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番外編1 初夜

15歳未満の方は閲覧をお控えください。

 「初夜」――その言葉の意味を知ったのは、結婚の少し前だった。


  結婚式の準備を終え、ひと息ついてお茶を楽しんでいた時だった。


 「もうすぐですね。ウェディングドレスもベールも超一級品だし、どれほど豪華な式になるやら。楽しみですねえ」

 「本当にありがとう。私一人じゃドレスも満足に選べないもの。自分のために色々してもらえるって……申し訳なさもあるけど、とっても幸せね」

 「そうですよ――一生に一度の、しかも国にとって大事な結婚式なんですから! わがままは言い尽くさないと」


 シシーの言葉に微笑む。

 シシーは私の実家で働いていたメイドだった。卵で汚した廊下の掃除を、取り計らってくれたあの子だ。今では私の侍女として宮廷で働いている。

 あの時、掃除している姿がリルク様の目に留まり、今がある。つまり、シシーは私とリルク様のキューピッドだ。感謝してもしきれない。


 「お茶のおかわりはいかが?」

 「ありがとう、でももう大丈夫よ」


 シシーとライラは意味ありげに目配せしあった。なんだか今日は、二人とも落ち着かない。少し神経質なシシーと、大雑把なライラは普段あまり折り合いが良くないのだが、今日は目配せばかりしている。


 「……で? 一番大事な準備はできてるんですか、セシル様」

 「一番大事な準備? ドレスは用意できたでしょ」


 「違いますよ、そりゃドレスも大事だけど」

 「そうじゃなくて……"初夜"のことですよ」

 

 ライラは私たちだけに聞こえる、小声で言った。


 「ちょっと! 訊き方ってものがあるでしょ、品がないわねえ」

 「いいのいいの、気を遣わなくても大丈夫だけど――ショヤとは?」


 ふたりは顔を見合わせた。


 「え、本気で言ってます?」

 「もしかして料理のこと?」


 実は、まだ料理の手配が進んでいなくて困っているのだ。シェフに任せればいいとは言え、希望があれば食材調達の都合上、早めに言ってくれとやんわり催促されたところだった。


 「ええっ!? 違いますよ、セシル様!」


 ライラとシシーは目を見開き、笑いながら肩を揺らした。訳がわからなくて、少しムッとしてしまう。何なのよ、ショヤって。


 「二人して笑って――ちょっと感じ悪いわよ」

 「だってびっくりしちゃって!!」


 「初夜を知らない花嫁がいるとは! それなら、セシル様はどうやってこどもができると思ってます?」

 「何よいきなり。それは……愛し合った男性と女性が……お互いに子どもがほしいと思いながら……唇と唇を重ねると――」


 私は真っ赤になり、声はか細くなっていった。こんなに恥ずかしいことはない。


 ライラとシシーの笑いの発作はもっとひどくなった。


 「意地悪ねっ」

 「だ、だって――知識が10歳で止まってますよ――まさかセシル様が、こんなに純真無垢だったなんて」

 「セシル様、館にいたとき、恋愛している同僚はいなかったんですか? 下品に色々話す方が一人はいるものですが――」

 「館では孤立していたの。誰も話しかけてくれなかったわ――お義母さまの機嫌を損ねるから。シシーは知ってるでしょ」

 「そうでした、ごめんなさい」


 シシーが私の手を取り、そっと握る。


 「で、いい加減に説明してちょうだい。もう十分笑ったでしょ」


 気を取り直したライラが、得意気に解説した。


 「男の人が女の人の――ごにょごにょ」


 ……え? どういうこと。

 あれがこうなって、これがこうなって……。


 どういうこと!?


 衝撃で言葉が見つからなかった。どうしたらそんな破廉恥(はれんち)なことができるのか。


 「何なのよそれ、からかってるんじゃないわよねーー? 本当なら私には出来ないわ…! 子どもを作るのに、そんなイヤらしいことしなきゃいけないなんて」

 「でも、みんなしてるんですよ。そうやって人類の歴史は作られてきたのです」

 「に、にわかには信じがたいわ。それで――簡単にできるものなの? その……初夜とやらは……」

 

 「…………」

 「…………」

 「シシーもライラも知らないのね」

 

 どうやら未経験なのは私だけではないらしい。


 「こういうのは、その道のプロに聞くのが早いです。針子のアイリーン婆が"ベテラン"だと聞きます。手ほどきを受けましょう」

 「ひとりじゃ恥ずかしくて無理よ。大体、どうやって練習するの」

 「さあーーでも、七十年生きてる人の知恵は伊達じゃないですよ、多分。セシル様をひとりぼっちにはしません。私たちもお供します!」


 こころなしか張り切りモードのライラとシシーに連れられて、私はアイリーンの手ほどきを受けることになったのだった。



 **

 そして訪れた初夜の日――。

 私はガチガチに緊張していた。


 (アイリーンはなんて言ってたっけ……。まず、相手の目を見つめて、それでいて恥じらいながら――)


 教わったことを頭の中で何度も復習する。


 (どうしよう。やることが多すぎて、できる気がしない……。キスだって今日初めてしたのに……!)


 「じゃあセシル様、私たちはこれで……本当にいいのですか?」

 「ええ、自分でできるから」


 侍女たちには早めに下がってもらい、入浴も自分で済ませることにした。なんというか……自分の体におかしなところがないか、入念に確かめたかった、という恥ずかしい事情もある。


 花のエキスが落とされた、たっぷりのお湯のバスタブに浸かりながら、身体を入念に手入れしていると、


 トントン――。


 「入ってもいいか?」


 リルク様の声に、心臓が跳ねた。


 「えっ……あっ……まっ……」


 想定よりかなり早い訪れに、パニックで言葉が出なかった。

 カチャッ――。扉が開きかけた瞬間、思わず叫ぶ。


 「だめっ!!!」


 とんでもない大声。


 「ご、ごめんなさい……まだ準備が……」言いながら、呼吸が荒くなり、体が熱を帯びるのが分かる。


 「いや……俺が悪かった」


 リルク様を怒鳴るなんて、はしたないことをしてしまった……。せっかくのロマンチックなムードが既に台無しだ。

 ……今夜は完璧にしたかったのに。

 心のなかで泣きながら、侍女たちが用意してくれたネグリジェに着替え、緊張しながらドアを開けた。

 リルク様は驚いた顔で、私を見下ろしていた――。


 「大丈夫か?」

 「は、はい」


 「……随分はしたないな」

 「ごめんなさい、動揺しちゃって思わず」

 「そうじゃない、その格好だ」


 私は自分の体を見おろした。

 濡れた肌に布がピタリと張り付き、体のラインが透けていた。胸やお尻や太もも――全ての部分が包み隠さずあらわになっていた。肌の色が、透けて見えるほどだ。


 「あっ…………」

 

 私は慌てて両腕で身体を隠そうとしたが、間に合わず、リルク様に抱き寄せられた。

 リルク様は私の唇に、首に、胸に――キスをした。まるで、甘いお菓子を食べるみたいに。大きな手が、私の身体を上から下まで優しくなぜた。


 「ん……は、っ……」

 

 声にならない吐息が漏れる。触れるか触れないかの感触がじれったくて、熱くて、気持ちよくて――身体中が神経になったように、甘くピリピリとした感覚が走った。

 

 (私が私じゃないみたいーー)


 「……もう我慢できない」

 

 抱きかかえられ、ベッドに連れて行かれた。身体に力が入らない。リルク様は私を優しく抱き下ろすと、私の前髪を掻きあげ、額にキスをした。


 「怖いか?」


 私が震えているのに気がついたリルク様は、耳元で囁いた。頭が酸欠のようにクラクラする。「はい」という簡単な言葉すら出てこなくて、私は力をふりしぼって頷いた。


 「優しくするから」

 「……リルク様……」

 「?」

 「大好き」


 それに応えるように、リルク様が私にキスした。もう心臓が破れそうだ。リルク様の匂い、体温、全てが――愛おしい。全てがほしかった。



 翌朝、私の方が先に目を覚ました。横を見ると、安らかな顔で眠っているリルク様がいる。整った顔が天使のようだ。


 (かわいい……)

 

 リルク様はいつも冷静で、理性的だ。一見すると冷たく見えてしまうほどに。だけど昨日のリルク様は――。

 リルク様が、こんなにベッドで情熱的だったなんて。

 私の全身に隈なくキスし、丁寧に愛撫して、そして何度も何度も――。昨夜の恍惚を思い出して、私は真っ赤になった。


 (あんなに気持ち良いことが、この世にあったなんて……)


 誰も見てないのに、思わず顔を覆った。怖くて震えていた昨日の自分に、大丈夫だよと言ってあげたい。いくらアイリーンがベテランだからとはいえ、付け焼き刃の知識で敵う男性ではないことはよく分かった。


 しばらくして、リルク様が目を覚ました。


 「ん……」


 寝起きは無防備で、とても幼く見える。


 「おはよう」

 

 目があい、リルク様がふっと微笑んだ。


 (か、かわいい……!!)


 昨夜の男らしいリルク様とのギャップで、私はさらに赤面してしまった。どこまで私を好きにさせるんだろう、この人は。


 「お、おはようございます」

 

 そう言い終わるより早く、キスをして口を塞がれる。


 「……もう一回」

 「えぇっ、まだ朝で」

 「嫌か?」

 「嫌……じゃないです」

 「したい?」

 「……したいです」

 

 リルク様、私に言わせるなんて、ずるい。彼は少し意地悪そうに笑い、私たちはまた、時間を忘れて愛し合った。


おわり


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