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第二十九話 意地と作戦と

 (この侍女たちの監視から逃れるには、どうしたらいいの)


 窓の外では、参列者の喧騒はますます大きくなっていく。華やかな音楽が宮廷に響き渡っていたが、私の心は焦りと悲しみで深く沈んでいった。


 (もしリルク様に会えなかったら? ……でも、やらなければ何も始まらない。強くならなきゃ)


 侍女たちは私を警戒しているようだった。


 「前夜祭には行かないのですか?」

 「……ええ。とてもそんな気分じゃないわ」


 「侍女には、花嫁であるアラシア国の姫様をもてなす義務があります。いくら嫉妬しようが、避けて通れないことです」

 「私は侍女じゃないもの」


 「陛下から直々に申し付けられたのに、よくもまあ」

 「ご馳走もなしということね……。がっかりだわ」

 「アラシア国の方と交流できる機会だったのに」


 彼女たちは遠慮もなく不満を口にした。前夜祭は男女別に行われ、新郎と新婦をそれぞれもてなすのがしきたりらしい。本来は男女が交わることは禁じられているが、密かに逢瀬を楽しむ者もいるという。


 私はわざと肩をすくめて、挑発するように笑った。


 「行きたい人は行けばいいわ。陛下に言いつけたりもしないし」


 一瞬の沈黙のあと、2人が視線を交わし、足早に部屋を出ていった。監視が減るのは願ってもないことだった。残った8人はますます不満を募らせ、ため息をついたり、露骨に睨んできたりする。そこに、私はさらにわがままを言いつけた。


 「ねえ、参加はしたくないけどご馳走様は食べたいわ。ワインや果実酒もいっぱい持って来て。それから、この部屋暑いのよ。あおいでちょうだい」


 運び込まれた食事は豪華だった。アラシア国の郷土料理なのだろうか、見慣れないパイ包みや色鮮やかなデザートが並ぶ。味はとても素晴らしかったが、一口だけ食べて、「もういらないわ。代わりに食べていいわよ」と冷たく言い捨てた。

 侍女たちは呆れ顔をしながらも、空腹には抗えず、しばらくすると夢中で食べ始めた。私もそれを見ていてお腹が鳴りそうだったが、必死に我慢する。


 やがて音楽が止み、前夜祭は真夜中に終わったようだった。


 (さあ、ここからが正念場よ……)


 陛下の訪れに備え、矢継ぎ早に指示を飛ばす。酔いで足元のおぼつかない侍女もいた。


 「食器を下げて」

 「汗でべとべとよ。ローズウォーターを持ってきて、体を拭いて」

 「部屋の匂いを消す香りを用意して」

 「着替えをするんだから、ぼうっとしてるなら出て行って!」


 「はいはい……いったい何様なのかしら」

 「こっちだって一緒にいたいわけじゃないのに」


 吐き捨てながらも、侍女たちはぞろぞろと部屋を出て行った。私のわがままにうんざりして、さっさと離れたくて仕方なかったらしい。


 (今よ……!)


 一人になった瞬間、胸が激しく脈打つ。震える指で枝毛処理用のハサミをつかみ、シーツを裂いた。布が裂ける「ビリッ」という音がやけに大きく響き、背筋が凍る。誰かに気づかれるのではと耳を澄ます――廊下は静かだ。細く紐状にしたシーツを、窓の支柱に固く結びつける。結び目を両手で何度も確かめ、深く息を吐いた。


 「……行くしかない」


 折れた右手に激痛が走る。それでも全身で紐を抱きしめるように掴み、窓の外へ身を投げた。夜気が肌を刺す。心臓が喉から飛び出しそうだった。


 (落ちたら死んでしまう……)


 汗で手が滑りそうになり、足が宙をばたつく。ぎゅっと脚を絡め、歯を食いしばった。右手は全く使えない。左腕だけで支えようとした瞬間、結び目が「ギシッ」と軋んで血の気が引いた。


 (お願い、もって……!)


 必死に体を押し下げ、やっとの思いで二階の張り出しバルコニーに飛び移る。膝を打ちつけ、息が詰まった。痛みに呻く間もなく、上から叫び声が落ちてきた。


 「いない! あの女が消えてる!」

 「どこに行ったの!」


 私はバルコニーから宮廷内へ駆け込んだ。部屋を抜けると着飾った客や侍女たちでホールはごった返していた。私を気にかける者など誰もいない――。


 (今は……ただ混ざり込むのよ。誰も私を見つけないで――)


 私は目的地へと向かった。この宮廷内で唯一土地勘があり、頼れる人がいるところ――デドリウス様の第3騎士団がある、南西塔に向けて。

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