第四話 公爵様との出会い
リルクート・リアクロンビー公爵に引き取られることになったセシル。彼女の止まった時が動き出すーー
食後に出す紅茶を準備していると、厨房の入口付近が騒がしくなった。
「黒いベールの令嬢はいるか?」
「こ、公爵様!?」
キャアと悲鳴が上がった方に目をやると、長身の男性が人をかき分けるようにして突き進んでいる。
――なんて美しい方なの。
濃紺の瞳にカラスの濡羽のような黒髪。少年の面影を残した可愛らしい顔立ちなのに、キュッとした口元が意志の強さを語っているようだった。
彼の美しさと、麗人がこのキッチンにいることの両方に驚いて固まってしまった。しかもその彼は、私の目の前で止まった――。
「君が前妻の残したという令嬢だね?」
(こ、これは現実なの? 言葉が出てこない……)
「……」
「突然だけれど、君を引き取ることにした。10分で支度をしてほしい。必要なものは私が揃えるし、後で送らせることもできる。とにかくこの家からすぐに出よう」
「……」
「嫌か?もちろん君が残りたいというならその意志を尊重するが……」
「そっ、そんなわけありませんわ! ただ、あまりのことに状況が飲み込めなくて。私、今すぐにでもここを出ることができます。必要なものなど何もございません!」
「よし、では行くぞ」
公爵様に手を引かれるまま、屋敷を出ていく。先ほど親切にしてくれたそばかす顔の女給が、驚きであんぐりと口を開いているのが見えた。
(本当に現実なのかしら?こんなことが私の身に起こり得るの……?)
我が家の物とは比べ物にならないほど豪華な馬車に乗り込み、発車しようとした瞬間、
「待ちなさい!!」
金切り声が響いた。
――お義母様だった。
淑女の嗜みを忘れ、全速力でかけてくる。その鬼のような形相を見て体の震えが止まらなくなった。
「公爵とはいえ、そんな勝手は許さないわよ。その子はうちの使用人。我が家の財産を勝手に持ち出すなんて許さない!!」
「暴言は大概にしてください。そもそもこの方は使用人ではなく、あなたの娘のはずだ――たとえ血は繋がっていなくてもね。それに伯爵から『令嬢を任せたい』と言質もとっている」
「そ、それはネピーかルカのことかと勘違いしただけで……!! 屁理屈言うなら、法に訴えますわよ!」
「面白いことを言いますね。法というなら、前妻の令嬢を使用人扱いすることも立派な人権侵害でしょう。不利になるのはどちらだろうか? さあ、もう馬車を出してくれ」
ピシッ。鞭の音が空気を切り裂いた。さすがのお義母様も馬車を止めることはできない。
「……っ!! あなたも何とか言ってください! 痛い目に合わせてやるからねっ、今に見てなさいぃぃ」
地団駄を踏んで悔しがるお義母様、後ろでわんわん泣いているお姉様たち、そしてどうしていいかわからずオロオロしているお父様……。
そんな姿を見たら心が痛んでもいいはずなのに、私の胸はチクリともしなかった。
(実感が湧かないというのもある。でも私、ずっとお義母様たちを恨んでいたのかもしれないわ……もうあの家にいなくていいと思うと、胸がスッと軽くなった……)




