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第三話 義務と建前

 王宮を出発してから既に10時間。

 四輪にもかかわらず、馬車はガタガタと揺れていた。


 俺の名前は、リルクート・リアクロンビー。爵位は公爵。


 王宮への出仕が終わり、早く領地に帰りたい……と思っていたのに、執事のモリー爺やに頼み事をされ、困惑中だ。


 「全く……。俺は気が乗らないと断ったはずだが?」


 「ええ、お坊ちゃまの意向は存じております。しかし、ニルヴァル家と言えば最近は斜陽ですが、旧家として名高いですよ。通り過ぎるのは礼を欠くというものです」

 「『礼』ね……。要は、貴族のくだらないプライドだろ? この忙しい時期に勘弁してくれよ」


 「そうは言えど、公爵としての務めというのがありますので。……いえ、もうぶっちゃけましょう。あそこの執事長と私は昔馴染みで、取り持ってくれと泣きつかれたんです。妙齢の娘が2人いるらしくてね」

 「そんなことだろうと思った」

 

 俺はため息をついた。モリー爺やは気が利いて仕事もよくできるが、押しに弱いのが欠点だった。


 「もちろん、ただ顔を出すだけだと強調しましたよ。ここは私の顔を立てると思って、20年仕えたモリー爺やからお坊ちゃまへのお願いです」

 「随分ぶっちゃけたな……お前からそんなことを言われたら断れないの知ってるだろう……。まあいい、今回だけだぞ」

 「さすがお坊ちゃま……!!なんとお優しい!!」


 モリー爺やはもはや半泣きだった。


 そんなわけで、王宮の帰りにニルヴァル邸宅に立ち寄ることになった。



 名目はニルヴァル伯爵への挨拶と燃料の補給。実態は、お見合いというやつだ。



 正直俺はうんざりしていた。これで何度目だろうか。


 立場上仕方のないこととはいえ、好意を寄せられるのも、断ることで相手の失望を目にするのも、慣れるものではない。今は仕事が忙しいので、他人を気遣う余裕がないというのもあった。


 ニルヴァル邸は村から少し離れたところにあった。敷地は大きく邸宅も立派だ。


 にもかかわらず、屋敷へと続く道路は整備が不十分で、馬車の揺れはひどくなる一方だった。


 邸宅の前にはニルヴァル伯爵、夫人、使用人たちが並んでいた。


 「よくぞいらっしゃいましたわ!!」


 馬車を降りるなり、伯爵を押し退けてニルヴァル夫人が駆け寄ってきた。伯爵もおどおどと後に続く。


 夫人が深くお辞儀をすると、プーンと香水の匂いが広がった。後ろに控えている娘二人も倣って礼をする。


 どうやら彼女たちが例の「妙齢の娘たち」らしい。


 豪華な服に派手な髪飾り。着せられているようで、少し不恰好だ。


 モリー爺やは「立ち寄るだけ」と強調したらしいが、相手が期待しているのは、やはり「そういうこと」である。


 ため息が出そうになったが、あわてて飲み込んだ。こうした状況には慣れている。妙齢の娘を嫁がせようと、親も必死なのだ。


 「ご歓迎いただきありがとうございます。ただの出仕帰りだというのに、恐縮いたします」


 こちらの挨拶に合わせ、女性陣が再びドレスを上げて返礼をした。


 (ん……?3人ともこんなに綺麗な服装なのに、靴に黄色い汚れが着いているぞ……?)


 ニルヴァル夫人はにっこりと笑った。その眼光は、獲物を狙う鷹のように鋭い。


 「さあ、こちらにおいでください。お腹が空いているでしょう? あちらに食事を用意しておりますから」

 「いえ、本当にお構いなく。ご挨拶にだけ伺えればと思いまして」

 「遠慮など不要ですのよ! さあさあ、こちらへ!」


 案内されるままに広間に連れて行かれる。その道中、夫人は得意げに屋敷を自慢して回る。


 「これは先先代が、グランドツアーで収集したサファイアの原石で……。この肖像は、かの有名なモリアッティーニに描かせた自画像で……。この暖炉は、特別な保温効果のある花崗岩を使い……」


 (随分と鼻高々だな……。確か、後家だと聞いたが)


 どうやらニルヴァル伯爵は妻の言いなりらしい。伯爵と夫人は親子と言ってもいいほどの歳の差に見えた。


 伯爵は妻の出しゃばりを恥じつつも、若い妻が誇らしくて仕方ないらしい。


 後ろから付いてくる娘2人も、尊大な態度である。

 顔色が悪く、尖った顎、吊った目がどこか威圧的な雰囲気だ。


 (どうも信用できない家族だな……。食事を終えたら早くこの屋敷を出よう)


 婦人の自慢話に適当に返答しつつ、外に目をやった。


 一つ下の階の回廊で、誰かが掃除をしているのが見えた。真っ黒な服を身を纏い、黒いベールまで被っている。体つきからして、おそらく子供か若い女性だろう。


 飾り立てられた屋敷の中で、その人物の異様さは際立っていた。


 好奇心というより、不穏な気配に胸がざわりとした。


 「不躾なことをお伺いしますが、もしや、どなたかお亡くなりになったのでしょうか?」

 「この絨毯は、極東から取り寄せた極上の品でーー……え? 今、何かおっしゃいました?」

 「人が亡くなったのかと聞いたのです。ほら、あそこに喪服を着ている方がいるでしょう? 使用人の方かな」


 俺の指差す方向に目をやると、夫人は一瞬不快そうに顔を歪めた。娘たちは気まずそうに顔を見合わせている。


 「誰も亡くなっておりませんわ。あの娘は何というか、訳ありで……」

 「喪でもないのにあのような格好をしているのですか?……なあ、君!!」


 黒いベールの人物がこちらを向いた。驚いたように数歩後退り、何も言わずに去って行ってしまった――。


 やはり奇妙だ。不気味、と言ってもいいかもしれない。


 怪訝そうな俺を見て、それまで黙っていた伯爵が慌てたように釈明した。


 「失礼な態度をとり、大変申し訳ございません。実はあれは前妻の子供でして−−。ひどく恥ずかしがりで、人目を避けて暮らしているのです。どうか許してやってください」

 「ぜ、前妻の子……!?それでは、あの方もご令嬢なのですね。歳はいくつなのですか?」

 「もうとうに20歳を超えております。行き遅れで恥ずかしい限りです」


 伯爵の言葉を聞いて、娘たちがくすくすと笑った。

 どうやら伯爵家の令嬢ともあろう女性が、この家では使用人扱いされているらしい。

 あまりの驚きに唖然として、言葉が見つからなかった。


 「お目汚し失礼しました。では、もう一部屋の案内を……」

 「いえ、結構です。それよりも、あの女性の洋服はボロボロでしたよ。さしづめ、使用人のように扱っているのでしょう。なぜ家族に対してそのようなことができるんですか?」


 「家族と言いましても……。あれの母親は浮気者でしてね。本当に私の子かも分からんのですよ。醜く、卑しい子です」



 ――あの女は魔女よ! この子はあなたの子じゃないわ!

 もう20年以上前の光景がフラッシュバックした。母を蔑んだあの女。何も分からない俺から全てを奪ったあの女……。



 (似たような理不尽がここにもあるのか……)



 やるせなさと怒りが込み上げてくる。思わず声を荒げようとしたが、モリー爺やがそっと俺の左手に触れた。


 首を横に振るモリー爺を見て、幾分か冷静さを取り戻した。


 そうだ、これはモリー爺やの顔を立てるための訪問なのだ。そもそも公爵である自分が、公共の場で感情的になるなど、あってはならないことだ。



 不快な感情を押し込み、接待をやり過ごすことが今の自分にできることだ。



 そう思い直したものの、食事の時間は中々の苦痛であった。延々と続く夫人の自慢話に耐えながら、心は全く別のことを考えていた。


 どうしてもあの令嬢のことが気に掛かる。前妻の子だからと蔑まれ、黒服に身をやつす令嬢。


 そうだ、それならば――。


 「どうでしょう?お口に合いましたかしら。外国から取り寄せた一級品の紅茶がありましてよ、今持ってこさせますわ」

 「いえ、結構です。ニルヴァル伯爵、単刀直入に訊きます。あなたはこの会合で私とご令嬢を引き合わせようとした――。それで間違いないですね?」


 「え!?!? は、はい、そうでございます! もしや我が娘を気に入っていただけましたか……! なんたる光栄! めでたき日よ! さすが公爵様、お目が高い!」

 「では、私がご令嬢を任せるのに相応しい人間だと思っていただけたわけですね?」


 「もちろんですとも! 公爵以上の相手などおりますまい! それで、ネピーとルカ、どちらをご要望でしょうか!? どちらの娘も容姿も気立ても大変良くて……」

 「ネピー嬢でもルカ嬢でもない。私が引き取りたいのは……あの黒いベールの令嬢です!」

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