第8話 夜の集落と星の市場
日が沈むと、風の集落は一変した。
昼の明るさが嘘みたいに、夜の風は冷たく静かだった。
空には無数の星が瞬いている。
「うわぁ……すごい。星が近いみたい」
灯里が息をのむと、隣でリアムがうなずいた。
「このあたりは灯りが少ない。星がよく見えるんだ」
「でも……なんか、怖いくらいキレイ」
灯里は空を見上げたまま、小さくつぶやく。
見たこともない数の星が、まるで落ちてくるみたいに瞬いていた。
「怖い?」
「うん。地球で見るよりずっと多い気がして。なんか、飲み込まれそう」
「地……?」
「あっ、えっと……えへへ、なんでもない」
リアムが少しだけ不思議そうに眉を上げたが、それ以上は聞かなかった。
風の集落では夜になると、“星の市場”が開かれるらしい。
昼は静かな通りに、色とりどりのランプが並び、
旅人たちが小さな露店を出していた。
「これ、全部手作りなの?」
灯里が並ぶガラス細工を見て目を輝かせる。
「そうさ。風の砂を溶かして作るんだ」
店主の老職人が誇らしげに笑う。
「この透明なやつ、きれい……。これ、星みたいだね」
「星の欠片って呼ばれてるよ。持ってると幸運が来るんだ」
「えっ、ほんと? 欲しい!」
灯里は思わず財布を探しかけて――
あ、と止まった。
「……そういえば、お金ってないや」
「それはそうだな」リアムが肩をすくめる。
老職人はくすっと笑って言った。
「気にするな。お嬢ちゃんには風の加護がある」
「風の……加護?」
「今日は風が穏やかだろ。お前さんが来た時からずっとだ。だから、これをやる」
そう言って、掌に小さなガラス玉を乗せてくれた。
青く、星の光を閉じ込めたような玉だった。
「これ……いいの?」
「いいさ。風がそうしろって言ってる」
灯里は両手でその玉を包み、胸に当てた。
「ありがとう。大事にするね」
リアムはその横顔を見て、少し微笑んだ。
「優しいな、アカリ」
「え?」
「見返りもないのに、素直に礼を言える。簡単そうで、なかなかできないことだ」
灯里は顔を赤くして、俯いた。
「そ、そんなことないよ。だって……嬉しかっただけだし」
二人はしばらく市場を歩いた。
風鈴の音が響き、香ばしい果実酒の匂いが漂う。
灯里は屋台の角で、ふと立ち止まる。
広場の端に、星を見上げているリュカの姿があった。
「リュカ!」
灯里が手を振ると、彼は振り向いて笑った。
「来たな。星、見てたんだ」
「星、好きなの?」
「うん。でも……今日はちょっと違って見える」
「違うって?」
「なんか、遠いんだ。届かない感じ」
灯里は少し黙ってから、同じ空を見上げた。
「でも、見てるだけで、なんか落ち着くよね」
「そうだな」
二人の間を風が抜けた。
星の光が青いガラス玉に反射して、淡く光る。
――アカリ。
まただ。
今度ははっきり聞こえた。
まるで星の向こうから、誰かが呼んでいる。
灯里は立ち尽くした。
心臓が強く鳴る。
「アカリ?」
リュカが不安そうにのぞき込む。
「……ううん。なんでもない」
「顔、ちょっと青いぞ」
「だ、大丈夫。たぶん、ちょっと風に酔っただけ」
リアムが屋台の向こうから声をかけた。
「そろそろ宿に戻るぞ。明日も早い」
「うん!」
灯里は笑って手を振った。
けれど、その笑顔の奥には、拭えない不安が残っていた。
――星が、泣いているみたい。
風の音が遠ざかり、夜空の下で小さな光だけが、静かに揺れていた。




