第六話 「君は……美しい」
(あの公爵様の驚き方……。分かっていても、悲しいわ)
お腹の辺りがズドンと重くなる感覚がした。
「今見たものは忘れてください。金輪際、公爵様のお気を害さないよう――」
ベールを下げようとする手を強く握られた。黒い布は床にハラハラと落ちていく。公爵様は立ち上がり、必死の形相で私に言った――。
「忘れられるわけないだろう? 君は……なんて美しいんだ。こんなに綺麗な人には会ったことがない」
それは何年も暗闇を生きてきた私に、新しい光をくれる言葉だった。
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「一体どういうことだ?『醜い』とはなんだったのか……。これ以上に対極な言葉はないだろうに」
「公爵様、お優しい言葉をありがとうございます。でも、お気遣いいただかなくても大丈夫ですわ。私、そう言っていただけただけで少し自信がつきましたから……」
「いや、君はことの異常さを理解していない。あの家は美的感覚が狂っているのか? 君もなぜ、自分が醜いなどと……」
「私、15年以上自分の顔を見たことがないんです。鏡を取り上げられていましたから……」
「鏡を….取り上げられていた!? では、君は自分の顔を知らないのか。どこまで異常なんだ……。じゃあ、鏡を見てくれ、それが一番早いだろうから」
公爵様は、小物入れから金細工の施された鏡を取り出した。持ち手には小さなダイヤモンドが飾られ、うっとりする逸品だ。
その鏡を持つ手が震える。
(自分の顔を見る……。15年ぶりに)
またしても心臓が早鐘のように鳴り始めた。
公爵様と出会ってから、心臓が酷使されて悲鳴をあげそう。
恐る恐る鏡を覗き込むと、そこにいたのは……。
小さなハート型の顔をした女性だった。アーモンド型の緑の目、小さな鼻、赤い唇。顔は青白いが、頬は薔薇色で健康そうだ。
(これが私……?)
鏡に映る美人と自己像が結びつかない。
(私が美人なわけないわ)
でも、眉を顰めると、鏡の中の女性も眉を顰める。
目を見開くと、やっぱり目が大きく。
手を振ると、同じように振り返してくる。
「変だわ」
そう呟くと、はははと笑い声がした。
公爵様が肩を揺らして笑っている……!!
「変も何も、その美しい姿が君なんだよ。よかった、君の美的感覚は正常だね」
「でも、信じがたいです。この女性が本当に私なら……お義母様たちが嘘をついたということですか……? なぜそんなことを」
「おそらく『嫉妬』……だろうな。君の美しさを妬み、洗脳しようとしたんだろう。君が一生あの家から出ないようにね」
ゾッとした。
(確かにお義母様たちは意地悪だった。でも、そんなことをしてなんの意味があるというの?私が不幸になることに……そこまでの価値を見出せるものなの?)




