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第三十九話 新しい人生

 昼を過ぎても、夕方になっても、お父様たちは現れなかった。


 (なにかあったのかしら……? 長旅だし、もしや事故でも――)


 大好きな家族――とはお世辞にも言えなないが、やはり心配だった。私の部屋の扉が鳴らされたのは、夕食会に行こうと準備をしている直前だった。


 「セシル様! ご家族様が見えています。お通ししますか?」

 「え? いま?」

 「お夕食会にご招待し、そこで面会されますか?」

 「いいえ、今通してください」


 その言葉の後、


 「セシル、久しぶりじゃないか!」


 現れたのは、お父さまとお義母さま、そしてネピーお義姉さまとルカお義姉さま。


 「いやぁ宮廷は立派だな! どこもかしかも輝いている!」


 (お父さまの靴……今にも靴底が外れそうだわ。服もシワシワ……。お義母様のドレスもほつれているし……あの宝石は明らかに偽物だわ。お義姉様については……もう何も言うまい)


 実家を離れてわずか一ヶ月。


 (環境が変わると……こんなにも物の見え方が変わるのね)


 「道中、大丈夫でしたか? 到着が遅くて心配しました」

 「え? ……ああ、大丈夫だ! 支度に手間取ってしまってね。すっかりディナーの時間になってしまった。ところで、私たちの夕食は準備されているんだろうね? 宮廷の食事はさぞ豪勢だろうと腹を空かせて来たんだ! お前がいなくなってからケーキやパイがどうも不味くてね」


 「……」

 「それにしてもセシル、大出世じゃないか! あのリアクロンビー卿がここまでの傑物だったなんて。その美貌でしっかり手玉に取ったんだろう? え? 次期王妃になるともっぱらの噂じゃないか! いやぁ、こんなラッキーでいいのか、笑っちまうな!! 私が王妃の父親……そしていずれは生まれた国王の祖父になる……むふふ、妄想が止まらん!! わっはっはっ!」


 「お父さま、やめてください。はしたないわ」

 「ネピーとルカの縁談も安泰だっ。実を言うと、我が家の持参金事情は厳しくてね――ちょっとだけ相手を見つけるのに手こずっていたんだ。いや、今のご時世、どこの貴族も経済的に苦しいから仕方ない。で、いつ私たちは宮廷に移り住める? 今日からか?」


 一方的にまくし立てるお父様の横でお義母さまは冷たい氷のような無表情を貫いていた。そんなお義母さまと目が合った――合ってしまった。


 お義母さまは数秒、苦悶の表情を見せた。プライドと打算が壮絶にせめぎ合い――打算が勝った。

 お義母さまは必死の形相で笑った。


 (こ、怖い――!)


 内心、屈辱で煮えたぎっているのがバレバレだった。


 「セシル、私たちをよろしくね」


 その言葉で、私の心はすっと冷たくなった。


 (あんなに私を蔑ろにしてきたのに……どうして今さら、そんな言葉を言えるの?)

 (きっと……この人たちとは一生わかり合えないんだわ)


 お義母さまが来てから、私は使用人のように扱われてきた。「醜い」と罵られ続けてきた。

 そう伝えたとしても、この人たちには響かない。それはよく分かっていた。


 「使用人のみんなは元気?」

 「使用人? あ、ああ。少し人員整理をしたがね――給金が厳しくて。もしや、使用人も引き取ってくれるのか?」


 「ええ、でもマチルダ婦長は引き取りません。暴力振るう人は置きたくないの」

 「!! もちろんいいよ、なんて優しい子なんだ! すぐにみんなを呼び寄せよう。実はね、私たちは今日からでも暮らせるよう準備を整えてきたんだ。使用人も呼び寄せられるなら、もう屋敷には戻らなくていいな」


 「いえ、お戻りください」

 「もうほとんど整理してきたんだがなあ」

 

 「なにか勘違いされているようですが、私はお父様たちを引き取るつもりはございません」

 「なっ――っ!! 何を言っている? 私たちはお前の家族だぞ?」


 「家族? 黒いベールを被せて醜いと洗脳することが? 『暴力』を振るう人は許せないの。言葉だって暴力になるのよ」

 「そ、それは……。すまなかった、そんなにセシルを傷つけていたなんて――。これから償う。ほら、お前たちも謝れっ」


 「……っ」

 「……ご……めんな……さい」

 「…………………悪かったわ」


 謝罪の言葉が続いたが、私の心は決まっていた。


 「お引き取りください」

 「後悔してるんだっ……お前がこんなに立派になるなんて」


 「今さらすぎます。あなたたちは、私が助けてほしいときに手を差し伸べてくれなかった。それどころか、地獄へと落とすことを楽しんでいた――まだ子供だった私を。もう二度と私と関わらないでください」

 「そ、そんなあ……」


 私は侍従にお父様たちを退室させるよう命じた。お父様たちに背を向け、夕食会の準備を再開した。


 「セシル、話し合おう。ほら、昔、まだ母さんがいた時、一緒にピクニックに行ったよな? 悪い思い出ばかりじゃない――誕生日のときはこっそり菓子をあげてただろっ? 私はマドリエンヌの言うことを聞くしかなかったんだ、そうでなければ離婚すると脅されていたんだ。なあセシル、頼むから私だけでも――」

 「卑怯ねっ、全部私のせいにしようとして。陰気臭くて可愛げがないってよく言ってたじゃないっ」


 お父様とお義母様の醜い罵りあいが聞こえた。でも私は振り向かなかった。


 (もう関わらない、忘れる――。それがあの家族から自由になるということ)


 私の新しい人生は、始まったばかりだ。

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