第四十一話 裁判
国王の公開裁判だけあって、裁判が行われる広間は押すな押すなの人だかりだった。
傍聴席に入りきらなかった者たちは宮廷外まで溢れ出し、周囲の広場には食べ物や土産を売る露店まで現れていた。まるで祭りのような騒ぎだ。
「即位式より多いんじゃない?」
「そりゃそうだ、この国の命運を決める裁判だからな」
「あんた、ただの野次馬でしょ」
ざわめく群衆を前に、裁判長が高らかに声を上げた。
「静粛に!」
木槌が響き渡る。
「これより、被告クラウス8世を王位簒奪の容疑で裁く!」
広間が一瞬どよめき、続いて歓声が爆発した。
裁判長は五度も木槌を叩いて秩序を取り戻さければならなかった。
「静粛に! 被告人を入廷させたまえ!」
再びざわめきが波のように広がっていった。視線が一斉に扉へと注がれる。誰もが息をひそめ、胸の奥で期待をふくらませていた。
どんなに憔悴した姿を見せるのか――本人と分からないほど変わり果てているのか?
人々の好奇心が、熱を帯びて空気を震わせている。
だが、鉄枷をつけられたクラウス8世が姿を現すと、その場の空気は一変した。
質素な衣服をまとっているにもかかわらず、クラウス8世の放つ気迫は圧倒的だった。
(……気迫が違う)
本来裁かれるべき者が、まるでこちらを裁いているような錯覚を覚える。瞬く間に、祭りのような空気は消え失せ、広間を静寂が包んだ。
(いったい何を語るつもりなの……?)
私も息を潜め、法廷の中央に立つクラウス8世を見つめた。
不遜で、傲慢なのに、どこか崇高な威圧感を漂わせている。
(絶対的な自信――まるで、確証があるみたい……)
その圧倒的な存在感に、聴衆の誰もが釘付けになっていた。
裁判長が厳かに宣言する。
「これより審理を開始する。神の御名の下、すべての者は真実を語り、公平と正義を心に誓うように」
静かな荘厳さが広間を包み、裁判が始まった。
これで、真実が明らかになるーー。
しかし、すぐに私たちはクラウス8世を侮っていたことに気づいた。
まず、裁判長が問いかける。
「被告、リアクロンビー卿が先代王の子であることを、知っていたのか?」
「黙秘する」
「では、先代クラウス7世は次の王を誰にするか、何か言っていたか?」
「黙秘する」
「自分の王位は正しかったと、そう言うのか?」
「黙秘する」
冷ややかで傲慢。だが、その沈黙には妙な確信があった。
「卑怯者!」
「答えになってないぞ!」
「黙ってりゃ済むと思ってるのか!」
聴衆の怒号が飛ぶ。しかしクラウス8世の一睨みで、すべての声が凍りついた。もはや誰も口を開けず、裁判長がもったいぶったように再び告げた。
「……静粛に」
議論が進まぬまま、審理はリルク様の王位継承の正当性を証明する方向へと移った。
当時を知る証人が次々と立ち、先代王と元王妃との間に実際の夫婦関係があったことを証言する。
「ここに、侍女の記録が残っております。『午後八時二十三分、陛下が来室。衣服を脱ぎ――』」
「……もう結構だ。続きは要らん」
(あんなふうに記録されるのね……地獄だわ)
「つまり、夫婦関係があったと主張するのだな?」
「はい。そしてまた、クラウス7世もリアクロンビー卿が子息であることを当時から認めていたようであります。リアクロンビー卿が生まれた直後、クラウス7世が追放された王妃様に贈り物をした記録も残っているのです」
裁判の流れは明らかにリルク様側に傾いていた。すべて順調にいっているのに、なぜだろう――。
(この場の主導権はクラウス8世が握っている……)
そんな嫌な感覚で、胸さわぎがするのだった。
クラウス8世がまともに口を聞いたのは、すべての審理が終わった後だった。
「判決の前に、何か申し述べることはあるか?」
「何もない」
彼は静かに言った。
「僕が今ここで何を言おうと、結果は変わらない。真実なんて――何の価値もない」
「口を慎みなさい!」
「人は信じたいものしか信じない。客観的な真実なんて、大半の人間にはどうでもいい。人が自らの過ちを悟るのに必要なのは、言葉でも力でもない――“時間”だ。お前たちは僕を失ったことを後悔するだろう」
その一言に、誰もが息をのんだ。
裁判長が木槌を打ち鳴らす。
「判決を言い渡す。――被告クラウス8世は、王位簒奪の罪により有罪。死罪を宣告する。準備が整い次第、カスターナ広場にて執行する。閉廷!」
宣告の瞬間、広間がどよめいた。だが、クラウス8世は微動だにしなかった。
「お、終わった……」
「処刑だ……!」
歓声と悲鳴が入り混じる中、クラウス8世だけが、静かに――そして確かに、微笑んでいた。
クラウス8世が退廷する際、野次とも歓声ともつかない怒号が飛び交った。彼はうなだれることもなく、堂々とした足取りで歩を進めていた。
(この人は、なぜこれほどまでに余裕があるの……)
クラウス8世が私の方を見た。
そして――ニコリと微笑んだ。屈託のない、まるで少年のような笑顔だった。
私の背筋は、ぞくりと冷たくなった。
(何を考えているの……?)
彼は口を動かして、何かを言っていた。けれど、その言葉は人々のざわめきにかき消され、当然聞き取れなかった。
やがて退廷が終わると、今度は人々の視線が一斉にリルク様へと向けられた。
「……リアクロンビー卿は、正当な後継者だった!」
「新しい国王の誕生だ!」
どっと歓声が上がり、拍手が広間を揺らした。喜びと熱狂が渦のように広がっていく。
リルク様はその熱気を受け止め、少し静かになるのを待ってから宣言した。
「私はこの場で誓う。
この国を築いた火の神エウルオン、そして先祖たちに恥じない、正しい王となることを」
広間が爆発したように湧いた。
「リアクロンビー様、万歳!」
「インテルヴィアに祝福を!」
人々は狂ったように歓声を上げ、涙を流す者までいた。
(よかった――リルク様が認められた。でも……少し怖い。みんな、まるで熱に浮かされているみたい)
視界がぐらぐらと揺れた。胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
(あ……だめ、気分が悪い……)
そのとき、誰かが私の肩を軽く叩いた。
振り向くと、そこにいたのは――。




