第三十八話 リルク様への不満
革命が成功したその日から、私たちの生活は一変した。
特にリルク様の日々は、嵐のように過ぎていった。クラウス8世の裁判、血統の証明、そして国の再建――どれも待ったなしだった。デドリウス様も共に奔走しており、休む間もないようだった。
国王の交代を期に、国交の正常化を希望する国が殺到しているのだという。各国の特師団の訪問も積極的に受け入れているそうで、宮廷では外国の人を見かけることも増えた。戦火の続く南西部の国も、こうした流れに加わっているともっぱらの噂だった。
国政だけでも目が回るほど忙しいだろうに、リルク様はアラシア国皇女・ロザリナ様ともやり取りを重ねているようだ。結婚は破談になったものの、病弱な彼女の治療法を探るため、力を貸しているらしい。医師であるロベール様が片っ端からつてを当たってくれているそうだ。
「セシル、疲れたよ……」
どんなに夜が遅くなっても、疲れていても、リルク様は1日の終わりに私の寝室を訪れてくれる。
「今日は23件の嘆願とマライリー地区とバスリ地区に視察に行って、セルディーナ国の特使と食事会だった……毎日1年分の仕事をこなしているような気分だ」
疲労でリルク様は今にも気絶しそう。目の下には濃いクマができて、げっそりしている。
「本当に……毎日お疲れ様です。リルク様と会えるのは嬉しいのですが、無理なさらないでください。しっかり休んだり、寝てほしいです」
「……セシルの顔を見ると元気になれるんだ。迷惑か?」
「いえ……嬉しい……けど」
リルク様はトロンとした目で私の頬を優しく撫ぜた。指先の温もりがじんわり心に広がる。
顔が近づいて、胸の奥が高鳴る――ドキドキと、息が止まりそうになった。
――コトン。
「リ、リルク様?」
リルク様は私の膝の上でスースー寝息を立てている。
(も、もおーー!! 何度目っっ)
愛しいけれど、心配だから休んでほしい気持ちもあるけれど――。
正直、じれったい!
毎度こんなで形で、私たちの関係は全然進展していない。
(リルク様の気持ちは信じてる。でも、リルク様ももう少し――強引になってくれてもいいのに)
リルク様は冷静で理性的で真面目。だからきっと、この政治の混乱が落ち着くまでプロポーズを待ってくれているのだと思う。手順や順序を踏んで完璧に事を進める――それがリルク様流。
でも、もう両思いのはずなのに!
私に対してはもう少し……向こう見ずになってくれても、いいんですよ?
そんな言葉を胸の奥で飲み込みながら、私はいつも通りリルク様と接している。
リルク様ほど多忙ではないけれど、私もそれなりに忙しかった。革命のあと、いろんな人が私に会いたいと言ってくるようになったのだ。貴族の人も、兵士の人も、領地の代表も――みんなそれぞれ話したいことがあるらしい。
革命が起きたあの晩、ヤスミンは息を切らしながら私のもとへ駆けつけてくれた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
そう泣いて繰り返すヤスミン。私は震える彼女の肩を抱くことしか出来なかった。
「泣かないで。私はあなたを怒ったりしないわ」
「怒られて当然よ。だって、あなたのことをクラウス8世に密告したのは私なんだもの……。リルク様に愛されてるあなたのことが羨ましくて腹立たしくて、ミリルと一緒に告げ口に言ったの。まさかリルク様が他の人と結婚させられるなんて思わなくて――。しかも、革命まで起きてるし――」
「あまり自分を責めないで。まだ13歳なんだもの。それに、結果として国までも――いい方向に転ぶかもしれないわ」
「でも……」
「私は怒ってないわ。でも、これからは腹が立っても告げ口はなしよ? 面と向かって悪口を言ってね」
「……うん」
泣き笑いするヤスミンを抱きしめた。まだ13歳。
(ミリルはなんでこの子を巻き込んだのかしら。無責任にも程があるわ)
ミリルが許せなかった。そのミリルはまだ見つかっていない。革命の日、屋敷から忽然と消えてしまったのだという。
(初めてのお友達だと思ったのに――。)
ミリルにも事情があったのかもしれない。……いや、事情なんかなくて、ただ私が嫌いだったのかもしれない。いずれにしても、分からないということがすごくストレスだった。
ミリルと違って、とても分かりやすかったのは、実家の反応だった。
リルク様が革命に成功したという噂を聞いたお父様は、すぐに長い手紙を送ってきた。中庭を散歩していた私のもとに、侍従が小走りで手紙を持ってきた。
「セシル様、これを」
手紙を開くと、そこに書かれていたのは――。
「私の愛しいセシルへ
元気にしているか。我が家はセシルを失ってから元気がない。革命の一端を担ったらしいじゃないか。やはりセシルはすごい子だと私たちは興奮している。24日に会いに行くからリアクロンビー卿とともに歓迎されたし。父」
「24日って今日じゃないの……私の都合は無視ね」
ため息をつき、手紙を侍従に渡した。
「歓迎の準備をしますか?」
「いいえ、何もしなくていいわ。お父様たちがいらっしゃったら、私の部屋に通してちょうだい」




