第三十一話 アラシア国の皇女
(これが……アラシア国の第二皇女……)
金細工の椅子に腰かけていたのは、美しいがまだ幼い少女だった。年はせいぜい15歳くらいか。あまりに華奢で、あまりにも儚い。
(まだ子供じゃないか……)
「失礼します。ご挨拶に参りました、リルクート・リアクロンビーでございます」
「お、お顔を……上げてください」
皇女はうわずった声で言った。
声は震えていたが、礼儀と気品は失われていなかった。けれどその顔色は悪く、頬はこけ、指先さえ頼りなく震えている。
「お会いできて嬉しいです。ロザリナです。……ローズとお呼びください」
かしこまって立ち上がろうとした瞬間、視界が揺らいだのか、彼女はそのまま崩れ落ちた。
「ローズ様!!」
控えていた従者たちが慌てて駆け寄る。その中のひとり、まだ18歳ほどの青年が、蒼白になりながら彼女の手を握った。ローズは彼を見上げ、弱々しくも微笑んだ。青年は精悍な顔を心配で歪ませている。
「……ローズ様、無理はなさらずに」
「でも、リアクロンビー様がいらっしゃったのに……」
「お気持ちだけで十分です。今はどうか、ゆっくりお休みください。何か持ってこさせましょうか?」
ローズはしばらくごねていたが、渋々ベッドへと導かれていった。
本当はモルグとゆっくり話をしたかったが、出直した方が良さそうだった。ローズと対面を果たした今、この結婚への疑念はますます強くなっていた。
(アラシア国には未婚の第一皇女がいたはず。なぜ、まだ幼く病弱なローズが選ばれたんだ?)
部屋を出ようとしたとき、先ほどの青年が俺に深く頭を下げた。
「本日、ローズ様は体調が優れなくて。どうか……ローズ様をよろしくお願いいたします」
「……」
俺に向けられる切実で――悲しみの籠もった目。その意味に気づくことは容易だった。
「――君、名前は?」
「カイル・ロマニエールです。ローザ様の護衛隊副長を務めております。」
「少し、話せるか?」
俺とカイルは部屋を出て、人目につかない回廊へと移動した。カイルはローズの幼馴染で、幼い頃から護衛を務めているのだという。
「もしかして、ローズ嬢は体が弱いのか?」
「そ、そんなことはございません。ただ、長旅で疲れているだけで――。普段は元気で、溌剌とした方です……! ご飯ももりもり食べるんですよ!」
「あんなに痩せているのに?」
「そ、それは……」
明らかに動揺を隠せないカイル。嘘をついているのは明白だった。
「カイル、俺を信用して話してくれ。アラシア国には未婚の第一皇女もいたはずだ――なぜ、まだ幼く、体も弱いローズ嬢が結婚に選ばれたんだ?」」
「私は……」
言葉を詰まらせるカイル。俺は核心を突いた。
「……君は皇女に恋してるんだろう?」
「……!! 滅相もございません。私はただ、従者として――」
「こんな風に聞き出そうとするのはフェアじゃないな。はっきり言おう。俺はこの結婚を反故にしたいと思っている。結婚したい女性がいるんだ。君だってこの縁談を望んでいないはずだ」
「そ、それは……」
「秘密は守る。この結婚を反故にするために、知恵を貸してくれ」
沈黙ののち、カイルは搾り出すように語り出した。
「つまりこういうことだな――アラシア国は隣国との領土戦争で疲弊している。第一皇女は最重要の西国との政略結婚に充てられた。病弱で先が短いと言われている第二皇女のローズ嬢は、信用ならない我が国に嫁ぐことになった、と……。皇女たちを駒としか思ってない采配だな。実に不快だ」
「……私は怒りを抑えることができません。政略結婚は皇女の宿命とはいえ、ローズ様は休養に務めるべきなのです。この旅も、お身体に多大な負担がかかりました。なぜ誰も彼女の幸せを……先が短いかもしれない彼女の幸福を願えないのでしょうか? ローズ様は心優しい方だ。そんな彼女を利用しようとするのが、私には許せません――」
カイルは拳を握りしめていた。姫の幸せを願う思いが痛いほど伝わってくる。
「ローズ嬢の安全は何としてでも守ろう。この国にいる間、手厚くもてなすことを約束する。少し時間をくれないか」
「……ご親切に感謝します。でも、どうやって?」
カイルに約束したものの、答えはまだなかった。中庭を歩きながら考えを巡らせる。
(アラシアの目的は和平。そしてこの国は信用されていない。ならば、結婚に代わる強固な代替策を示せれば──きっと経済こそ、その突破口になる)
その確信はあったが、問題はクラウス8世をどう説得するかだ。クラウス8世にとって、この結婚は国政だけでなく、俺を屈服させる手段の一つでもある。
(どうすればいいんだ……)
答えが出ぬまま、夜は静かに更けていった。




