第6話 風の街道と遠い歌
塔を出たあと、二人は草の道を歩いていた。
丘を越える風が冷たくて、少しだけ肌寒い。
「ねぇリアム。あの塔のこと、ずっと気になってる」
「だろうな。あんなものを見たら忘れられない」
「だって、あの声、“崩壊後”とか言ってたよ。何が壊れたの?」
リアムは少し考え込み、静かに答えた。
「正直、分からない。けど、この世界には“消えた時代”がある。人々が口にしない過去だ」
「消えた時代……」
灯里は眉をひそめた。
風が強く吹き抜け、髪をなびかせる。
「ねぇ、リアム。この世界、どこか寂しい感じがするね」
「そうか?」
「うん。みんな笑ってるけど、どこか……忘れてる気がする」
リアムは少しだけ目を細めた。
「鋭いな、アカリ。旅人の中でもそう感じる人は少ない」
「へへ、勘がいいのだけが取り柄だから」
「取り柄、か。悪くないな」
二人は笑い合いながら歩いた。
やがて道が広がり、風車がいくつも見えてくる。
「わぁ、あれ全部回ってる! 風の音、すごい!」
「ここは“風の街道”と呼ばれてる。風が一年中吹いてるんだ」
「へぇ……なんか名前だけで歌が作れそう」
リアムが苦笑した。
「また不思議なことを言うな」
「だって、響きがきれいだもん。“風の街道を渡る歌”とか、そんな感じ」
「そのタイトル、けっこう好きだな」
二人の足元には、古びた石畳が続いていた。
所々欠けていて、草が生えている。
「この道も古いの?」
「そうだ。何百年も前に造られたらしい」
「へぇ……昔の人ってすごいね。こんな長い道、よく作ったなぁ」
リアムがうなずきながら空を見上げる。
「この道は“風の集落”につながってる。少し休める場所だ」
「ほんと!? やったー! 私もうお腹ペコペコ」
「さっき朝食べただろ」
「もうお昼だもん」
リアムは呆れたようにため息をつきながらも、笑っていた。
やがて、丘を越えた先に小さな集落が見えてきた。
家々の屋根には風見鶏が回り、白い煙が上がっている。
「こんにちはー!」
灯里が手を振ると、通りにいた人たちが笑顔で返した。
「ようこそ、旅人さん」
年配の女性が声をかけてくる。
「ここは“風の集落”さ。風の歌が聞こえる場所だよ」
「風の歌?」
灯里が首をかしげると、女性は優しく笑った。
「昔ね、旅人を見送るために“風の歌”を吹いた人がいたんだ。今でも風がその歌を覚えてるんだよ」
「え、それロマンチック……! 聞いてみたい!」
「なら、あの丘の上に行くといい。風の音が一番きれいに響くんだ」
リアムが礼を言って、二人は丘を登った。
丘の上は一面の草原で、遠くまで見渡せる。
風が強く吹き、髪がふわっと浮いた。
「うわ、すごい! 風がしゃべってるみたい!」
灯里が両手を広げると、どこかから笛のような音が流れてきた。
「リアム、今の……笛の音?」
「いや、違う。風の音が、笛みたいに鳴ってるんだ」
二人は顔を見合わせた。
風が草を揺らし、丘全体が音を奏でるように響いている。
「ねぇリアム。この音、なんか……懐かしい」
「懐かしい?」
「うん。聞いたことある気がする。でも、どこでか分かんない」
リアムは少し黙って空を見た。
「もしかしたら、君の世界とこの世界は……どこかでつながってるのかもしれない」
「え……?」
灯里はその言葉の意味を考えたけど、すぐに風にかき消された。
丘の上で鳴り響く“風の歌”が、まるで誰かが呼んでいるように聞こえる。
――アカリ。
灯里はハッとして振り向いた。
けれど、そこには誰もいなかった。
風が頬を撫で、空が少しだけ明るくなる。
その瞬間、灯里の胸にぽっと温かい光が灯った気がした。
「ねぇリアム」
「なんだ」
「この世界、やっぱり好きかも」
リアムはふっと笑った。
「そう言えるのは、強い証拠だ」
灯里も笑った。
風がまた吹き抜け、草が波のように揺れた。
“風の街道”の音が、まるで物語の始まりを告げているように響いていた。




