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第三十四話 王との再会

 長い夜が明け――。


 ついに、リルク様とアラシア国皇女との婚姻の日になってしまった。


 宮廷は国内の貴族や、アラシア国をはじめとする友好国の賓客でごった返し、華やかな音楽と期待のざわめきが入り混じっている。


 そのきらびやかな空気の中、私は――デドリウス様率いる第三騎士団に両脇を抱えられ、静かに連行されていた。一行が立ち止まったのは、王の私室へ続く豪奢な扉の前だった。


 デドリウス様が衛兵に何事かを告げると、


 「入れ」


 低く響いた声と同時に、重厚な扉がゆっくりと開く。


 私たちは王の私室に足を踏み入れた。壁一面にかかった緋色のタペストリー、金の装飾が施された調度品。まるで宝石箱の中に迷い込んだような豪奢さだ。しかしそこに漂う空気は冷たく、肌に刺さるようだった。


 式典の準備をしていたクラウス8世は、こちらを振り向き、驚きの声を上げた。


 「セシル! お前、いままでどこに……」

 「この者は昨夜脱出を図り、我ら第三騎士団の本部まで逃げてきました。鳥小屋で意識を失っているところを今朝発見しまして……。ひどく動揺して手がつけられない状態でしたが、説得してここまで連れて参りました」


 クラウス8世は着替えの手を止め、上から下まで私を値踏みするように見つめた。


 「……どうやって逃げた? いや、方法はどうでもいい。誰の入り知恵だ? こんな狂気じみた逃走劇は。デドリウス、お前か?」

 「私は――」

 「いえ、デドリウス様は関係ありません。私が一人でやったことです」

 「それで……今朝になってのうのうと戻ってきた? どういう心変わりだ。お前は一体何を企んでいる?」


 鋭い視線に射抜かれ、足が恐怖で震えた。両脇を支えられていることが、かえってありがたく感じられた。


 「陛下、お許しください。セシルが『結婚する前にリルクと話したい』と半狂乱で訴えるので、手紙を取り次ぐと約束する代わりに陛下のもとに戻るよう説得いたしました。……私が甘いのは承知しております。しかしあまりに切実だったので、同情してしまったのです。手紙はこの通り、まだ私の手もとにございます。陛下の許可がいただければ、渡したく」


 デドリウス様が静かに差し出した手紙。私が震える手で、一文字ずつ噛みしめるように書き記した――私のすべての思いが込められた手紙だった。


    「リルク様へ あなたと出会って、暗闇だった私の世界は色を取り戻しました。

    私が一番愛する色は、昔も、今も、これからも――『ラピスラズリ』の青です」


 たった数行。それでも、時間をかけて紡いだことばだった。


 「なんだ? この馬鹿げた手紙は」


 クラウス8世は私の目の前で、それを無造作に破り捨てた。覚悟はしていたが、涙が頬をつたった。


 (もう心に決めたことよ。頑張るのよ、私……!)


 「泣くな。反省はしているのか?」

 「……はい」

 「そうは見えないぞ」


 「……デドリウス様と話し、改めて思い知りました。せっかく陛下から慈悲を頂きながら、そのご恩を踏みにじる行動に出てしまったことを、深く恥じております。私にはもう帰る場所もなく、それなのに衝動に身を任せ、愚かな真似をしました。お手紙を破られたことは……胸が張り裂けるほど残念でございます。けれど、それとは別に――王に嫁ぐ覚悟は、今はもう揺らいでおりません。もし、寛大にも私をお許しいただけるなら……受け入れていただけるなら、私は全てを陛下に捧げる所存です」

 「……なるほどな」


 クラウス8世は薄く笑みを浮かべた。


 「ようやく口の利き方を覚えたか。だが、覚悟という言葉だけで済むと思うな。ここまで手を焼かせた女は初めてだ。これから徹底的に飼い慣らしてやる。お前を逃した侍女どもは全員クビにした。無能に用はない」

 「……」

 「まあ――正直、楽しませてもらったよ。お前はやはり常軌を逸している。だが、それくらいでなければ面白くもない。デドリウスもよくやった。セシル、お前もよく戻った。婚姻の記念だ、くだらない手紙などではなく、僕が直接兄さんに伝えてやろう。式典は間もなく始まる。さっさと支度しろ」


 デドリウス様の隊は私を解放し、新しい侍女たちが私を引き取った。


 「待て」


 部屋を出ようとしたが、呼び止められた。


 「やっぱり信用できないな」


 首に手を当てられ、じっと瞳を覗き込まれた。


 (やめて……何をするつもりなの)


 1分ほど時間が経った。永遠とも思えるほど長い1分。そして小さく、「……110か」と呟く声がした。冷たい濃紺の目が、暗く光っている。


 「これからする質問に、僕の目を見て『はい』か『いいえ』で答えろ。嘘をつけば、それで終わりだ。どんな事情があろうとお前を処刑する」

 「陛下、何を……」

 「デドリウス、黙れ。セシルにきいてるんだ。分かったら『はい』と答えろ」


  (脈拍を……測られてたんだわ……!)


 胸が喉元まで上ってくるのを感じた。恐怖で体が震えるのを必死に押さえ、私は細い声を絞り出した。


 「……はい。嘘をつかず、真実だけを言うと誓います」

 

 「……112。もう逃げる気はないな?」

 「はい」

 

 「……103。嫁ぐという発言も本当だな?」

 「はい。私は陛下に身を捧げることを決めました。この決意は揺るぎません……!」


 「……きっかり100か。瞳孔も問題なさそうだな。よし! 行っていい」


 クラウス8世は顔をほころばせた。悪魔がうかべる天使のような笑み。


 吐き気をこらえながら、私は部屋を後にした。扉の向こうの空気は、ひどく重く、冷たい。


 (もう……後戻りはできない)


 止めようとしても、涙は頬を伝い続けた。


 (リルク様の婚姻の儀が始まる……あと三時間もしないうちに、私たちの人生は――)

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