表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/50

第四十一話 裁判

 国王の公開裁判だけあって、裁判が行われる広間は押すな押すなの人だかりだった。

 

 傍聴席に入りきらなかった者たちは宮廷外まで溢れ出し、周囲の広場には食べ物や土産を売る露店まで現れていた。まるで祭りのような騒ぎだ。


 「即位式より多いんじゃない?」

 「そりゃそうだ、この国の命運を決める裁判だからな」

 「あんた、ただの野次馬でしょ」


 ざわめく群衆を前に、裁判長が高らかに声を上げた。


 「静粛に!」

 

  木槌が響き渡る。


 「これより、被告クラウス8世を王位簒奪(おういさんだつ)の容疑で裁く!」


 広間が一瞬どよめき、続いて歓声が爆発した。

 裁判長は五度も木槌を叩いて秩序を取り戻さければならなかった。


 「静粛に! 被告人を入廷させたまえ!」

 

 再びざわめきが波のように広がっていった。視線が一斉に扉へと注がれる。誰もが息をひそめ、胸の奥で期待をふくらませていた。


 どんなに憔悴した姿を見せるのか――本人と分からないほど変わり果てているのか?


 人々の好奇心が、熱を帯びて空気を震わせている。

 だが、鉄枷をつけられたクラウス8世が姿を現すと、その場の空気は一変した。


 質素な衣服をまとっているにもかかわらず、クラウス8世の放つ気迫は圧倒的だった。


 (……気迫が違う)

 

 本来裁かれるべき者が、まるでこちらを裁いているような錯覚を覚える。瞬く間に、祭りのような空気は消え失せ、広間を静寂が包んだ。


 (いったい何を語るつもりなの……?)


 私も息を潜め、法廷の中央に立つクラウス8世を見つめた。

 不遜で、傲慢なのに、どこか崇高な威圧感を漂わせている。


 (絶対的な自信――まるで、確証があるみたい……)


 その圧倒的な存在感に、聴衆の誰もが釘付けになっていた。

 裁判長が厳かに宣言する。


 「これより審理を開始する。神の御名の下、すべての者は真実を語り、公平と正義を心に誓うように」


 静かな荘厳さが広間を包み、裁判が始まった。

 

 これで、真実が明らかになるーー。

 

 しかし、すぐに私たちはクラウス8世を侮っていたことに気づいた。


 まず、裁判長が問いかける。

 

 「被告、リアクロンビー卿が先代王の子であることを、知っていたのか?」

 「黙秘する」


 「では、先代クラウス7世は次の王を誰にするか、何か言っていたか?」

 「黙秘する」


 「自分の王位は正しかったと、そう言うのか?」

 「黙秘する」

 

 冷ややかで傲慢。だが、その沈黙には妙な確信があった。


 「卑怯者!」

 「答えになってないぞ!」

 「黙ってりゃ済むと思ってるのか!」

 

 聴衆の怒号が飛ぶ。しかしクラウス8世の一睨みで、すべての声が凍りついた。もはや誰も口を開けず、裁判長がもったいぶったように再び告げた。


 「……静粛に」

 

 議論が進まぬまま、審理はリルク様の王位継承の正当性を証明する方向へと移った。


 当時を知る証人が次々と立ち、先代王と元王妃との間に実際の夫婦関係があったことを証言する。


 「ここに、侍女の記録が残っております。『午後八時二十三分、陛下が来室。衣服を脱ぎ――』」

 「……もう結構だ。続きは要らん」


 (あんなふうに記録されるのね……地獄だわ)


 「つまり、夫婦関係があったと主張するのだな?」

 「はい。そしてまた、クラウス7世もリアクロンビー卿が子息であることを当時から認めていたようであります。リアクロンビー卿が生まれた直後、クラウス7世が追放された王妃様に贈り物をした記録も残っているのです」


 裁判の流れは明らかにリルク様側に傾いていた。すべて順調にいっているのに、なぜだろう――。


 (この場の主導権はクラウス8世が握っている……)


 そんな嫌な感覚で、胸さわぎがするのだった。


 クラウス8世がまともに口を聞いたのは、すべての審理が終わった後だった。


 「判決の前に、何か申し述べることはあるか?」

 「何もない」

 

 彼は静かに言った。


 「僕が今ここで何を言おうと、結果は変わらない。真実なんて――何の価値もない」

 「口を慎みなさい!」


 「人は信じたいものしか信じない。客観的な真実なんて、大半の人間にはどうでもいい。人が自らの過ちを悟るのに必要なのは、言葉でも力でもない――“時間”だ。お前たちは僕を失ったことを後悔するだろう」


 その一言に、誰もが息をのんだ。

 裁判長が木槌を打ち鳴らす。


 「判決を言い渡す。――被告クラウス8世は、王位簒奪(おういさんだつ)の罪により有罪。死罪を宣告する。準備が整い次第、カスターナ広場にて執行する。閉廷!」


 宣告の瞬間、広間がどよめいた。だが、クラウス8世は微動だにしなかった。


 「お、終わった……」

 「処刑だ……!」

 

 歓声と悲鳴が入り混じる中、クラウス8世だけが、静かに――そして確かに、微笑んでいた。


 クラウス8世が退廷する際、野次とも歓声ともつかない怒号が飛び交った。彼はうなだれることもなく、堂々とした足取りで歩を進めていた。


 (この人は、なぜこれほどまでに余裕があるの……)


 クラウス8世が私の方を見た。

 そして――ニコリと微笑んだ。屈託のない、まるで少年のような笑顔だった。

 私の背筋は、ぞくりと冷たくなった。


 (何を考えているの……?)


 彼は口を動かして、何かを言っていた。けれど、その言葉は人々のざわめきにかき消され、当然聞き取れなかった。


 やがて退廷が終わると、今度は人々の視線が一斉にリルク様へと向けられた。


 「……リアクロンビー卿は、正当な後継者だった!」

 「新しい国王の誕生だ!」


 どっと歓声が上がり、拍手が広間を揺らした。喜びと熱狂が渦のように広がっていく。

 リルク様はその熱気を受け止め、少し静かになるのを待ってから宣言した。


 「私はこの場で誓う。

 この国を築いた火の神エウルオン、そして先祖たちに恥じない、正しい王となることを」


 広間が爆発したように湧いた。


 「リアクロンビー様、万歳!」

 「インテルヴィアに祝福を!」


 人々は狂ったように歓声を上げ、涙を流す者までいた。


 (よかった――リルク様が認められた。でも……少し怖い。みんな、まるで熱に浮かされているみたい)


 視界がぐらぐらと揺れた。胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


 (あ……だめ、気分が悪い……)


 そのとき、誰かが私の肩を軽く叩いた。

 振り向くと、そこにいたのは――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ