていない。シャーレイを認識しているのかも怪しい。
「でもね、ちょっとだけ聞いてみたいことがあるの」
感情と言うものは宿っているのか。そんな少女はシャーレイの髪の毛を表情に見合わず優しくすくい上げ耳元で告げた。
「──人を脅して、自分を持ち上げて、何が楽しいの?」
それだけを告げたセレナは、すくっていた髪の毛を元に戻す。
その顔には何も写っていない。
「…ば」
「ば?」
シャーレイは扇子を振り上げた。その表情は泣きそうで怒っている。
「馬鹿にしないでちょうだい!」
──バンッと酷く鈍くて、派手な音が空気を振動させた。
教師も生徒たちは二つの方を見た。
一つ。シャーレイとセレナの方。
二つ。校庭の奥の方。
セレナは、頬がジンジン痛むのを感じながら、窓の方を向いた。
倉庫が、燃えていた。
(嘘でしょ。まさかとは思うけど…)
セレナは、シャーレイが何か言っているのを無視し、遠視力魔術を自らにかけ倉庫を見た。
視界には赤く揺らめくものが映る。
そして、そこには到底似合わないコバルトブルーも映った。
(…わたし、言ったじゃん)
どうも、面倒事に巻き込まれた様だ。




